35.鉄道模型のお披露目
「よし、魔法陣はこれでいいでしょう。では蓋をしますよ」
模型の動力部分に魔法陣を刻み込んだ私は稼動を確認して天井部分をカパッと乗せた。さすがは精密加工も難なくこなすダニエルさんだ、少しのずれも感じない。前後の留め金を掛ける。漆黒の塗装に流線型のフォルムがなんとも美しい。
「素晴らしいですね、うん、模型にしてみればこの形で正解だったとわかりますね。抜群の安定感があります。ケイト、そっちはどうですか?」
ケイト君とダニエルさんは研究室の端でせっせと線路を組み立てていた。実際の線路にはレールの間隔を保ちクッションの役割を果たす枕木を敷くつもりだが、今回は模型なのでレールのみだ。
まあ、模型といっても子供の玩具のように私が跨って乗れる程の大きさはあるのでレールを繋いでいくのも大変な作業なのだが。
「アイン副所長、こちらも終わりましたよ!」
ケイト君が応える。見ると部屋の半分程のスペースに輪を描くようにレールが敷かれていた。
「それでは車両を線路に乗せます。ケイト、運ぶのを手伝ってください」
鉄でできた車両は当然重い。身体強化を使っているので先程の天井部分は難なく被せることができたが、長い車両を運ぶのはバランスが悪く、反対側をケイト君に持ってもらう。
「よいしょ、よいしょ…はい、ここで下ろします」
カチンッという小気味良い音とともに車輪がレールに嵌まる。左右の幅もぴったりだ。
「それではいよいよ動かしますね」
私は車両に魔力を込めた。魔法陣が反応したのだろう、窓を通して薄っすら光が漏れる。そして車両はゆっくりと動き始めた。
「凄い!動いた、動きましたよ、アイン副所長!」
「お!やったな、動いたな、アインちゃん」
ケイト君とダニエルさんが口々に歓声をあげる中、車両はシーーーという金属音を立てながら最初のカーブを曲がる。この車両は電車ではないのでレールが無くても自走できる。そのため前輪がわずかな角度、自在になっている。
「カーブでも脱線することはありませんでしたね。まあ、今は速度を落としていますから、想定する速度でどのくらいの半径まで走行可能か検証が必要ですね。そこはケイトにお願いしましょう」
目を輝かせて走る車両を見つめているケイト君に、車両の操作方法と速度の調整に関するいくつかを指示していると、やがて車両は電池が切れたようにゆっくりとその動きを止めた。魔力供給スキームを使っていないので、時間が経てば勝手に停止するのだ。ちなみに停止ボタンは無い。
「成功ですね。ケイト、研究所の皆を集めてください。内輪のお披露目です。ダニエルさんは走行後のレールに問題はないか、確認をお願いします。私は所長を呼んできます」
そう言って私は足取り軽く研究室を飛び出した。
「所長!鉄道模型が完成しました。これから研究所の皆にお披露目をするので所長も都合が良ければいらして下さい」
私が部屋に入ると所長は机に向かって一人資料を読んでいるところだった。
「アインスターか、良いところに来た。ラプラスがまとめた上層部に向けた鉄道計画の企画書だ。君も目を通しておきなさい」
所長はそう言って、机に置かれた一冊の書類を指で示した。さすがはラプラスさん、事務処理能力も高い。ラプラスさんの動力周りの開発と私の模型作りの進み具合から計画の発表時期が近いと感じたのだろう。私がこれまで話したことが簡潔にまとめられていた。
「…輸送コストの削減目標値は実際の運行速度が決まってからということですね。前線への移動時間は多少の誤差があってもおおまかな数値で構いません。うん、これで結構です」
「では鉄道模型と併せて鉄道計画発表の段取りを立てよう。その模型だが、完成したと言ったな?」
所長が私に向けて顔を上げる。
「はい、そうでした。皆が集まっていると思いますので私はこれから研究室に戻ります。所長はどうなさいますか?」
「私も行こう」
そう言って立ち上がり、大股で部屋を出ていく。歩くのが速いよ、所長…私は小走りで所長の後を追った。
私と所長が研究室に入ると既に大勢の研究員が集まっていた。皆、敷かれたレールと黒光りする車両を興味深そうに眺めている。
「皆さん、お待たせを致しました。これより鉄道模型の試運転を行います。鉄道がどういったものか実際に見て頂くことで、より具体的に計画の内容を解って頂けることと思います」
自分たちが何の開発をしているのか、わからなければモチベーションも上がらないだろう。模型を使って説明することでイメージが湧くはずだ。
「ダニエルさん、走行後のレールは問題ありませんでしたか?」
「ああ、大丈夫だ。問題ない」
レールの点検作業を終えたダニエルさんがサムズアップで応える。
