SS4.ダニエル~忙しい日々~
「旦那様ぁ、剣を鍛えて欲しいとの注文が入っているのですが、どうしますかぁ?」
工房の入口から叫ぶように尋ねる声が聞こえた。店番のヨハンだ。
「お客はどんな奴だ!騎士か?」
俺も大きな声で返す。工房の中はキンッ、カンッと鉄を打つ音で声が通りにくいのだ。
「新米の冒険者さんのようです。自分に合った武器が欲しいのだとかぁ!」
相手が王国騎士なら一応俺が出て行って話を聞く必要もあるだろうが、冒険者ならヨハンで大丈夫だ。
「なら受注は半年以上の待ちだと言って断ってくれ。冒険者の新米なら置いてある剣で十分だ。軽くて使いやすそうなのを選んでやってくれ」
わかりましたぁ、とヨハンが店に戻っていく。
「おおい、お前ら、ピッチ上げろよ。いつまでたっても終わんねえぞ!」
俺はダニエル。この工房の主だ。そして今ヨハンが走って戻った武具店の店主でもある。もっともそちらの方はヨハンに任せきりでほとんど工房に籠っているんだが。
ここ最近、俺の仕事がめっきり忙しくなった。原因ははっきりしている。アインちゃんと知り合ったからだ。
去年の終わりごろフェルメールの街にいる親父が久しぶりに武具店を訪ねてきた。なんでも、知り合いの女の子が王都で生活するようになったから、彼女が訪ねてきたら言う事を良く聞くように、と。
王都での商売を俺に任せて、フェルメールの街でのんびりやっていたはずの親父が血相を変えて飛んできたのだ。 しかも、面倒を見てやれとか言うなら話はわかるが、言う事を聞けとはどういう事かと最初は訝しんだ。だが、なるほど実際に会ってみれば親父の忠告は正しかったわけだ。
彼女は俺に変てこな形の武器やインクの入ったペンを作れと言ってきた。俺はこれでも武具職人だ。親父の忠告が無かったら間違いなく話も聞かずに断っていただろう。それが金の成る木だということにも気付かずに…
彼女の考え出したインクペンはそれから飛ぶように売れた。最初、魔法学校から大量に発注を受けた時には驚いたが、それでもアインちゃんが上手くやってくれたのだと納得していた。しかしそれ以降もどこで評判を聞きつけたか、次々に大量の注文が入ってきたのだ。もちろん店頭に置かれているインクペンに気付いて買っていく者も多い。
こんなにもよく売れる商品の権利を安価で譲ってくれるなんて彼女には欲が無いのか、と最初は思っていたが、次に会った際に支払いをしようと金額を計算していて驚いた。大商人や上級貴族が同じ期間で得られる給金の数倍はあったのだ。しかもそれはインクペンが売れ続ける限り継続して彼女の元に入ってくる。何もしなくても、だ。
…これは…よく考えられている。すぐさま俺もアインちゃんと同じように自分でインクペンを作らなくても利益が得られるよう動いたのは言うまでもない。
「どうだ、ゴードン。捗っているか」
俺は郊外に新しく作ったガラス工房に来ていた。ゴードンというのは俺の知り合いのガラス職人で、年も近い。まあ、職人の世界では俺もそうだが若手だ。
「今回は良い出来だと自分でも思うよ。まあ、あれだけこっ酷くダメ出しされたんじゃあ、やらんわけにはいかんからなぁ」
ゴードンが顎に手をやり自慢の髭をさすりながら出てきた。この男、髭だけは立派なのを生やしてやがる。
実はこの工房が出来て間もなくアインちゃんから、ビーカーだのフラスコだのという聞いたこともないガラスの器を大量に頼まれたのだが、完成して持って行った際に半分程つき返されたのだった。先日特注の武器を納めた時のような、無邪気な、まるで天使のような笑顔はそこには無かった。
「ダニエルさん、申し訳ないですがこれらは使えません。ほら、ここがデコボコになっているでしょう?これなんかは目盛りもずれていますね。正確に量を計る道具ですからずれていては困るのです」
そう言って彼女は器に水を入れて俺に示した。
「今この目盛りのところまで水が入っているでしょう?これをこちらに移すと…ほら」
確かに最初の器と目盛りがずれている。なるほどこれでは正確な量が計れないというのも頷ける。
「今回は余分に注文していましたので代金は注文した分全て払います。どうせ研究所が払うんですし…次からは正確に作ってくれるよう職人さんにも言っておいてくださいね」
そう言って彼女は笑った。
職人というのはプライドが高い。工房に戻った俺はゴードンに事の経緯を話したのだが、奴は作り直すと言って聞かなかったのだ。
完成した品をゴードンと一緒に検める。水を入れては移し替えし、同じ目盛りを指すか確かめる。
「これなら問題ないな。よくやってくれた、ゴードン。この調子で頼むよ。俺はこれから研究所に行ってくる。丁度良かった、これらも納品してこよう」
完成した器を持って俺は研究所へ向かった。
まだ時間が早いこともあり、研究所にはアインちゃんの姿はなかったが、代わりにケイトが俺を待っていた。ケイトというのは研究所の研究員で、今はアインちゃんの指示で列車とやらの模型作りを任されている。俺はケイトに事情を説明して持ってきたガラスの器を引き取ってもらう。
「ダニエルさん、待ってましたよ。実は先日の列車の外観図ですが…」
列車というのはアインちゃんが考えた魔法で走る鉄の乗り物なのだが、正直よくわからない。俺は魔法師ではないから仕方ない、と思っていたがどうやらケイトもピンときていないらしかった。
「おう、アインちゃんに見せたのか?どうだった?」
「それがですね…」
全然駄目だったらしい。まあ、それはそうだろう。俺は作りやすさを考えて、箱状の形でどうか?と提案したのだが、ケイトは見た目が派手な方がいいからと、馬の頭の絵を描いたのだ。全く意味がないと思った俺だが、ケイトは云わば依頼主側の人間である。いくらアインちゃんに一緒に考えてくれと言われていても、ケイトの出した案を否定するなんてことはしない。
「そうか、いやアインちゃんの言う通り、そりゃ説明不足だ。ケイトのせいじゃない。ケイトは良くやっているさ。それで、どうだ?速度が出るのなら形を丸くしてみては。風の影響を受けにくくなるだろう。それに下の方を大きくすれば安定感も出るんじゃないか?」
「なるほど、それはいいかもしれませんね。ちょっと描いてみますね」
この男、割と器用なところもあって絵も上手い。サラサラッとデッサンを始めた。
「おお、いいじゃないか…ここの部分、もう少し緩やかに…そうそう、上手いじゃないか、ケイト」
「ありがとう、ダニエルさん。このデッサンで図面を起こしてみます。でもダニエルさん、こんな形に鉄を加工するのは大変じゃないですか?」
ああ、そうだった、作るのは俺だった。でも嬉しそうなケイトの顔を見ていると、ここで俺がやっぱり出来ない、とは言えない。
「まあ、どんな形でも頑張ってみるさ。その分、お代はしっかり頂くがね」
こうして俺の仕事がまた増えた。いいさ、やってやろうじゃないか。元々商人だった親父に無理を言って工房を構えたんだ。こんな化け物みたいな乗り物を作るってのは職人冥利に尽きるってもんだろう。アインちゃんが言い出したことは全て俺が何とかしてやる。彼女に振られないように気を付けないとな。
俺はまだ幼い、しかし強い意志と天使のような笑顔を浮かべる彼女の姿をそっと思い出して、クスクスと笑った。