40.プラン・カムパネルラ
「アイン副所長、お久しぶりですねぇ。家の方はどうでしたか?変わりありませんでしたか?」
魔法学校では後期の日程が始まり、午前の授業を終えた私はさっそく研究所に来ていた。
「ラプラスさん、お久しぶりです。私の家は変わりありません。フェルメールの街は随分賑わっていましたが」
私とラプラスさんが話し込んでいると、ケイト君とダニエルさんも奥から出てきた。ダニエルさんはちょうど出来上がった部品を研究所へ届けに来たところだという。どうやら私が休みの間も働き詰めだったらしい。
「アインちゃん、久しぶりだな。フェルメールに帰っていたのだろう?うちの親父は元気にしていたか?」
「ええ、ダニエルさん。ボルボワさんは元気そうでしたよ。鉄道計画の事をお話ししましたが、全面的に協力してくれるそうです。後、息子によろしく、と」
私の話にダニエルさんが照れたように笑う。
「それでラプラスさん、フェルメールの街の商人ギルドはこの計画に全面的に協力してくれるはずです。街の領主は私も面識がないのでそこはラプラスさんにお任せしますが…」
「ギルドに話を通して頂いているだけで十分ですよ。それだけで私の仕事も随分楽になります。後は任せてください」
ラプラスさんが優しい笑顔を私に向ける。
「ラプラスさん、これからの方針について所長から何か指示はありましたか?」
「いいえ、アイン副所長に指示を仰ぐように、と。所長とはまだお会いしていないのですか?」
はい、と首を縦に振る私に、後で顔を出してあげてくださいね、とラプラスさんが微笑んだ。
「それではラプラスさんも各方面の交渉にあたらなければなりませんし、一度、研究室の再編を行います。ケイト、すいませんが今いる者で結構ですので皆を集めてください」
わかりました、とケイト君が駆けていく。私達はしばらく雑談をして過ごした。
第二研究室の皆は部屋が隣ということもあり直ぐにやってきた。今日は室長のマルキュレさんにサリエラさんとクリオネさんだ。女性が来たことで部屋の雰囲気も和らぐ。間もなくしてモーリッツさんとマルクさんがケイト君と一緒に入ってくる。
「お待たせしました、アイン副所長!」
入ってくるなり口を開きかけたモーリッツさんをケイト君が遮る。ケイト君、グッジョブ!
「集まってもらい、ありがとうございます。これからの鉄道計画の方針を話し合いたいと思います。まず第二研究室の現状を報告してください」
わかりましたわ、とマルキュレさん。
「副所長から預かった魔法陣に関する資料の解析は終了しております。おかげで現在は7、8割の古代文字が読めるようになりました。既存の魔法陣の微調整程度ならほぼ可能と言っていいでしょう」
どうやらマルキュレさんの方は順調に成果を出しているようだ。
「アイン副所長、どうしますか?一旦の成果は出ましたので研究室を解散させますか?」
「いいえ、マルキュレさん。そちらはそのまま続けてください。基礎研究は最も重要です。魔法陣の解析がほぼ完了したのでしたら、魔法陣が別の魔法陣に与える影響についても調べてみてください。発動中の魔法陣に外部からの干渉が可能かどうかということですね」
「わかりましたわ、このまま研究を続けます」
マルキュレさんが微笑む。彼女も基礎研究の重要さを十分に解っているのだろう。
「それでは第一研究室はどうでしょう?」
私の問いにラプラスさんが答える。
「第一研究室での魔力供給スキームによる動力部の開発は完了いたしました。ダニエルさんの協力もあり最初の4機は既に完成し、稼動テストも個別にではありますが済ませてあります。後は順次車体を組み立てていく段階ですが、ケイト、例の物を」
ラプラスさんに促されてケイト君が一歩前へ出る。
「アイン副所長、これをご覧ください」
そう言ってケイト君が私に一冊の資料を手渡した。
「えーと、プラン・カムパネルラ…」
ペラペラと表紙をめくり中を見ると、模型をもとに書かれたであろう設計図が事細かに記されている。うん、素晴らしい。素晴らしいのだけど…この表題はなんとかならないのかしら…
「よくできていますね、ありがとう、ケイト。後でじっくり目を通します。ダニエルさんも手伝っていただきありがとうございます」
ケイト君がダニエルさんと顔を見合わせ、嬉しそうに頷いた。模型作りの時のように、二人で頑張ってくれたに違いない。
…プラン・カムパネルラに突っ込みを入れて水を差すのは止そう。
「では第一研究室ですが、ラプラスさんは今後対外交渉などで忙しくなると思いますから室長を交代していただきたいと思うのですが、どなたが良いでしょう?」
「これからカムパネルラの製造を始めると考えると、模型を作り、その計画書を作成したケイトでよろしいかと」
