46.フェルメールの危機
魔法大隊本部に着いた私達は早速入り口の扉をくぐる。入ってすぐ、一階は仕切りの無い大きなホールのような造りになっている。端には階段、騎士団本部と同様ならば二階が小部屋になっているのだろう。
ホールには既に大勢の人が詰めている。皆が座れるように椅子が設けられているので私もアイザック先生と一緒に端のほうに腰をおろした。
「先生、なんだか緊張しますね」
「おや、アインスター君でも緊張することがあるのですね」
アイザック先生がくすくすと笑みを浮かべる。私を何だと思っているのか知らないが、元来私は人の大勢いるところは苦手なのだ。
「心配しなくても大丈夫ですよ、私達はここに座っていれば良いだけです」
先生の言う通り、なるべく目立たないようにしていよう。そんなことを考えていると二階からヴェルギリウス所長が降りてくるのが見えた。
所長もこちらに気付いたようで、スタスタとこちらにやってくる。
「急な呼び出しですまなかったな、アインスターよ。アイザックもご苦労だった」
気がつくと所長を囲むように、わさわさと人が集まってきている。第四魔法大隊の小隊長の面々だろう。所長が一度ぐるりと皆を見渡し、再び話始めた。
「今日はこれから魔法大隊の全体会議が行われる。気付いていると思うがレブラント王国との情勢が非常に良くない。おそらく本格的な戦争になるだろう」
所長の言葉に小隊長の間にも緊張が走る。
「騎士団は既に前線に出るための準備を行っている。我々もこの会議が終わり次第すぐさま準備に取りかかることになる。第四魔法大隊は王都の防衛ということになると思うが、気を抜くことのないように」
そこで所長が私に視線を向けた。皆も気になっていたのだろう、自然私に注目が向けられる。
「紹介しておこう、第八小隊長のアインスターだ。皆宜しく頼む」
私は少し頭を下げた。
「で、アインスターよ。解っていると思うが、今日はおとなしくしているように」
言われなくてもそのつもりだが、私はちょっと口を尖らせて見せた。皆の前でトラブルメーカーのような扱いは酷いと思う。
「それでは間もなく始まるだろうからよく聞いているように」
所長が前方に据えられた席に向かう。大隊長の席なのだろう。既に一人、大隊長の席に座っている者がいるが、ウォーレン公爵ではなかった。
「アイザック先生、所長は私のことを何だと思っているのでしょう?」
扱いが酷いと思います、と先生に愚痴を溢してみる。先生はやはりクスクスと笑いながら応えた。
「まあまあ、大隊長はあれでもアインスター君の事を心配しているのですよ。このような召集がかかるとわかっていればアインスター君を小隊長にはしなかった、とぼやいていましたから。あのシュレディンガ公爵が動揺しているところなど、滅多に見れるものではありませんからね。おっとこれはオフレコでしたか」
本当かどうかはわからないが、そう言われてしまえば返す言葉がない。私は黙ることにした。
やがて階上からウォーレン公爵らが降りてくる。皆一様に難しい顔をしながら前方の席に着いた。
「皆のもの、よく集まってくれた。第一魔法大隊のゲオルグ・ウォーレンだ」
ウォーレン公爵の声がホールに響く。
「今日集まってもらったのは魔法大隊の出兵に関して話し合う事ができたからだが、まずは現在の状況を情報部より説明する。ホフマイヤー卿」
指名を受けて傍らに控えた男が立ち上がる。
「情報部のホフマイヤーです。レブラント王国との国境付近に於いて敵の大規模な侵攻が確認されました。レブラント王国騎士団のうち、第一、第二、第三、第五、第七、第八、第九、第十騎士団が既に国境を越えこちら側に布陣しており、魔法部隊に於いても第一、第二の二個大隊が同行しております」
王都の北に連なる山々がレブラント王国との国境にあたるが、敵はそこを越えてきたらしい。
「また騎士団、魔法部隊以外に未確認部隊の報告も入っており、その軍旗が神聖ギュスターブ帝国のものであったとの情報もあります」
神聖ギュスターブ帝国、その名前が出たところで会場が俄にざわついた。
不味いですね、と隣に座るアイザック先生も呟く。
神聖ギュスターブ帝国とはレブラント王国のさらに北、海を隔てた大陸を支配する強大な国家で、同時に宗教国家でもある。ルーベンス王国とは離れているため何の関係もないように思われるが、実は国内にある教会の全ては神聖ギュスターブ帝国とその教えを同じくする、つまり実質的にはギュスターブ帝国の大使館のような役割も兼ねているという訳だ。レブラント王国内に於いても実状は同じだろう。
「ですが、今回のレブラント王国の動きに、神聖ギュスターブ帝国がどの程度関わっているのかは不明です。次に…」
