38.フェルメールへの帰郷
それからしばらくして前期の学校での授業が終わり、私は騎士学校へ通うお兄様達と一緒にフェルメールへ帰ることになった。結局、前期の間にお兄様達と王都で会うことはなかったが、数日前にお父様が私を訪ね、お兄様達と一緒に帰るように、と指示していったのだ。お父様はお仕事の都合で少し遅れて帰ってくるらしい。
第八小隊と研究所には既に帰る段取りを伝えてある。先日の事だが、ヴェルギリウス所長から研究所に来るようにと指示があり、そこで第二研究所の鉄道計画に対して王国から研究開発費が出ることが決まった旨、報告を受けた。所長をはじめとする面々が頑張ってくれたようだ。特に模型を使ったプレゼンの受けが良かったらしい。
その場では後期から本格的に開発を進めていくということが話し合われ、ダニエルさんには休みの間、車両に必要な部品の製造を進めてもらうということが決まった。私が休みの間もダニエルさんは働きづめになるわけだが、本人は鉄道計画に予算が付いたことを喜び、意気込んでいたから、まあ問題ないのだろう。
そういうわけで今日はヴェルギリウス所長に挨拶をして、私はお兄様達の待つ騎士学校の寮に向かうつもりでいた。
「ヴェルギリウス所長、前期の間はお世話になりました。これからお兄様達と一緒にフェルメールに帰ります。また後期に入りましたら宜しくお願いしますね」
「アインスター、後期に入ったら君の鉄道計画が本格化する。忙しくなるだろうから今のうちにしっかり休んでおくように」
所長が手元の書類から目を離し、じっと私を見据える。机の上に置かれた書類の山と、うっすらと目の下に浮かぶクマを見るに所長もだいぶお疲れのようだ。
「所長もたまには休んではどうですか?随分顔色が悪いようですが」
「君もラプラスのようなことを言うのだな。…まあ、考慮しておこう。それはそうと、アインスター、学校での生活はどうだ?」
もう慣れてきたか、と話題を変えるように所長が私に尋ねる。
「おかげさまで、ほとんどが研究所と訓練場の毎日です。学生という気があまりしませんね」
「それは…すまなかったな」
私が少し拗ねたような口調で応えると、所長は言葉に詰まったように顔を背けた。
「すいません、所長、冗談です。研究所での研究はとても充実していますし、小隊の皆も私には良くしてくれています。所長のおかげだと私は思っています」
毎日が楽しいのですよ、と言う私に、所長も頷く。
「そうか、それならばいいのだが。私もついつい忘れがちになるが、君はまだ幼いのだからくれぐれも無理のないように」
そう言って所長は立ち上がり、珍しく部屋の外まで見送ってくれる。私はその足で学校を出てお兄様達の待つ寮に向かった。
騎士学校は魔法学校のちょうど反対側に位置する。魔法学校が西の端で騎士学校は東の端だ。王都内を走る馬車も定期的に出てはいるが、馬車を使うと一度中央の貴族街入口で乗り換える必要があるので私は歩いて行くことにした。
お兄様達の暮らす寮は騎士学校に併設されている。私と同じように帰郷する者達だろうか、騎士学校に近づくにつれ幾人かの生徒や馬車とすれ違う。
「ごめんください、アインスター・アルティノーレと申します。兄のリヒャルトをお呼び願えますか?」
寮に着いて入口にある受付のようなところで尋ねる。
「リヒャルト・アルティノーレですね。少々お待ちください」
どうやら中まで呼びに行ってくれるようだ。程なくしてリヒャルトお兄様とエーリッヒお兄様が連れ立ってやってきた。
「待たせたね、アイン。私達が魔法学校に行けばよかったのだけど、お父様がこちらに馬車を手配してくれたものだから」
「私も魔法学校を見てみたかったぞ、アイン」