「そうですね、ではケイトにお願いしましょう。引き続きダニエルさんと協力して車体の製造に入ってください」
はい!とケイト君が気合の籠った返事を返す。
「後の第一研究室のメンバーはそのままケイトを助けてもらいたいのですが、モーリッツさん?」
私は視線をモーリッツさんに向ける。
「モーリッツさんには新しく研究室を立ち上げてもらいます。モーリッツさんはラプラスさんと共に魔力供給スキームの開発に携わってこられましたね。そこで、動力開発では直にシャフトの回転に用いましたが、回転エネルギーを電気エネルギーに変換する発電機の開発を行って欲しいのです。詳しくは後で説明を致します」
「おお!敬愛するアインスターさんから直々のご指名、このモーリッツ全身全霊をかけて取り組みますとも!」
モーリッツさんはラプラスさんを除けば初期から魔力供給スキームに関わってきたベテランだ。彼以外の適任はいないだろう。…その、性格を除けば…
「それでは皆さん引き続きよろしくお願いします」
私の合図で一同は解散となった。
「モーリッツさん、それとダニエルさんとケイトも、こちらに集まってください」
私は先程モーリッツさんにお願いした発電機の説明を始める。
「電気というのは前期に私の魔法の講義で説明しましたね。ダニエルさんは初めてですが、身近にあるものでは落雷や静電気などが電気エネルギーです…」
確かモーリッツさんは私の講義に欠かさず顔を出してくれていた。
「この電気エネルギーの便利なところは容易に他のエネルギーに再変換が可能という点です。例えば熱エネルギーやその他の運動エネルギーに…」
もっとも魔法に慣れ親しむ魔法師にとっては何故いちいちエネルギー変換をしなければならないのか、直接熱を発する魔法を使えば済むではないか、という思いが強いに違いない。現にこの研究所でも明かりを灯す魔道具が作られていたくらいだ。
「…これを利用して私は街にランプの代わりになる明かりを普及させたいと考えています。この研究所で既に明かりを灯す魔道具が開発されていますね。なぜ普及しなかったのでしょう?」
モーリッツさんに視線を向ける。
「製造コストが高すぎました。明かりを灯すためにそれほど高価な品は必要ないと…」
「その通りです。魔道具が大掛かりな物になってしまったというのもありますが、一番の理由は魔法師でなければ製造できないという点にあります」
もちろん魔法陣を公開すればそれを刻み込むことはダニエルさんのような職人なら可能だろう。しかし魔力供給スキームを使ったところで最初の発動には魔法師の魔力が必要だ。
「その点、一度電気エネルギーに変換してしまえば、魔法師でなくてもそのエネルギーを利用することができるのです」
例えば住宅が集まる場所に発電機を置き、そこから各家庭に電気を引くというのでも良い。発電所は王国の費用で設置し、使用する者から低額の使用量を徴収するとかすれば、どこも負担は少なくて済む。何せここでの電気はタダ同然なのだから。
「ダニエルさんには電気エネルギーを使った明かりを灯す器具の製造も行っていただく予定です。これにはガラスを使いますが、ダニエルさんのガラス工房は大変優秀ですから大丈夫でしょう?」
先ほどから、うんうんと頷きながら話を聞いていたダニエルさんが、はっ、と顔を上げる。魔法師でないダニエルさんの方が電気という発想にピンとくるものがあるのかもしれない。
「そのためのガラス工房か…アインちゃんの実験器具作りのためではなかったんだな」
「あれほどの精度で実験器具を作ってくれるのですから問題はありません」
また仕事が増える…か、とダニエルさんから苦笑が漏れる。まあ、気にしないでおこう。
「まあ、まずはモーリッツさんが発電機と蓄電池の開発を終えてからになりますが…そうは言ってもカムパネルラの内装に発電機は必須です。動力以外のエネルギーは全て電気で賄いますから、ゆっくりはしていられませんよ」
期待していますよ、と私が言うと、モーリッツさんは胸を張った。
「任せてください。アインスターさんの期待にはこのモーリッツ全力で応えさせて頂く所存!ああ、今こうしてアインスターさんのために働ける事を神に感謝致します!」
ばっ、と手を挙げて天を仰ぐモーリッツさんに、私だけでなくダニエルさんやケイトも呆れ顔だ。
「おいおいケイト、モーリッツさんはいつもあんななのか?俺がこれまで見ていた様子だと、優秀な研究者のようだったが」
「いつもは、その、研究熱心な先輩なんですが、アイン副所長が絡むといつもこうです…」
ダニエルさんとケイト君がひそひそ話を始める。
「そ、それでは、私はこのプラン・カムパネルラに目を通してきます。何かあれば呼んでください」
居た堪れなくなった私は奥の部屋に引っ込んだのだった。
次回は12月21日17:00更新です