続けてこちら側の戦力が情報部より語られる。騎士団は相手方に合わせて第三、第十騎士団を王都の防衛に残し、残りの部隊は前線の国境砦に布陣を進めているという。
「そして東部辺境に出兵中の第十三騎士団にも帰還命令が出され、王都を経由して前線に赴く予定です」
情報部からは以上です、とホフマイヤーさんが話を締めくくった。第十三騎士団とはお父様の所属するギルベルト団長の部隊だが、今年の半ば頃からやはりレブラント王国の動きに対応するため、フェルメールの街の北部に遠征中であった。
騎士団がいなくなってフェルメールの街は大丈夫だろうか、と考えていたところ、前方でヴェルギリウス所長がそっと手をあげ立ち上がった。
「第四魔法大隊のヴェルギリウスです。情報部からの報告を聞くに、騎士団撤退後のフェルメールが非常に危険に晒される恐れがあります」
どうやら所長も私と同じ懸念を抱いているようだ。
「騎士団の撤退に合わせて、私の第四魔法大隊がフェルメールの防衛にあたるというのは如何か?」
疑問形になっているのはこの場で皆を纏めるウォーレン公爵へ向けた発言なのだろう。そのウォーレン公爵が声をあげる。
「馬鹿を言ってもらっては困る!其方の第四魔法大隊は王都から動かす訳にはいかん。シュレディンガ公爵、それにアイザックなどは防衛の要として王都に待機していてもらう」
承知しました、と所長は席に座る。そのままウォーレン公爵がイニシアチブをとった。
「話を続けるが、第一魔法大隊と第二魔法大隊が前線に赴き、第三魔法大隊は前線予備兵力として王都で待機、いつでも出兵できるように準備を怠らぬように」
どうやら会議といってもウォーレン公爵の一存で話が進められるらしい。公爵の中では既に大方の計画が決まっているようだった。
その後は出兵のタイミングなど細かいことが事務方より報告される。第四魔法大隊は先程ウォーレン公爵が示した通り王都での待機が基本となるので細かい連絡事項はなかった。
「…というわけで、かつて無い程の大規模な戦闘が予想される。気を引き締めて事に当たって欲しい」
最後は再びウォーレン公爵の言葉で締められた。全体会議が終わり、この後は大隊毎に二階の小部屋で打ち合わせが行われる。私も第四大隊の会議室に入った。
「ヴェルギリウス大隊長!」
私は直ぐ様所長に発言の許可を求めた。静かにしているよう言われたが全体会議も終わりもう大丈夫だろう。
「アインスター、君の言いたい事はわかるが…」
所長が私に応える。他の小隊長達も突然喋りだした私に注目しているようだ。
「却下だ。認められない」
どういうことだろう?何か言う前に却下されてしまった。
「フェルメールへ救援に行きたいというのだろう?君は先程の話を聞いていたのか?」
「聞いていました。大隊長、それにアイザック先生は王都に残るように、との事でした。どういう理由かわかりませんがわざわざアイザック先生を名指しで指名するということは、その他は、例えば私などは王都を離れても問題ないということではないですか?私一人でもフェルメールへ行かせて下さい」
所長が大きく溜め息を吐いた。
「アインスター、よくそれだけの屁理屈を思い付くものだ。しかし、私は君を危険な任務につけるわけにはいかない。フェルメールの家族が心配なら一時的に王都に避難できるように取り計らおう。どうだ?」
「家族の事を気にかけて頂けるのは嬉しいのですが、フェルメールの街には他にも大切な人、大切な物がたくさんあります。それに…」
私は鉄道計画、完成しつつあるカムパネルラのことを思い浮かべた。
「フェルメールの街は鉄道計画の要です。万が一街が被害に遭うようなことがあれば計画が大幅に遅れます。その事を考えれば最初から私が行って被害を出さないようにするほうがよっぽどコストがかかりません」
ですので行かせて下さい、ともう一度頭を下げる。しばらく唸っていた所長が口を開いた。
「フェルメールの防衛に危険は?」
「無い、と言えば嘘になります。ですが戦争ですから何処にいても危険は同様です。それなら単独で動けるほうが危険は少なくなります」
半分嘘で半分本当…
「…わかった。君のフェルメール行きを認めよう。但し第八小隊を連れていく、君は小隊長なのだからな、これは絶対だ。手筈はこちらで整える、正式な任務として明日の朝一番でフェルメールに向かうように」
「有難うございます。必ず任務を果たします」
渋い顔のまま所長が他の隊長を見渡す。
「待たせてすまなかった。他の小隊は先程の会議の通り…」
その後は王都防衛の手筈などを話し合い、その日の会議は終了したのだった。
次回は2月1日17:00更新です