半年も経っていないというのにお兄様達はまた背が伸びたようだ。今が育ちざかりなのだろう。リヒャルトお兄様の雰囲気は然程変わらなかったが、エーリッヒお兄様などはお父様に似て幾分逞しくなっているようだった。
「リヒャルトお兄様、私ものんびり歩いてきたので構いません。エーリッヒお兄様もいつでも魔法学校に来てくださいな」
私達が話しているすぐ傍を数人の学生が通り過ぎていく。
「それじゃアイン、私達も行こうか」
リヒャルトお兄様の合図で私達も馬車に乗り込む。私は相変わらずお尻の下に魔法でクッションだ。
「…今年はウォーレン家の長男が魔法学校に入学したと、噂で聞いたぞ。アインのクラスにいるのか?」
「リチャード君のことですね、彼は勉強熱心ですから良い魔法師になると思いますよ」
馬車の中でもしばらくお喋りが続く。
「ウォーレン家といえば王国の魔法師でもトップクラスの家柄だからね、そうかアインと同じクラスなのか」
「今年の学校対抗戦にはアインも出るのだろう?楽しみだな。学年が違ってアインと戦うことはないから、安心して観ていられるぞ」
はて?学校対抗戦とは何だろうか?そんな話は聞いていないが、騎士学校と魔法学校の交流イベントだろうか。エーリッヒお兄様が、なんか戦うとか物騒な事を言っていたが…
「そんな話は聞いていませんが、学校対抗戦とはどういったものでしょう?」
言い出したエーリッヒお兄様に私が尋ねる。
「なんだ、聞いていないのか?学校対抗戦は毎年後期の終わりごろに王宮で行われる魔法学校と騎士学校の交流会だ。各校、各学年の代表者が選ばれて、模擬戦をしたり剣舞や魔法の披露をしたりと、そういうイベントなのだ」
今年は間違いなく代表に選ばれる、と胸を張るエーリッヒお兄様。ちなみにリヒャルトお兄様は昨年も代表に選ばれていたらしい。
「そうなんですか、私はまだ聞いていませんので代表に選ばれるかどうかわかりませんね」
間違いなく選ばれるさ、と口を揃えるお兄様達に、曖昧に笑って返事をする。実際どのような競技かわからないが、ヴェルギリウス所長の判断で私は表に出ないかもしれない。出れば目立ってしまうことは目に見えている。
「私が出るにしても出ないにしても、お兄様達が出るのでしたら応援に行きますよ。それはそうと私お昼ご飯がまだなので頂きますね」
お兄様達も如何ですか?と私は手製のサンドイッチを広げる。
「そういえば王都でも少しずつ柔らかいパンが増えてきたね。でもやっぱりアインの焼いたパンが一番だ。どれ、一つ…むっ、これは中に色々挟んであるのか、アインの作るものは変わってるけど美味しいなあ」
「アイン、私も一つもらうぞ…うん、本当に美味しい!あ、お兄様ズルいですよ、アイン、私ももう一ついいかな?」
二人が勢い良くサンドイッチを食べ始めた。
「どうぞ、そんなに焦らずゆっくり食べてくださいな」
私のサンドイッチはあっという間に二人の胃袋に収まってしまった。さすが育ち盛りのお兄様達だ。
食事を終えて、相変わらず取り留めのない話をしながら私は馬車の外を眺めた。ごつごつした石畳の街道をゆく馬車、辺りに広がる草原の緑が心地よい。
…ここを列車が走るんだ…
いつもなら心地よい揺れについつい眠ってしまう私だが、今日は列車の走る様子を思い浮かべながら
ずっと景色を眺めていることにした。遠くに青き山々がそびえ立つ。私の街でも雪は降らないが、寒くなればあの山頂も白く染まるのだろうか。
徐々に大きくなっていくフェルメールの街…やがて馬車は目的地に到着したのだった。
この度は私の連載をお読みいただきありがとうございます。
途中、いろいろありまして予定通り日々更新ができない時期もありましたが、この回で第二章が終了となります。後二つSSを挟み、物語は第三章へと移ります。更新頻度は今のところお約束できませんが今後も楽しんでいただければ幸いです。 loooko