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39.フェルメールでの日常

「しばらく会わないうちに剣の腕が鈍ったんじゃないか?」


 家に帰った私は、久しぶりにお兄様達と一緒に剣を振っていた。お父様とは魔法学校へ行っても剣の素振りを続けると約束をしていたが、実際にはほとんど剣を持つことはなかった。これは怒られる案件かも…と思った私はお兄様達の稽古に交じって素振りをしているのだ。


「お兄様達は騎士になるのですから、私と剣の腕を比べないでください。私は元々こんなものですよ」


 エーリッヒお兄様に素振りのダメ出しをされて私は口を尖らせた。


「アインも騎士になると言っていたではないか。ほら、魔法騎士だったか?」


 どうやらお兄様は私の言った戯言を覚えていたようだ。確かにそんな事を言った気もするが…


「まあ、卒業してからの事は卒業してから考えます。ほら、お兄様も稽古を続けてください」


 私が騎士ではなく既に魔法師として部隊に所属していることは言っていいことなのかわからないので、ここは曖昧に言葉を濁しておく。


「エーリッヒ、アイン、ちょうどいいから皆で休憩にしよう」


 私達が喋っているのを聞いてリヒャルトお兄様も近寄ってきた。何を話していたんだい?とリヒャルトお兄様が聞いてくる。

 

「アインの素振りを見て、気になるところを注意してやっていたのです。アインはどうやら学校でも素振りをさぼっていたようなのですよ」


「仕方ないさ、アインは魔法学校の生徒なのだから。それに相変わらず身体強化などは私達よりも上手なようだしね」


 本気で戦えばエーリッヒでは敵わないだろうさ、と言うリヒャルトお兄様に、エーリッヒお兄様が面白くなさそうに顔を背ける。


「まあまあ、エーリッヒお兄様も随分強くなられたと思いますよ。リヒャルトお兄様はああ言いますけど、私も魔法を使わなければお兄様達には敵いそうにありませんよ」


「むむ、そうか!強くなったか!…まあ、これも言ってみればアインのおかげなんだけどな」


 ははん、と豪快に笑うエーリッヒお兄様に私達も自然笑顔が零れる。


「そういえば、お父様はまだ帰ってきませんね。いつもはこの時期、わりと家に帰っていらしたのに」


 私が尋ねると、リヒャルトお兄様が少し難しい顔をになった。


「うん、騎士学校でも少し噂になっていたのだけれど、ちょうど前期の終わりくらいから、北のレブラント王国がおかしな動きを見せるようになったとか。これまでも度々小競り合いが続いていたのは知っているだろう?」


 私も魔法学校の授業で少し習ったのだが、ルーベンス王国は北の国境でレブラントという王国と接している。東西に長々と連なる山脈が両国を分かつのだが、決して越えられない壁というわけでもないらしい。そのため双方とも度々相手の国に侵入し小競り合いを繰り返しているというのだ。


「例年のような小競り合いかと思っていたら、どうやらちょうどこのフェルメールの北方で大規模な部隊の編成を確認したらしい。それでお父様の部隊が事にあたっているようなんだ」


 そう言えばお父様の所属する第十三騎士団は東部国境を守るのが役目だと、ギルベルト団長も言っていたような気がする。


「お父様のことだから心配はいらないと思うけど、せっかくの私達の休みに家にいないのはアインも寂しいだろう?」


「そうですね、お仕事なら仕方ありませんけど、ゆっくりお話がしたかったですね」


 少ししんみりとしてしまった空気を振り払うように再びお兄様達が剣を振り始めたので私もそれに倣う。しばらく稽古を続け、私達は揃って家に戻った。



 フェルメールに戻ってしばらくは、お兄様達と一緒に剣の稽古を続けた。普段はついつい身体強化に頼りがちな私だったが、休みの間くらいは体を鍛えておこうと頑張っていた。休みというのはあっという間に過ぎるもので、既に四週ほどが経過している。まだお父様は一度も家に帰っていなかった。


