44.モーリッツさんの発電機
「おーい、ケイト、そのシャフトを繋いでくれ!それが終わったらパイプを繋ぐ、そう、そうだ」
ケイト君や数人の職人さんがテキパキと動き回る中、ダニエルさんの声が響く。研究所の裏側、一部魔法学校の敷地内まで伸びた仮設線路にカムパネルラの車体部分が組み立てられているところだった。
「ダニエルさん、こんにちは。先日の案、順調ですか?」
「ああ、アインちゃん。丁度よかった、今稼動部を組み立てているところなんだ」
私が声をかけると、そう言いながら組み立て途中の列車から降りてこちらに近付いてきた。
「それにしてもアインちゃんに教えてもらった油圧ってのは凄いな。あんなにも大きな力が得られるなんて思いもしなかったよ」
ダニエルさんが感心したように何度も頷く。
元々は負荷の大きいブレーキ部分に油圧の仕組みを考えていたのだけど、その他の稼動部やドアの明け閉めなど細かい部分にも使うようダニエルさんに提案したのだ。そして油圧がどういった仕組みなのかを第三研究室のモーリッツさんを交えて説明した。
これは『密閉された流体は、その形に関係なく一点に受けた単位面積当りの圧力をそのままの強さで、流体の他のすべての部分に伝える』というパスカルの原理を利用している。もちろんここでパスカル先生の名前を出してもわかってもらえないのが少し寂しかったりもする。
「モーリッツさんには引き続きエステル化などで油圧に適した油の研究を進めてもらっています。ですが時間もかかりますし今回はそのまま植物油でいきましょう」
「ああ、それでいこう。そうそう、そのモーリッツ氏のところに先程頼まれていたものを届けておいたよ。モーリッツ氏もアインちゃんを探していたようだったな」
そう、本来モーリッツさんには魔法を利用した発電機の開発をお願いしていたのだ。その目処がたったということで、電気を利用した灯り、つまり電球を作る材料をダニエルさんにお願いしていた。
「ありがとうございます、ダニエルさん。さすが仕事が早いですね。後で第三研究室にも顔を出します」
「そうしてやってくれ。モーリッツ氏寂しがっていたから、アインちゃんが顔を出せば喜ぶぞ」
くっく、とダニエルさんが笑いながら言う。…どうしよう、行くの止めようかしら。
しばらく組み立て作業を見守った私は研究所へと足を運んだ。モーリッツさんのいる第三研究室だ。私が部屋に入るなり笑顔のモーリッツさんが出迎えてくれる。
「これはアインスターさん、ようこそ来てくださいました。丁度お呼びしようと思っておりました」
「ええ、先程ダニエルさんから伺いました。それで電球作りをしようかと思いまして」
「それではまず発電機を見てもらいましょう」
そこには魔力供給スキームを備えた動力部とそこから伸びた電線が散らばっていた。
「まだ整理はしていませんが電気は流れています。この電気というのは素晴らしいですね、高いところから低いところへ淀みなく流れる水のように論理的で美しい。まるでアインスターさんの心根のようではありませんか!」
「そ、それではダニエルさんに届けてもらった材料で電球を作りましょう」
モーリッツさんの最後の方の言葉はいつものようにスルーして、私は話を進める。
「まずはこれを見てもらいましょう。電気は抵抗が加わると熱を帯び光を放ちます」
「電気エネルギーが熱エネルギーと光エネルギーに変わるのですね、アインスターさん」
その通りです、と私は頷く。
「そのための素材には色々ありますが、今回はこの竹炭を使おうと思います。これを電極に繋いで電気を流すと…」
私とモーリッツさんが見守る中、竹炭は一瞬激しい光を放ち、やがて燃え尽きた。
「このように燃えてしまいます。これは可燃物、支燃物、熱エネルギーという燃焼の条件を満たすからです。ではどうすれば燃え尽きずに済むでしょうか?」
「ふぅむ…この場合、エネルギーは電気によるもので可燃物がこの竹炭、ということは支燃物が、つまり酸素がなければ良いのではないですか?」
お見事、パーフェクト!ちょっと首を捻ったモーリッツさんだったがすぐさま正解に辿り着いた。
「その通りです。さすがですね、モーリッツさん」
「いえいえ、これもアインスターさんに色々ご教授頂いた賜物でありまして、そもそもこのモーリッツ…」
「で、酸素の無い状態を作るためにこのガラスを使います」
モーリッツさんの長くなりそうな話を遮り、ダニエルさんに作ってもらったガラス球を取り出す。丸いガラスに小さな穴が空いたものだ。
「この穴から竹炭を入れて電極を取り付け穴を塞ぎます。今回は魔法で酸素の無い状態を作りましょう」
そう言って私が魔法をかける。電球自体をダニエルさんや一般の職人さんに丸投げする際には魔法を使わず真空を引いたりする方法も考えなくてはいけない。
「さあこれで完成です。試してみましょう」
先程と同じように電極を繋ぎ電気を流す。ガラスの中の竹炭はほんのり赤みを帯び、徐々にその光を強めていった。
「ほぅ」
モーリッツさんが感嘆の息を漏らす。
「一つの光はそれほど明るいものではありませんが、たくさん集まると部屋を照らしたりするには十分だと思います。あとは電球の寿命の測定を行ってください。切れた時に交換しやすいように接続部分を工夫するのと、規格も統一しなければなりませんね」
「承知しました。発電機のコンパクト化と蓄電装置、それらとあわせて電球の開発も進めます」
今や何でも屋のような形になった第三研究室だが、モーリッツさんがいれば安心だろう。
「お願いします。最終的には民間の職人に丸投げしますので、そのことを考慮して進めてください」
これで鉄道計画、カムパネルラの内装にも電気が使えるだろう。そう思うと完成が待ち遠しくなるのだった。
次回は1月18日17:00更新です
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