41.小隊の演習
「小隊長殿ぉ、これで終わりだ!」
私の四方から一斉にファイアーボールが飛んでくる。浮かんでは消える大輪の魔法陣がなんとも美しい。
…おっと、呑気な事を思っている場合じゃなかった。八人がかりの一斉射撃だ、避ける隙間もない。
「インビジブロック!」
私は見えない壁をドーム状に展開する。
ズドドドドン!!!直後に盛大な爆発音が鳴り響いた。が、ドームの中は安全だ。
「シズクさん、今です!」
私の合図でシズクさんが立ち込める砂煙を突き抜け、大鎌を振るう。…あ、ジョバンニさんが吹き飛んだ!見るとナイトハルトさんも地面に伏している。
「こっちこないでぇ!」
次の標的に向かって走るシズクさんに、どこから取り出したのか、笑顔で白旗を振るフローレンスさん。そんなフローレンスさんを横目に、カチンッ、とジャンヌさんの剣に刃を合わせたシズクさんが、方向転換してベンジャミンさんに向かう。
「………下弦の月の錆となるがいい」
ヒュルルルル、ドン!
青空のもと、色とりどりの光の環が浮かんだ。
「終了です!皆さん終了でぇす!」
ベンジャミンさんが本気で刈られそうな勢いに、私が慌てて終了の合図を打ち上げたのだ。わらわらと皆が私のもとに集まる。
「………アイン、もう少しだったのに」
「おいシズク、お前、本気で俺を殺ろうとしてただろう」
見るとベンジャミンさんの顔が引き攣っている。ジョバンニさんはというとナイトハルトさんに担がれ、ぐったりしていた。
「皆さんご苦労様でした。とりあえずヴェルギリウス隊長のところへ急ぎましょう」
今日は午後から訓練場へ向かうつもりでいた私だったが、ラプラスさんの勧めもあり、一度所長のところに顔を出した。そうすると所長は、小隊の様子を確認するためついてくると言い出したのだ。
所長は魔法大隊の大隊長でもあるので訓練を見に来るのは当然と言えば当然なのだが、そのため急遽予定を変更し、実戦形式の演習を行った、というわけだ。
私を先頭に皆が所長の前に一列に並ぶ。
「実戦演習を終了しました。まずは私から今回の演習の講評を行います」
私は一歩前に出て皆の顔をぐるり見渡した。
「皆さん良いフォーメーションが取れていたと思います。さっと二人組に分かれることができた点は評価します。最後の一斉攻撃も隙間なく見事な物でした。課題は攻撃を終えた後ですね、咄嗟に距離を取っていればシズクさんの猛攻は防げたかもしれません」
ヒットアンドアウェイですよ、と私が言うと、ベンジャミンさんが声を上げた。
「アイン小隊長殿ぉ、最後のありゃズルいぜ。あの一斉射撃の後で反撃がくるとは思わないもの」
まあベンジャミンさんの言う事も尤もだが、念には念を、である。
「魔法師はやはり距離を取らなくてはいけません。超近接戦闘型のシズクさんは別として、一対一の接近戦では何が起きるかわかりませんから。安全マージンはしっかり取っておくことが基本です」
接近戦でもやりあえるのは辛うじてナイトハルトさんにジャンヌさんくらいか。見た目だけならロックウェルさんもいけそうだが…
「ジャンヌさんでも今のシズクさん相手では攻撃を耐えるのがやっとでしょう。直ぐに降参したフローレンスさんと、死んだふりのナイトハルトさんの判断は正しいです」
なんだバレてたのか、とナイトハルトさんが笑う。
「そしてシズクさんですが、戦闘力は申し分ありません。距離を詰める間に魔法銃を併用して牽制を入れておくとさらに良いかもしれませんね。私からは以上です」
私はそう言って、先程から眉間に手を当て難しい表情をしている所長にバトンを渡す。
「…言いたいことは山ほどあるが…まずは皆、ご苦労だった」
ヴェルギリウス所長が静かに話し始める。
「先程のシズクの初撃を防いだだけでもジャンヌの剣の腕が相当なものだとわかる。…アインスターよ、其方は接近戦の相手にいったい誰を想定しているのだ?」
まさか其方の父親ではあるまいな、と私を睨む。
