SS5.ヴェルギリウス~親友との語らい~
「ギルベルトよ、それでは次の出兵は長引きそうなのだな?」
「ああ、どうも東部国境付近がキナ臭い。レブラント王国が挑発的な動きをみせていてな」
私は旧友であるギルベルトが出兵するという報を耳にして、見送りに来ていた。彼は今日にも王都を発つらしい。
「ヴェルギリウス、君の隊には何も連絡は入っていないのか?」
「入っていない。私の隊はしばらくご無沙汰だな。まあ、呼ばれないのも無理はないが」
ギルベルトの第十三騎士団もそうだが、私の指揮する第四魔法大隊も軍では新参だ。レブラントとの小競り合いに魔法大隊も出ることがあるが、ほとんどが第一大隊か第二大隊だ。こちらに手柄を回したくないのだろう。おかげでゆっくり研究所に構っていられるのだから、私としては有難い。
「お前が出るということは、アインスターの父親も一緒なのだろう?」
私が尋ねると、ギルベルトは口元を緩めた。
「なんだ、気になるのか?もちろんパウルも一緒だ」
「なに、気にはならないが…アインスターが帰郷すると言っていたのでな。父親が家にいないと寂しかろう」
あはは、とギルベルトが笑いだしたので睨みつけてやる。
「はは、いや、すまない。君がアインちゃんの心配をしているのが可笑しくてな」
「父親に無理を言って一年早くこちらに来てもらったのだ。気にかけて当然だろう」
昨年の終わり頃、ギルベルトから魔法学校入学に必要な紹介状を書いて欲しい相手がいる、と頼まれたのだ。聞くと騎士の娘だというではないか。
王国騎士の子弟の中には、騎士学校に行き立派な騎士になろうという気概の無い者もいる。そのような者が魔法学校ならと紹介状を求めてくることも稀にあった。今回もその類かと初めは思っていたのだが…
アインスターというその娘は会ったそばから魔法を使って見せた。私が初めてみる魔法を詠唱もせずにだ。本人は独学で魔法を学んだと言っていたが、私は感心すると同時に幾許かの危うさも感じた。彼女の歳では魔法学校入学までにまだ一年ある。その間に彼女の特異さが表に出てしまえば…
私は危機感の薄い彼女の父親を説得し、直ぐに私の目の届くところに置いておくことにしたのだ。
第八小隊の小隊長に就けたのも同じ理由だった。万が一彼女の戦力としての価値が王国上層部の知るところとなれば、他の隊に動員される可能性もある。一隊員であれば、例えば第一魔法大隊のウォーレン卿などから引き抜きがあった場合に断り切れないが、小隊長ならば私の任命権をもって私の隊に留めておくことができる。なので形だけの小隊長にしたのだが…
「こちらの予想を超えて、勝手に動いてくれたようだが…」
「ん?何か言ったか?」
私の独り言にギルベルトが顔を上げる。
「いや、ギルベルトよ、お前が私にアインスターを引き合わせたのは、英断だった。…お前にしては珍しく良い事をした、と言っているのだ」
「ははん、俺は君のためにいつも良い事をしているつもりなのだが?」
ギルベルトが肩を竦める。
「まあいいさ、今度の駐屯地はフェルメールの北だ。俺の部隊は東の出の者が多いから交代で休みを取らせるつもりだ。パウルも働き詰めというわけでもないさ」
「そうか、まあお前も帰ってきたらゆっくり酒でも飲もうじゃないか」
「そうだな、俺が良い事をしたというのなら、今度は酒の一杯でもご馳走してもらおうか」
そう言ってギルベルトは笑みを湛えた。
「よかろう、無事に帰ってきたら乾杯といこう。そうだ、アインスターなら何か新しい酒でも知っているかもしれぬ。今度聞いておいてやろう」
「おいおい、アインちゃんは未成年…というかまだ少女だぞ。酒などわかるはずなかろう」
それもそうだな。それもそうなのだが…
形だけでも研究所の副所長に任命したのだからと、何気なしに与えた課題。その課題に彼女は王国の歴史を揺るがすような壮大な計画をもって応えた。そして魔力供給スキームの開発に於いて私を含めた第二研究所の面々が数年をかけて到達した地平に、彼女は一瞬で辿り着いたのだ。いや、既に追い越しているのか…
「まあ、後はお前が帰ってからだ。今日はこれで失礼する」
もう少しゆっくりしていけばどうだ、というギルベルトに私は首を振った。
「いや、私もやることがあるのでな」
そうして私達は拳を合わせる。この男が戦場で役目を果たしている間に私もやっておかなければならないことがある。アインスターが休みを終えて戻ってきたら直ぐに鉄道計画を次の段階に進めなければならない。その準備が山ほどあるのだ。
親友の笑顔に見送られながら、私は騎士団本部を後にしたのだった。
次回から第三章に入ります。原稿の都合により、以降は毎週金曜日17:00の更新とさせていただきます。次回は12月7日17:00更新です。宜しくお願いいたします。 loooko