45.魔法大隊の緊急召集
「おはようございます、リチャード君」
隣に座るリチャード君に挨拶をして私も自分の席に座る。私の必死の訴えが届き、入学当時の明らかに特別という誂えではなく、皆と同じような席になっているのが嬉しい。
「おはよう、アイン。実は昨日の魔法研究会での話なのだが…」
この魔法学校にはいくつかのサークル活動があり、リチャード君は数名のクラスメイトと実践魔法研究会をつくっていた。あまり参加はできていないけど一応私もメンバーの一人だ。
「雷系統の魔法で落雷を発生させる仕組みはわかったのだけど、そこに指向性を持たせるにはどうしたらいいか、という話になったんだ」
何か良い方法はないだろうか、とリチャード君。
「攻撃魔法ということでしたら…ちょっと難しいかもしれませんね。大まかに誘導することはできるかもしれませんが…」
私が考え込むとリチャード君も二、三度大きく頷いた。
「そうなのだ、落雷が発生した時点でこちらの制御を離れてしまう。多少なら誘導することは可能なのだが」
「完全に指向性を持たせようとすると例えば真空な場で、とか条件が厳しくなりますね。とても実戦では使えませんか。ところで…」
言いかけたところで授業開始の鐘が鳴る。
「アイザック先生、遅いですね」
いつもなら授業開始の少し前には教室に来ているはずだ。周りの生徒達も俄にざわつき始めた。
「うん、先生が遅れるなんて珍しいな。何かあったのか?」
そうするうちに5分経ち、10分経ち、やがて教室の外が騒がしくなったかと思うと、だだだっ、とアイザック先生が教室に駆け込んできた。
「皆さん、お待たせしました。申し訳ないのですが今日は自習です。リチャード君」
先生はリチャード君にいくつかの指示を出して、再び教室を見渡した。
「他の先生が見廻りに来ますから、しっかりと勉強をしておいて下さいね。それとアインスター君はこれから私と一緒に来て下さい」
それだけ言うと、ちょいちょいと私を手招きして教室を出ていく。私も慌てて後に続いた。
「先生、何かあったんですか?これからどちらへ」
「アインスター君、急な事ですみません。これから魔法大隊本部で魔法大隊の緊急会議があります。小隊長以上の出席ということで、大隊長から私に、アインスター君と一緒に来るように、と」
ちなみに大隊長のヴェルギリウス所長は一足先に魔法大隊本部に向かったらしい。私がそんな会議に呼ばれるなんて思いもしなかったが、小隊長以上ということでは仕方ない。
「校舎の正門に馬車を待たせていますので準備できたらそちらに集まって下さい」
アイザック先生と別れ、自室に向かう。準備といっても着替えるくらいで、私はさっと制服の上から白衣を纏った。
正門前では既に準備を終えたアイザック先生が待ってくれていた。
「すみません、お待たせしました」
私がそう言うと先生はにっこり微笑んで馬車を示した。
「いえいえ、随分と早かったですね。では行きましょうか、さあ馬車に乗って下さい」
アイザック先生と二人、馬車に揺られて魔法大隊本部に向かう。本部は騎士団本部と共に王宮と隣接した位置にある。王宮といえば先日も所長の授章式で訪れたばかりだ。
「先生、このような召集はよくあることなのですか?」
出発して少し経ち、私はアイザック先生に尋ねた。
「珍しいですね。小隊長が大隊本部に呼ばれることはあまりありません。通常は大隊長からの指示で動きますから」
アイザック先生もこのような召集はここ数年無かったそうだ。頻りに首をかしげ、怪訝な表情をしている。
「レブラント王国の動きがおかしいとは聞いていましたが、思った以上に状況は悪いのかもしれませんね。大規模な戦争になるかもしれません」
「心配ですね。今年はお父様もあまり帰ってきませんでしたし」
私はお父様の遠征の様子をアイザック先生に説明した。
「騎士団の動きも活発になってますからねぇ。魔法大隊同様、日々本部に集まっているようですよ。まあ、我々が心配してもどうにもなりませんから」
気楽にいきましょう、と最後に付け加えた。
「ところで先生…」
気楽に、と言われたところで話題を変えてみる。
「私のお兄様達から伺ったのですが、魔法学校と騎士学校で対抗戦というのがあるそうですね。どのような行事なのでしょう?」
そういえばアインスター君のお兄さん達は騎士学校の生徒でしたね、とアイザック先生。
「学校対抗戦は後期の終わりごろ、魔法学校の代表と騎士学校の代表が王宮に集まって行われます。学年毎に競技で勝ち負けを競ったり、魔法学校の生徒なら魔法の実演、騎士学校の生徒なら剣舞といったように、日頃の成果を発表する場でもあります」
まあ名前の通りのイベントのようだ。
「魔法学校の代表はほとんどがAクラスから選ばれますので、アインスター君も対抗戦には参加してもらうと思います。ただ…」
どうやらヴェルギリウス所長の考えで、魔法の実演には私は出ないということに決まっているらしい。なるべく目立たないように、ということだろう。
「なので魔法の実演はリチャード君達にやってもらいます」
私はアインスター君の魔法を見たかったのですが、とアイザック先生が目を細めた。先生には悪いが、魔法の実演をしなくてよいのは有難い。出場すれば多分悪目立ちしてしまうことだろう。それに今やリチャード君達も相当な魔法の使い手だ。私でなくても今年の対抗戦は大変なことになるに違いない。
「それでアインスター君、魔法のことなんですがね」
すっ、とアイザック先生の眼が熱を帯びた。
「アインスター君の研究などもヴェルギリウス副校長から伺っています。元々副校長の研究は私にとって興味深いものでしたが、アインスター君がその研究を大幅に進めたと。そこで魔法による魔法陣への干渉についてアインスター君の考えを聞きたいのですが…」
なるほど所長の元々の研究とは魔力供給スキームの事だろう。あの仕組みには複数の魔法陣がお互いに作用するよう組み込まれていた。もっともそれは古代の魔法文明の遺産をそのまま流用したもので、魔法陣の解析と古代文字の解読が進んだためにやっと応用が可能となったのだ。
魔法陣の多層化で、出来ることが飛躍的に増える。私はそう考えているのだが、アイザック先生も同じところに目をつけていたのだろうか。
「先生、その事については先生とゆっくりお話ししたかったのですが…」
そう言って私は前方を指差した。
「もう魔法大隊本部に着いてしまったようです」
あっ、という残念そうなアイザック先生を後目に、馬車は魔法大隊本部へと滑り込んだのだった。
次回は1月25日17:00更新です。