「ごめんください…ボルボワさんはお見えですか?」


 今日は街に出て、久しぶりにボルボワ商会を訪ねる。


「おお!これはこれは、アインスターさん、ご無沙汰しておりますなぁ。さ、どうぞこちらへ」


 相変わらずの笑顔で出てきたボルボワさんがすぐさま私を奥の応接室へ案内してくれる。


「うちのダニエルからも話は伺っておりますよ。王都でも大変なご活躍だそうで」


 実際に王都で活躍しているのはダニエルさんである。私は表立っては目立っていないはずだ。多分…


「ダニエルさんにはお世話になっております。紹介していただいて本当に感謝していますよ」


 おそらくダニエルさんを紹介してもらってなければ、これほどトントン拍子に事が運んだとは思えない。


「いえいえ、感謝するのはこちらのほうで。ダニエルが上手くやっているのもアインスターさんのおかげでございますよ」


 ほほほ、とボルボワさんが好々爺然とした笑みを返す。息子のダニエルさんの活躍が嬉しいに違いない。


「先程市場を見て回りましたが、パンも良く売れているようですね。それに工夫がされて種類も増えていました」


「はい、商人ギルドのオズワルトもそれはそれは喜んでいましたよ、アインスターさんに是非お礼がしたいと。もしお時間があれば商人ギルドへも寄ってみてください」


 ボルボワさんの話ぶりから、今ギルドへ顔を出すと大変な歓待を受けるに違いない。うん、やめておこう。


「その商人ギルドですが、実はお願いしたいことがあります。実はここだけの話なのですが…」


 そう言って私は声を潜めた。


「今王都ではダニエルさんにも協力してもらって鉄道計画というものが進んでいます。王都とここフェルメールを馬車の何倍もある大型の乗り物が行き来するという計画です…」


 私は鉄道計画の概要を簡単に説明する。


「…と、輸送面でフェルメールの街にとっても大きなメリットがあります。おそらく王都主導で話は進むでしょうが、フェルメールの街にも計画に参加するよう要請があるかもしれません。資金と人員を出せ、ということですね。そうなった際に、商人ギルドには話に乗るようお伝えください」


 ここで話に咬んでおけば後々鉄道を利用する権利を主張することができる。私はフェルメールの街にも鉄道によって得られる利益を還元できれば良いと考えていた。


「一時的には莫大な費用が掛かるでしょうが、長い目で見れば必ずフェルメールの街にとって、またこの街の商人達にとって有益なものになります」


 私の話にボルボワさんは深く目を閉じた。私の勧めを鵜呑みにせず、じっくりと吟味しているのだろう。


「わかりました。いえ、こんな重要な話をよくお話しくださいましたな、ありがとうございます。オズワルトに伝えて、私からも出資を惜しまぬよう働きかけをいたしましょう。今この街はアインスターさんのおかげで、ギルドにも商人達にも多少の余裕がございます。かく言う私も全面的に話に乗らせていただきますよ」


 これで鉄道計画の件は大丈夫だろう。元々ラプラスさんが各方面で交渉にあたる予定になっているので心配はしていなかったが、念のため、というやつだ。


 それからしばらくフェルメールの街での出来事や王都でのダニエルさんの様子などを楽しく話して、私はボルボワ商会を後にしたのだった。



 その日私が家に帰ると、久しぶりにお父様も帰ってきていた。


「おおお!アイン、しばらく見ないうちにまた可愛くなったんじゃないか?魔法学校はどうだ?アインは可愛いから皆に虐められていないか、父さん心配していたんだ」


 しばらく見ないと言っても、休みに入る少し前に王都で会っている。まあ、その時も同じような事を言っていたが…


「大丈夫ですよ、お父様。学校では皆私によくしてくれています。それよりお父様こそお仕事大変なのではありませんか?」


 お兄様達に聞いた話を尋ねると、お父様は笑顔で私の頭を撫でた。


「心配はいらないよ、アイン。なに、ちょっと時期が悪かっただけだとうちの団長も言っていた。アインが心配することじゃないよ。そんなことより、さ、食事にしよう。母さんが待っていたぞ」


 アインやリヒャルト達の学校での話を聞かなくちゃな、とお父様が私の手を取り食卓へと向かう。お父様の大きな手に、私はほっと安心感を覚えた。



 それから数日間は家にいたお父様だったが、私達より早く戦地へと戻っていった。そして休みが終わり、私達も再び王都へと旅立った。

次回は12月14日17:00更新です

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