「う、…他に騎士の方を存じませんから、まあお父様くらいかなと。シズクさんなら結構良い勝負ができるかと。魔法を使えば或いは…」
「わかった、もうよい。其方の父親のような化け物が戦場で何人もいて堪るか。…だがアインスターの言うように安全マージンを十分に取って戦うというのは大いに結構だ」
うう、お父様を化け物扱いとは酷い。
「ナイトハルトとジャンヌは接近戦も視野に入れて剣の稽古も怠らぬように。ベンジャミンよ、ロックウェルは防御魔法が使えるのであろう、盾役としての編成もパターンに加えておくとよい。私からは以上だ。重ね重ね皆ご苦労だった」
さて終わったようだ、と皆の列に戻ろうとする私の腕を所長がぐっと掴んだ。
「アインスターよ、話があるのでこれから私と一緒にくるように。皆は休憩を取った後に訓練を再開してくれ」
どうやら所長はいつもの副校長室へ戻るようだ。私も仕方がないのでその後に続く。
部屋に着き、ソファーに座った私に所長が話を始める。なんだか先程から叱られる予感しかしない。
「アインスターよ、君はいったい何を考えている?第八小隊で戦争でも起こすつもりか?」
へ?言っている意味がよくわからない。困ったように首を傾げていると、所長が続けた。
「それだけ過剰な戦力という事だ。それにあの武器はいったい何なのだ?私は聞いていない…いや、ラプラスから報告は上がっていたが、小隊の基本装備に杖を新調したと。あれのどこが杖なのだ」
「所長、私は小隊長なので部下を守る義務があります。そのため最低限、戦場に出ても死なない程度の準備をしました。戦力が過剰だとおっしゃるのはよくわかりませんが…」
本当であれば戦いなどなければ良いし、したくもないのだが、実際に軍隊があり、私がそれにかかわってしまった以上、せめて自分の身近な人たちだけでも傷つけなくても済むようにありたいというのが私の想いだ。
「ベンジャミンさんが中心になって小隊の皆をよく訓練してくれましたので、自分たちが死なない戦い方をすることはできると思います」
所長がじっと目を閉じて私の話を聞いている。
「そしてそのために新しい武器を用意しましたが、所長のおっしゃる通りあれは杖ではありません。杖の代わりに、ということでラプラスさんにはお話ししていたのですが、魔法を効果的に発動できるように私が考えました。あ、もちろん使用した魔法陣は公開しないように注意しています」
所長が目を開き、じっと私を見据えた。吸い込まれそうな黒い瞳…
「…他で使われることはない、というのだな。それならばよい。今後、小隊で新しい事を始める際には直接私に報告するように。それと皆が使っていた武器を私にも一つ届けるように」
私にとっては所長は魔法研究所の上司という印象が強いのでつい忘れがちになるが、魔法大隊長でもあるのでこれは報連相を怠った私のミスだ。今後気を付けるとしよう。
「わかりました。魔法銃についてはダニエルさんのところで作っているので少し時間は頂きますが、できましたら届けるようにいたします」
「それとだ…」
私がまだ叱られるのかと戦々恐々していると、所長がぐっと身を乗り出し、私の頭にポンと手を置いた。
「先程はああ言ったが、小隊の戦力強化は必要な課題だった。些細な失点を差し引いても君は本当によくやってくれている。ラプラスは君の手腕に脱帽していたが、私も同意見だ」
何だろう、とてもわかりにくいが褒めてくれているのだろうか…そうすると、この頭に置かれた手は、私を撫でてくれているのだろうか?
そう考えた途端、はっと顔が赤くなる。うう、恥ずかしい…
「所長…頭を押さえつけられると、痛いですぅ…」
「そ、そうか、すまぬ」
さっ、と手を除ける所長。表情はいつもと変わらない。相変わらずその黒い瞳には吸い込まれそうな勢いがある。
「話は以上だ、もう戻ってよろしい」
所長は自分のデスクに移動するとすぐさま置かれた書類に目を通し始めてしまった。私は訓練場には戻らず、そのまま部屋に帰ることにした。
次回は12月28日17:00更新です




