3.剣術の稽古をする
「てい、てい、てい。…てい、てい、てい」
今年5歳になる私は木漏れ日さす昼間、庭の隅っこで木刀を振るっていた。
お父様とお兄様二人は庭の中央で剣術の稽古をしている。
「部屋に引きこもって今頃は魔法の研究をしているはずなのに…どうしてこうなった?…てい、てい、てい」
魔法関連の本を読み漁り、そろそろ魔法の研究をしてみようと準備をしていたところ、お父様に言われたのだ。
「アインも5歳になったのだから、そろそろ剣術の稽古を始めようか」
「え!?剣術ですか、お父様…」
「そうだ、7歳になったら騎士学校に入学だからな。いきなり入学しても剣を振れないだろう。みんな5歳くらいから剣術の練習をするんだ。」
ちなみにリヒャルトお兄様は5年生で来年には卒業する。下のエーリッヒお兄様は昨年入学し、今年から2年生だ。
「私、女の子ですが…」
「ん?女の子でもみんな騎士学校に行くんだぞ、うちは王国騎士の家系だからな。大丈夫、アインはお父さんの子だからきっと強い騎士になるぞ」
うへぇ、女の子も騎士になるんだ、…この世界怖い。
騎士といっても女性の要人の護衛だったり女性でなくては出来ない仕事が多いらしい。そのため女性騎士というのも結構いるようだ。そういうわけで私もまずは素振りの練習をしているのである。
「てい、てい、てい、…ああ、腕が疲れてきたよぉ」
前の世界では碌にスポーツなどやってこなかった私には素振りだけでも一苦労である。それにお父様は
大丈夫だって言うけれど、私はどうやら5歳にしては身長も低い方らしい。筋力も特にあるわけではない。
…と思う。
「はあ、ちょっと休憩しよう」
座ってお父様達の稽古を眺める。お父様相手にお兄様達二人が剣を振るっている。それにしてもお父様は凄い。二人のお兄様も、特にリヒャルトお兄様のほうは、私の以前の記憶にある成人男性と比べても格段につよいのではという腕前だが、そんなお兄様達を軽々といなすお父様はそれはもう別格だ。
「お父様強いなぁ、あれはとても人間の動きじゃないよ」
そんなことを考えているとお父様達も休憩に入るようで、リヒャルトお兄様がこちらに近づいてきた。
「アインも少しは剣に慣れたかい?」
「リヒャルトお兄様、腕が痛いです。私にはお兄様のように剣を振ることは難しそうです」
「あはは、心配しなくても最初は皆そうだよ。アインも直ぐに慣れるさ」
私がムッと口を尖らせるとお兄様が慰めてくれる。
「それにしてもお父様はお強いですね。お兄様もお強いですけどお父様は別格のように見えます。人間の動きじゃないですよ、あれは」
「はは、父上は王国騎士の中でも一つの小隊を預かる隊長だからね。私も父上のような騎士になりたいと
思っているのだよ。でもアインに人間じゃないなんて言われたら、きっと父上も拗ねてしまうだろうね、はは」
へぇー、お父様って結構偉いんだね。でも小隊の隊長さんであの強さってことはもっと強い人がたくさんいるってこと!?
私、この世界ですぐに死んでしまうんじゃないかしら。
「父上は特に身体強化が上手いんだ」
黙り込んだ私に、お兄様が言葉をつなぐ。
『身体強化』という言葉に私はピクッと反応した。
「身体強化!?体を強化するのですか?」
「え?ああ、気を体に巡らせるんだ。そうすると速く動けるようになるし、力も増すんだ」
「リヒャルトお兄様もできるのですか?」
「ああ、少しならね。これは慣れだからね。経験を積むうちに段々とできるようになっていくんだ」
また私は考え込む。
…それって魔法じゃないのかな。
この世界には魔法の元になる魔素というものが存在して、その魔素を使って不思議現象を起こすのが
魔法らしい。魔素は空気中の酸素のようなものでどこにでもあるのだそうだ。
「お兄様、それって魔法なのですか?」
「ううん、魔法とは違うよ。騎士はみんな身体強化ができるようになるからね。騎士は魔法は使わないだろう?」
「そうなんですか?騎士は魔法を使わないのですか?」
「もちろんだよ、騎士は剣で戦うのさ」
魔法ではないと言われても、そもそも魔法がない世界の記憶を持った私には身体強化も魔法に思える。
魔法の基礎知識という本には魔法を使うにはイメージが大事だと書いてあった。起こしたい現象をイメージすると魔法になるらしい。
私は、頭の中で木刀を軽々と持ち上げる自分をイメージする。
「えい!」
うん、全然駄目だ。木刀の重さは変わらない。やっぱり魔法なんてそんなに簡単に使えるものじゃないよね。
直ぐに諦めかけた私だが、はっ、と思いついて今度は腕の筋肉に意識を集中する。
以前の私は人体の構造を調べたこともある。筋肉は細かい繊維が集まってできているんだよね。筋肉繊維を太くする?
…嫌だな、と思う。私はマッチョにはなりたくない。
硬いだけなのは駄目だよね、しなやかで丈夫なのが理想かな。自分の上腕二頭筋の筋繊維を樹脂でコーティングしていくようなイメージだ。
「あっ!」
私は思わず声を上げる。体の中を何かが巡っている感覚なのだ。これが魔力の流れ?
多分これで正解なのだろう、今は木刀が軽い。どうやら細かい人体構造などを把握していないと魔法にならないらしい。漠然としたイメージでは駄目なのだ。
「どうしたんだい、アイン?」
私が何とも言えない顔をしているのでリヒャルトお兄様が心配そうに声をかける。
「なんでもありませんわ、お兄様。…ちょっとそこに立っていてもらえませんか。絶対に動いては駄目ですよ」
私は悪戯を思いついたような顔で5歩ほど先の地面を指さす。今度は足の先、特に指先を強化する。同時に体全体は体幹がぶれないように固めて固定する。
「これでいいのかい?」
「ええ、いいですよ。それではいきます」
ってい!と思い切り強化された足で短距離走のスタートのように地面をける。ただし体幹は固定したので走ったようには見えないだろう。一瞬で間合いを詰められたお兄様は私が瞬間移動でもしたように見えたに違いない。
「あ、アイン!?うわっ」
仰け反った拍子にリヒャルトお兄様が尻餅をついて倒れてしまった。
「ご、ごめんなさい。でも見てくれましたか?」
「何を、何をしたんだ!」
尻餅をついたままでお兄様が顔を引きつらせる。
「身体強化をしてみたのです。上手くできたと思うのですけど」
私はえへんっ、と胸を張って見せる。
「あれが身体強化!?ちょ、ちょっと待っているんだ、今父上を呼んでくるから」
そういうとお兄様は慌ててお父様のところへ走り去ってしまった。