37.第八小隊の戦い方
次の日の午後、午前の授業をいつものように終えた私は訓練場に向かう。この頃の私は家で食パンを作り、昼食用にサンドイッチを持参していた。
「あ、ダニエルさん、もう着いていたのですね。今日はわざわざすいません」
今日は魔法の講義を終えた小隊の皆に、第八小隊の新しい武器である魔法銃を渡そうと思い、ダニエルさんに訓練場まで持ってきてもらっていたのだ。
「なあに、構わないさ。これからうちの店のお客さんになるかもしれないんだ、これくらいお安い御用さ」
そう言って笑って持っていた袋を広げる。
「これが汎用型の魔法銃ですね、うん、良い出来です。あ、これよかったらお一ついかがですか?」
ダニエルさんの持ってきた魔法銃を一つ一つ手に取りながら、私は持っていたお弁当箱を広げてサンドイッチをダニエルさんにも勧めてみた。
「何だい、これは?ああ、パンか…おぅふ、美味しいね、これは!…そう言えばフェルメールのパンもアインちゃんが考えたって親父が言ってたな。うん、中に挟んであるものがまた美味い!」
「私の新作です。サンドイッチって言うんですよ」
ダニエルさんも気に入ってくれたようで何よりだ。私もむしゃむしゃとサンドイッチを頬張っていると、小隊の皆がちらほらと集まってきた。
「アイン小隊長殿、こりゃすいません、もういらしてたんですね」
「構いませんよ、私もここでお昼ご飯を食べているところですから。皆が集まったら話を始めましょう」
興味深そうにサンドイッチを眺めるベンジャミンさんだったが、残念ながら隊員の分までは用意していない。今度はもう少し多めに作ってこようかな。
「皆さん揃ったようですね、まずは紹介しておきます。こちらダニエル武具店のダニエルさんです」
「王都で武具店をやっておりますダニエルと申します。こちらのアインスター殿にはいつもご贔屓にして頂いております」
ダニエルさんが外向きの顔で皆に挨拶をする。小隊の中には知っている者もいたようで、ダニエル武具店の若旦那か、と声があがった。
「ダニエルさんは自身で工房もお持ちで、職人としての腕前も一流だと私は思っています。今回ダニエルさんには、以前私がここでちらっと使って見せた魔法銃を皆さんの分も作ってもらいました。これを第八小隊の基本装備にしたいと考えています」
ダニエルさんが皆に持ってきた魔法銃を配る。受け取った隊員達は皆嬉しそうに目を輝かせていた。
「これは杖の代わりに私が考案した新しい武器ですので他では手に入りません。メンテナンスなどはダニエルさんの店にお願いしてください」
その時はお安くしてくださいね、と言う私にダニエルさんが苦笑いで返す。
「使い方は後ほど。ダニエルさん、次に例の物を」
私の言葉にダニエルさんが重そうに担いでいた荷物を下ろす。巻かれた布をぐるぐると剥がすと、現れたのは刃の大きさだけで私の身長を優に超える大鎌、所謂デスサイズだった。柄の部分はダニエルさんの背丈よりも高く、その先端に大粒の魔石が取り付けられている。
「シズクさん、ちょっと来てください。シズクさんは身体強化を使った超近接戦闘が優れています。その戦闘スタイルを生かすのに魔法銃では物足りないと思いますので、こちらも用意しました」
通常の魔法が不得手なシズクさんだが魔法銃を使えば引き金を引くだけで魔法が使えるのは他の皆と同じだ。しかし身体強化を使った格闘術を得意とするシズクさんには魔法銃は似合わない気がしていた。もちろん杖で殴っても良いのだけど、それなら、と用意したのがこのデスサイズだった。
大鎌を手に取る仮面の少女。ビュン、ビュンと小気味の良い音を立てて鎌を振る。相当な重量のはずだがシズクさんはそれを紙を丸めた棒でも振るかのように軽々と扱っていた。
「………アイン、気に入った。………店主、名前は?」
もちろんダニエルさんの名前を聞いたわけではないだろう。ダニエルさんも直ぐに察したようで、
「名前か…名前は付けていない。だがやっと本職に近い依頼だと俺も気合を入れて作った一点ものだ。そっちで良い名前を付けてやってくれ。…それにしてもこんな得物誰が持つんだと思ってはいたが、アインちゃんといい近頃の少女はいったい…」
最後はぶつぶつと独り言を言い始めたダニエルさんにシズクさんは一つ頷き、私の方を見て言った。
「………アイン、………名前を付けて」
名前…何がいいかな?仮面の少女が左手でひょいと担ぐ大鎌、その垂れた三角の刃はまるで三日月のよう…
三日月…下弦の月…
「下弦の月ではどうでしょう?」
三日月の事だと説明するとシズクさんは一つ大きく頷いた。
「………下弦の月………気に入った、アインありがとう」
ちなみに下弦の月には欠けていく月という意味がある。死神の持つ大鎌にはぴったりの雰囲気ではないか。
