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43.授章式とウォーレン公爵

 ヴェルギリウス所長にエスコートされ私は王宮の中へと入っていく。丁度授業で習った通りに前を見ながらゆっくりと。少し恥ずかしいのは仕方がない。

 入り口を入って直ぐ、真っ赤な絨毯が敷かれた広いエントランスが目に飛び込んできた。両脇にはこれまた豪奢な階段が緩やかな弧を描きながら一階と二階を繋いでいる。

 雑談を交わす貴族らしい人たち、何かの準備だろうか、慌ただしく動き回る人たち、喧騒に包まれたエントランスを通り抜け、私たちはその奥へと向かった。


「アルティノーレ嬢、この先が謁見の間だ。今日の授章式はそちらでおこなわれる」


 そう言って所長は私の手を引き扉をくぐった。


 謁見の間では既に大勢が列を成している。中央奥に玉座が置かれ、その前の通路を挟んで両側に一列ずつ並んでいるのだ。

 

「ラプラス、後を頼む」


 所長は私達を待機場に残して列の一つにサッと入っていった。


「アインスターさん、あの列に並ばれていらっしゃるのは騎士団の各団長と魔法大隊の大隊長です」


 ラプラスさんが小声で教えてくれる。騎士団長といっても皆鎧などを着ているわけではなく、所長と同じような服装なのでわかりにくいが、所長が並んだのが魔法大隊長の列で反対側が騎士団長の列なのだろう。しかし、騎士団長の列にギルベルト団長の姿はない。まだ遠征が続いているのだろうか、そうするとお父様も…


 私が心配だなぁ、とぼんやり考えていると、準備が整ったようで会場が僅かな緊張に包まれた。どうやら王が玉座に座るようだ。


「ラプラスさん、あれがルーベンス王ですか?」


「そうですよ、アインスターさんは初めてですか」


 ヒソヒソと小声で話す私達であったが、なるほどさすがに王様というだけあってその眼光は鋭く全身が壮健さを湛えているような印象を受ける。

 王が入場を終えるとすぐさま司会らしき男の声が響いた。


「シュレディンガ公爵、前へ」


 呼ばれて所長が王の御前に跪く。


「シュレディンガ公爵、此度の王都第二魔法研究所長としての卿のもたらした成果は王国の繁栄に大変寄与するものであると皆が認めるところである。特に魔法陣の解析とそれを応用する技術の確立は今後の魔法文化を劇的に変化せしむるに…」


 ルーベンス王の荘厳な声が響く。話を聞いていると、鉄道計画そのものよりも魔法陣の基礎研究が評価されたという印象が強い。所長は私の研究なのだからと今日私を連れてきたのだが、やはりマルキュレさんたち第二研究室のこれまでの地道な成果が花開いたということではないだろうか。


「よって此度の成果に対し、大魔導一等勲章を授与するものである。今後も更なる研究によって王国の発展に貢献せんことを切に願うものである」


 王から直々に勲章が手渡される。どのくらいの栄誉あるものなのかはわからないが、授章の瞬間に、おおっ、という感嘆が起こったことからも、きっと素晴らしい勲章なのだろう。


「身に余る光栄」


 短くそれだけ言うと所長はサッと元の列に戻ってしまった。いつものことながらもう少し愛想良くすればいいのに。あんなので王様の気分を害したりしないのだろうか。


 勲章の授与をつつがなく終えたルーベンス王が一同を見渡し再び口を開いた。


「此度は皆もよく集まってくれた。知っての通り、一部辺境においてレブラントによる不穏な動きもある中、いつも以上に緊張感をもって職務にあたっておることと思う。そんな不安定な情勢下ではあるが、本日は日頃の卿らの働きに報いるために、この後細やかながら宴を用意してある。シュレディンガ公爵はもちろんのこと、他の皆も存分に楽しんでいかれるがよかろう」


 この後のパーティーの案内を自ら行い、ルーベンス王は退場していった。皆が胸に拳をあて、王の退場を見送る。王の姿が見えなくなると、その場は一度解散となった。


「待たせたな、アルティノーレ嬢。パーティー会場へ参ろう」


「はい、あ、ヴェルギリウス様、授章おめでとうございます」


 皆がぞろぞろと謁見の間を後にする中、所長も私の手をとり歩き出した。後ろにラプラスさんが続く。



 授章式後のパーティーは先程通ったエントランスで行われるようで、つまり扉をくぐれば直ぐだ。行きしなに見た慌ただしく動く人々はスタッフだったのだろうか、今はすっかりパーティー会場として整えられていた。壁際には料理も並べられている。


