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36.魔法の講義が終わる

 カムパネルラ…それは言うまでもなく『銀河鉄道の夜』に登場する主人公の友人の名前だ。

 鉄道からの連想、それ以上の意味は全くない。ただ以前の私はこの作品が殊の外好きだった。もっともこの世界ではその連想さえも通じる者はいないのだけれど。


 車両に名前を付けて私の仕事は一旦終了となった。鉄道計画が認められるまでの短い休暇だ。訓練場に顔を出したり、魔法の講義の準備をしたり、私はゆったりまったりとした日々を過ごしていた。その魔法の講義も前期の日程を二週ほど残し、いよいよ大詰めとなっていた。


「…というように魔素というのはどこにでも存在しますが、一方で物質としての質量を持たず、例えば空気を組成する成分としてカウントされません。つまり魔素濃度がいくら高まっても空気中の成分である

酸素や窒素の割合に影響を与えることがないのです」


 この世界でも空気中の成分組成、窒素と酸素で99パーセントを占めるというのは変わらなかった。ダニエルさんに作ってもらった実験器具で実験を重ねた結果だ。


「このことから魔素というのは別次元のエネルギー体であるという解釈ができます。実際に魔素という物質を検出することはできていません。魔素がこの世界に働きかけをする際にエネルギーとして感じることができるのみなのです」


 ここで私は一同を見渡す。皆真剣な表情で私の話を聞いていた。


「魔法を使うということは魔素の働きかけによって自然を捻じ曲げるということですが、それも自然の摂理の許す範囲での事になります。だから私達は魔法をイメージする際、自然の摂理に反していないように

見せる必要があります。そこには理由付けが必要です。たとえそれが屁理屈であったとしてもその屁理屈を捏ねまわして世界を騙し、欺く。これが魔法なのだと私は考えます」


 ですから自然科学を学び、そして自ら考える事が魔法師には大切なのです…私はそう言って目を閉じる。


 しばしの静寂、その中で私はこれまでの講義を思い返していた。全く知識の無い中で皆本当によくついてきてくれた。リチャード君達クラスメイトの皆も私が教えたいくつかの魔法を使えるようになっているし、研究会でさらに知識を深めようと頑張っているようだ。研究所の皆も忙しい中交代で私の講義に参加し、参加できなかった者にも後で内容が伝わるように丁寧にメモを取っていることを私は知っている。


「皆さん、長い間私の講義にお付き合いいただき、ありがとうございます。これで私の魔法に関する講義の全てを終わりたいと思います。後は皆さんそれぞれの必要に応じて知識を深めていって下さい」


 ご清聴ありがとうございました、と再び目を開けて一同を見渡す。


 パチ…パチ…パチパチパチ!


 始めに手を叩いたのはベンジャミンさんだろうか、後ろに座るヴェルギリウス所長かもしれない。次第に大きくなっていく拍手の渦に、私は思わず涙をこらえた。



「ありがとう、アイン。私達はこれからも研究会で実戦魔法の研究をしていくつもりだ。アインも時間が出来たら覗いてくれると嬉しいよ」


「………私も………身体強化を頑張る。………ありがとう、アイン」


 クラスメイト達が口々に私に礼を言って教室を出ていく。


「アインスター君とは今度ゆっくりと魔法について議論を交わしたいものですね」


 アイザック先生もリチャード君達の後に続く。


「ご苦労だったな、アインスター。鉄道計画に続き良くやってくれた。この魔法学校全体で急に講義内容を変えるのは難しいが、参加した講師陣と相談して来年度から少しずつ君の教えを広めていきたいと思う」


 所長が強く私の手を握る。目つきこそ厳しいもののその表情はどこか柔らかい…ような気がする。実は先日の鉄道模型お披露目の後、所長は私に頭を下げてこう言っていた。


「すまない、アインスター。本来なら君が王の御前で発表することなのだが、私はまだ君を表に出すつもりはない。君の功績を横取りするような格好になり申し訳ない」


 考えてみればこの講義に参加しているのもクラスメイト達を除けば皆所長の部下にあたる。所長曰く、私のお披露目はまだしない、ということだったが、私にとってもこの申し出は有難かった。私は研究さえできていればそれでいいのだ。幸い研究所の皆も私にはよくしてくれている。


 私は少しだけ力を込めて所長の手を握り返した。


「ありがとうございます、所長。所長の協力なしにはどれも上手くいかなかったと思います。研究所のことも小隊のことも、そしてこの講義も最初は戸惑いましたが、所長やラプラスさんが手伝ってくれて、本当に助かっています」


 所長が照れたような表情でそっぽを向くと、傍でラプラスさんがクスリと笑顔を見せた。二人はそのまま他の講師陣と連れ立って教室を出ていく。


「さて、と。小隊の皆さん、ご苦労様でした。明日は午後から私も訓練場に行きます。今後の訓練について話がありますので皆さんも訓練場に集まってください」


「私達にとって苦しい勉強がやっと終わったと思ったら、これからアインちゃんの地獄の特訓が始まるんだね。ベンさん、大丈夫かい?勉強のやり過ぎで頭のネジが外れてはいないかい?」


 ナイトハルトさんがおどけた表情で肩を竦める。


「バカヤロウ!俺たち小隊にとってはこれからが本番だろうが。訓練で手ぇ抜きやがったら承知しねぇぞ。アイン小隊長殿、ハルトのいう通り地獄の特訓でビシバシ鍛えてやってくだせぇ」


「えーぇ、厳しいのは嫌ですぅ」


 小隊の皆も笑いながら教室を出ていく。


「アインスターさん、このモーリッツ、アインスターさんの講義を拝聴して毎日が目から鱗の日々。もう残っている鱗がありません。私はこれまでの長い人生、いったい何をやっていたのでしょうか。こんなにもお若くて可憐なアインスターさんがこれほどまでに日々真理を探究しているというのに…」


 もう私の頭を踏んずけて下さい、と土下座のような恰好で頭を差し出すモーリッツさんに、私は思わず半歩下がる。


「ひぃ!…いや、モーリッツさん、頭を上げてください。研究所で私の科学実験に皆さんが協力してくれたおかげです。皆さんの研究に対する姿勢は私も素晴らしいと思っています。これからも真摯に研究を続けてください…」


 できればモーリッツさんには真摯なだけでなく紳士でもあって欲しいと切に願う。


「モーリッツ!その変態っぷりを少しは自重しなさい。アイン副所長がドン引きですよ。…お見苦しいところをお見せしました、アイン副所長。副所長はこの後どうなさいますか?」


 モーリッツさんに冷たい視線を送りながら、マルキュレさんが私に尋ねる。


「この後は研究室に戻ります」


「それでしたらご一緒しましょう」


 最後に残った研究所の皆が片付けを手伝ってくれて、私達は皆で揃って教室を後にした。こうして私の魔法講義は全日程を終えた。

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