「あのぅ、アイン小隊長、僕の武器にも名前を付けてくれませんか…」
申し訳なさそうにジョバンニさんが私に自分の魔法銃を示した。
「ジョバンニさん、それはマジック・ピストルです」
「マジック・ピストルか、格好いい名前をありがとうございます!」
ジョバンニさんも嬉しそうだ。
「アインちゃん、俺のは?」
「ナイトハルトさん、それもマジック・ピストルです。ちなみに他の皆の武器もみんな魔法銃ですよ。汎用型なのでみんな同じです。あ、特別に呼び名が欲しければ自分で勝手に付けてくださいね」
さっきまで嬉しそうに魔法銃を掲げていたジョバンニさんの表情が一瞬にして曇る。俺が名前付けてやろうか?いえ、もういいです…とベンジャミンさんにからかわれている姿が微笑ましい。
「それではダニエルさん、今日はありがとうございました。この後は研究所ですか?」
「ああ、ラプラスさんに待ってもらっているから早く行かないとな」
アインちゃん、それじゃあまた。と言ってダニエルさんが足早に帰っていった。
「さて、魔法銃の使い方を覚えてもらいましょう」
私は自分の魔法銃で皆に使い方を説明する。ちなみに私のだけはプロトタイプでちゃんと名前もある。梵だ。
「…このようにスロットで使いたい魔法の魔法陣に合わせます。皆さんのものにはあらかじめ四種類の魔法陣が刻んでありますが、増やしたい場合はダニエルさんのお店で魔法陣を刻んでもらってください。
そうそう、ヴェルギリウス隊長から魔法陣は公開しないよう言われていますのでダニエルさんのお店以外に持って行っては駄目ですよ」
そのことはダニエルさんも了解済みで魔法陣を他に公開しないようにと言われていた。隊員の皆にも念を押しておく。
「後は狙いを定めてトリガーを引く。ああ、照準は目で標的を捉えるだけです。捉えたイメージで距離が勝手に入力されます。逆に何も考えずにトリガーを引いても魔法は発動しませんので注意して下さいね」
それではやってみてください、と私の合図で皆が的に向かって魔法銃を撃ち始めた。
「あ、シズクさんも一応、魔法銃使えるようにしておいてくださいね」
夢中で大鎌を振り回しているシズクさんにも一通り試し打ちをしてもらって、私は再び皆に話しかけた。
「使い方はそれくらいでいいでしょう。次に魔法銃を使った今後の第八小隊の戦い方を話しておきます。ベンジャミンさん?我々は遊撃部隊ということでしたね。今、敵と、例えば騎士団の一群と遭遇して、我々は有利でしょうか、不利でしょうか?」
「相手の人数にも拠りますが…圧倒的に有利でしょうね」
何せ魔法が使えますから、とベンジャミンさんがおどけた。
「その通りです。魔法が使えるということは相手よりも射程が長いという事です。騎士の武器は剣、槍、まあ弓もありそうですが、弓は別として、剣や槍の射程の外側から我々は魔法を撃つことができますね」
たとえ弓相手でも射程、正確さ、発動速度とどれをとっても不利になることはないが。
「高速で近づき魔法を放って離脱する、一撃離脱戦法が今後の第八小隊の基本戦術となります」
見ていてください、と私は的を見据える。まずは上空に向かってファイアーを三発。それを追うように梵を構えながら的に向かって走る私。お父様と試合をした時のような戦い方だ。但し今回は一定の距離を保ちつつ的を中心に旋回しながらファイアーを放つ。その着弾と上空から弧を描いて落ちてくるそれの着弾とがほぼ同時だった。
ドン、ドン、ドドドドン!
爆発音を後ろに聞きながら走って最初の位置に戻る。
「と、まあ、このように走る、撃つ、走る。この繰り返しですね。このような戦い方をすれば少数の我々でも致命傷を負うことはなくなるでしょう。安全マージンは極力取っていきたいですから」
簡単でしょう?とベンジャミンさんに視線を送る。
「まあ、小隊長殿が言う通り簡単…なんですかねぇ。いや、ともかくやってみましょう。理屈は解りやした。確かに安全な戦い方ではありやすねぇ…」
「では後はベンジャミンさんにお任せしますので、いくつかのフォーメーションを練習してください。戦場では決して一人にならないように、二人組、三人組で行動します。そうすればいざという時にも回避行動が取れますから。私の部隊では絶対に誰も死なない、という事を第一に考えてください」
自分の部下が傷つくのは寝覚めが悪い、これは単なる私の我儘だけど、それくらいの事が叶わなければ私が小隊長でいる意味はないのだ。
「今期は間もなく学校も休みに入りますので私もフェルメールの家に帰らなければなりません。本格的な訓練は後期に入ってからにしましょう」
それから訓練の仕方などを少し皆と話し、今日は解散となった。私が帰る段になってもシズクさんは楽しそうにぶんぶんと大鎌を振っていた。