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42.初めての社交場

 今日は社交の場での歩き方など、貴族の素養を身につける授業が行われていた。午前の授業には私もちゃんと出席している。


「それではアインスター君、教室をぐるりと一周してみましょう」


 アイザック先生の指名を受けて私は立ち上がる。

 ええと、姿勢を正して前を真っすぐみて…


 左足を前に出して、右足をその位置に揃える。また左足を前に出して右足を揃える。そうやってゆっくりと進む。


「アインスターさんが…普通だ!」

「そんな、まさか…いや、でも、普通だな」

「凄い!凄い普通だ」


 そりゃそうだろう、ただ歩いているだけなのだ。普通でなくては困る。私はひそひそと耳に届くクラスメイト達の雑音を振り払いながら角を曲がる。


「左、右。左、右…」


 心の中でそう唱えながら、ゆっくりと慎重に。


「アインスター君、声が漏れていますよ」


 しまった、声が出ていたようだ。先生の指摘にクラスメイト達からも笑いが零れた。


「はい、なかなか良かったですよ、アインスター君。足を上げる時に爪先まで意識してくださいね。では次…」


 教室を一周した私は席につく。覚えることは得意だが、頭でわかっていてもなかなか体が付いていかない。社交のマナーというのもなかなかに苦労するものだね。



 授業が終わって研究所に向かおうとする私をアイザック先生が呼び止めた。


「アインスター君、副校長がお呼びでしたよ、授業が終わったら副校長室に寄るように、と」


 何だろう、研究所のことかしら。私はアイザック先生に礼を言い、所長のもとへ向かった。


「アインスター、よく来てくれた。まあ、そこに座り給え」


 私はいつものソファーに腰を下ろす。


「君に来てもらったのは他でもない。実は研究所の鉄道計画についてなのだが…」


 無理矢理に上層部にねじ込んだように思っていた鉄道計画だったが、所長の話によると、王宮でもその評価はかなり高いらしい。そこで魔法第二研究所の代表であるヴェルギリウス所長が王から勲章を賜ることになったのだそうだ。


「所長である私が代表して授与式には参加することになっているのだが、本来なら君が得られるはずの栄誉だ。その後に行われる祝賀会には君も参加してはどうかと思ったのだが、どうだ?」


 社交を経験しておくのも悪くないのではないか?と所長が私に尋ねる。


 どうだ?と急に言われても困ってしまう。本音を言えばそんな人の集まる場所にはわざわざ足を運びたくないのだが、本当に出なくて良い行事なら、所長が私のところに話を持ってくるはずがない。これは出席せよ、ということなのだろう。


「お気遣い頂いてありがとうございます。私などが出席して本当によろしいですか?」


 私の肯定に所長が満足気に頷く。


「ああ、構わない。当日はラプラスも同行する。祝賀会と言っても簡単な立食パーティーなので其方も心配する必要はない。私の傍についていれば結構だ。ああ、服装は制服でも構わないが、私と最初に会った時に着ていたドレスがあったであろう、それを着てくればよいのではないか?」


 これも文脈から察するに、紅いドレスを着てこいということだろう。私は了承の旨を伝える。後は当日ラプラスさんが迎えに来てくれるということだった。



 授賞式当日、私は大慌てで第二研究室の扉を叩いた。朝になってドレスが自分一人では着れないということに気付いたのだ。悲しいことに、というか幸いというか、サイズが小さすぎて入らないということはなかったが…


 部屋に入るとサリエラさんが一人優雅にお茶を飲んでいた。


「あら、アインちゃん副所長、今日はお早いのですねぇ」


「サリエラさん、おはようございます。実はお願いがありまして…」


 私は所長の受賞式についていかなければならなくなった事を説明して、着替えを手伝ってもらう。


「素敵なドレスですねぇ、アインちゃんの髪とよく合っていますわ。せっかくですのでその髪も綺麗にまとめましょう」


 そう言ってサリエラさんが私の髪を結ってくれる。もとより肩ほどの長さなので複雑に編み込むことはできないが、サイドからねじってハーフアップに纏めてくれた。


「私も式典で所長に同行したことがあるんですよ、アインちゃんも頑張ってくださいねぇ」


 私はサリエラさんにお礼を言って、急いで自分の部屋に戻る。部屋に着くと扉の前でラプラスさんが待っていた。


「遅くなってすみません、ラプラスさん。着替えを手伝ってもらっていました」


「なに、時間はまだありますから大丈夫ですよ。さあ、我々も王宮に参りましょう」


 歩きにくい私に合わせてラプラスさんもゆっくりと歩いてくれる。研究所の入り口で既に待機していた馬車に乗り私達は王宮へと向かった。



 王宮の正面入り口に馬車が着く。そこには正装に身を包んだヴェルギリウス所長が佇んでいた。タキシードのような服装だが白とはまた新鮮な…普段は黒っぽいイメージしかないのに。


 そんな事をぼんやり考えていると、つかつかと馬車の前までやってきた所長が、さっと手を差し出した。


「アインさん、今日は所長がアインさんをエスコートします。手をそっと置いてあげてください」


 耳元でラプラスさんがそっと囁く。私は言われた通りに差し出された手に手を重ね、ゆっくりと馬車を降りた。


「アルティノーレ嬢、今日はご苦労だった」


 …私の事か!?しばしの沈黙の後、私も応える。


「あふ、シュレディンガ公爵、今日はよろしくお願いいたします」


「ヴェルギリウスで良い」


 後ろでラプラスさんのクスクスと言う声が聞こえる。


「慣れないだろうが、しばし我慢してくれ」


 所長が私の手を取り、ゆっくりと王宮内へと歩みを進めるのだった。

次回は1月4日17:00更新です。

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