「ケイト、後の進行は任せます。車両を始動させてください」
魔法陣に魔力を込める作業は魔法師なら誰でもできる。ケイトには既に車両の操作方法を伝えているので、今日の進行はケイト君に任せて、私は所長の隣で見物することにした。
「わかりました。それでは始めます」
少し緊張した様子のケイト君が車両に魔力を流し始める。私の時と同様に、車内が薄く光を放つ。
…シシシ、シーー
「「「おおお!動いた!」」」
いくつかの声が重なった。ざわめきに包まれた研究室内で車両はそのスピードを徐々に上げていく。
「模型では最高速度を抑えていますが、魔法陣によって速度調整が可能です。皆さん、馬に騎乗した際のスピードを想像してみてください。計画ではその3倍程の速さを想定しています」
ケイト君が皆に車両の説明を行う。車両がスピードを上げ、カーブに差し掛かる。
「実際の車両ではレール上で300メートルの旋回性能を有していると考えますが、これも想定する速度によって変わります」
ケイト君も私とダニエルさんと一緒に何度も議論を重ねたのだ。よく理解していてその説明は堂に入っている。私は隣で車両の動きを目で追う所長に尋ねた。
「いかがですか、所長?」
「ああ、なかなか面白い。鉄でできた乗り物、実際に見てみると迫力がある」
実際の車両はもっと迫力がありますよ、と私が笑うと、所長は無言で頷いた。
「ケイト、そのレールというのはどういった役割があるのですか?なくても良いように思われますが?」
そう質問したのはマルキュレさんだった。第一研究室のメンバーは車両の構造に目を通しているのでレールの役割は把握しているようだが、他の者にとっては気になるところなのだろう。
「実際にはレール上でなくても自走可能です。その際は車輪に走行に適した細工が必要かどうか検討の最中です。また、アイン副所長が言うところのハンドルという操舵部で旋回も可能です。後ほど模型の内部をご覧に入れます。しかし、あえてレール上の走行を前提としているのは、操縦者を選ぶ必要がないという点にあります…」
ケイト君が説明する通りで、実際にはレール上でなくとも自走は可能だし、レールを敷くとなると多くの人員を動員して莫大な費用がかかる。それでもレールに拘るのはレール上を走るうえでは操縦技術が必要ないためだ。運転手は始動と停止をするだけで後は勝手に目的地まで運んでくれる。
「…という理由でレール上の走行を前提とした方が長い目で見て有効であると考えます」
質問をしたマルキュレさんも理由を聞いて納得したように頷く。
「なるほど、行き来するたびに違う道を通ったり、挙句道に迷ったりでは困りますものね」
他にも第二研究室の女性陣からいくつかの質問や意見があがり、やがて車両は線路を数周してゆっくりと止まった。この後はケイト君が車両の蓋を開け、内部を公開することになっている。
「それでは内部の様子をご覧に入れます」
ケイト君が天井を外す。皆が車両を取り囲むように集まった。ダニエルさんは走行した後のレールの様子をチェックしているようだ。
「…で模型部分と実際の車両では動力部の構造と魔法陣が違います。その他は忠実に再現しています。この部分が…」
一つ一つ内部を説明するケイト君に、周りの目も真剣だ。一通り説明が終わったところで、所長が前に出た。
「ケイト、模型の披露ご苦労だった。そしてアインスター、計画の発案から模型の作製まで良くやってくれた」
所長の澄んだ声に皆が聞き入る。ケイト君もホッとした表情を浮かべた。
「このように早く実現可能な段階のものになるとは思っていなかった。これもアインスター副所長の研究心あってのことだと私は思っている。この後は王国の上層部に対し、第二研究所の新しい研究として鉄道計画を認めさせることとなる。これには私とラプラス、それに今日の発表をこなしたケイトであたる。模型の実演ではダニエル殿に手伝ってもらう」
頼めるかな?と所長がダニエルさんに目を向ける。
「お安い御用です、閣下。いえ、ここではアイン殿に倣ってヴェルギリウス所長とお呼び致しましょう」
ダニエルさんが恭しく頭を下げる。
「ありがとう、ダニエル殿。研究所では楽にしてくれて構わない。ここからは私の仕事だ。この鉄道計画は何としても通す。直ぐに実際の車両作りに移るので皆そのつもりでいてくれ」
一通り皆を見渡した所長の鋭い目が私のところで止まった。
「最後にアインスター、鉄道計画の核となるこの車両に名前を付けなさい」
所長に言われて私は目を閉じる。頭の中には既に一つの名前が浮かんでいた。
「カムパネルラ………カムパネルラです。所長。」
列車の名前は『カムパネルラ』に決まった。