 私は所長にエスコートされるままゆっくりとエントランスの中央を進み、入り口付近、謁見の間とは反対側に陣取った。ここが所定の位置なのだろうか。


「アルティノーレ嬢、ご苦労だったな。この後は自由にしてよい。お腹もすいたであろう、料理でもとってきてはどうか?」


「私がお供致しましょう、お嬢様」


 特にやることもない私は所長に言われた通り料理を取りに行くことにした。ラプラスさんがついてきてくれる。


「あら、シュレディンガ公爵にエスコートされていたお嬢さんだわ、可愛らしい。公爵のお嬢様かしら」

「馬鹿、公爵閣下は未だ独身だぞ。ご親族かなにかだろう」

「小さくて可愛らしいわ」


 料理を取って、いや料理台が高いのでラプラスさんに取ってもらっていると、ヒソヒソと私の事を話しているのだろう声が聞こえてくる。残念、親族でも何でもない、私はただの部下だ。


「シュレディンガ公爵は貴族のご婦人方にも注目されておりますから」


 ラプラスさんがクスクスと笑いながら囁く。なるほど所長は外から見てみるとまだ若い独身の貴族しかも公爵様で、大隊長や所長と肩書きも申し分ない。あの難しい顔さえしていなければ端整な顔立ちで、さぞモテるのだろう。


「私などが付いてきて本当によかったのでしょうか?」


「問題ありません、むしろアインさんでなければ駄目だったのでしょう。実は…」


 そう言ってラプラスさんは笑いながら話を始めた。


「前回の社交では研究所のサリエラさんがパートナーを務めまして…」


 その際、サリエラさんは胸元の大きく開いたドレスで所長の周りに集まったお客人に精一杯の愛想を振り撒いたらしい。


「その後王都では、シュレディンガ公爵は胸の大きな女性がお好きらしいとの噂が流れまして、急に増えた求婚の申し込みに心底うんざりしておられましたよ」


 なるほど、それで今回は私が誘われたというわけだ。所長め、私の為だと匂わせておきながらそういう訳だったか。しかし、今度は幼女趣味だとかの噂が立たなければ良いが…



 私達が料理を取って戻ると、所長は誰かと話をしている最中だった。威厳溢れる体格に良く整えられたカイゼル髭、確か先程の授章式では列の一番前に並んでいた人だ。


「アルティノーレ嬢、こちらはウォーレン公爵、其方の同級のリチャードの御父君だ」


 リチャード君のお父様だったか、確かウォーレン家は魔法師の名家と言っていたような。まあ偉い人なのだろう。私はドレスの裾を摘まんで膝を軽く曲げる。


「はじめまして、アインスター・アルティノーレと申します」


「これはこれは、可愛らしいお嬢さんだ。私はゲオルグ・ウォーレン、ウォーレン家の現当主だ。そうか、リチャードが話していたお嬢さんは其方であったか」


 ウォーレン公爵が頬を緩める。私は一歩下がった。


「それにしてもシュレディンガ公爵よ、この度の大胆な計画には驚かされたぞ。こんな隠し球を持っていたとは。親父殿も随分悔しがっておったわ」


 親父殿というのはウォーレン公爵のお父様でつまりリチャード君のお祖父様らしい。魔法学校の校長と第一魔法研究所の所長を務めている、ということをラプラスさんが教えてくれる。


「魔法学校ではあまりお姿を見かけませんが、ヨアヒム卿は御壮健で?」


「なに、親父殿はピンピンしておるよ。研究所に籠りっぱなしだと聞いている」


 そういえば魔法学校でも校長先生というのは見たことが無い。


「ところで、シュレディンガ公爵よ…」


 ウォーレン公爵が所長を見据える。


「その娘が卿の虎の子か?」


「とんでもない、ただの虫除けにございます」


 おふ、虫除けとはまた酷い。まあ、先程ラプラスさんに話を聞いたので言いたい事はわかるが。


「ふん、まあよかろう。アルティノーレ嬢、それでは私はこれで失礼するとしよう。これからもリチャードと仲良くしてやってくれ」


 そう言い残してウォーレン公爵は去っていった。


「ヴェルギリウス様、なんだか恐い方でしたね」


「ふむ、公爵は第一魔法大隊の大隊長だ。実質的に王国の魔法師の頂点というわけだ。さあ、この後はダンスなどの余興も予定されているらしいが、其方も疲れたであろう。今日は我々も帰るとしようか」


 仮にも今日の主役であるはずの所長が、さっさと帰ってしまって良いのだろうか、とも思うが私も今日は少し疲れてしまった。だから何も言わず所長に従う。


 研究所の自室に着いた時には、すぐさまドレスを脱ぎ捨てベッドにダイブしたのだった。

次回は1月11日17:00更新です


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