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33.魔法実習をする

「…というように、燃焼には可燃物、支燃物、着火エネルギーという三つの要素が不可欠です。支燃物というのは主に酸素、空気中には酸素が含まれるというのは前にお話ししましたね、その空気中の酸素と、可燃物、そこに熱エネルギーが加わって燃焼します。可燃物というのは…」


 私の魔法の講義もいよいよ最初の佳境に入っていた。今日は物が燃える仕組みの話である。これを覚えてもらわなければ『ファイアー』など、火に関する魔法が使えないのだ。


「…ですので魔法を使う際には酸素と可燃物が化合する様子を元素レベルで強くイメージします。この時可燃物は何でも構いませんがその場に存在し得ないものは魔法として発動しません。何かに着火する場合は相手の物質で結構ですが何もないところに火を放つ場合には可燃物の選択に注意が必要ですね。それから…」


 以前の世界には当然魔法というものはなく、魔法はただ不思議なものだと私も考えていたが、それは決して不可能を可能にするものではなかった。人の手では成し得ないことを魔素の働きが補助する、それは何度も言うようにコンピューターが人の仕事をサポートするようなものなのだ。自然界のルールに反することは魔法でも実現しない。そこに自然科学を理解する意義がある。


「…以上の事を踏まえてイメージすれば火に関する魔法が使えるはずです。そこに指向性を持たせたのが私のファイアーの魔法ですね。指向性は相対ベクトルと初速をイメージすることで魔法に反映されますが、その際摩擦や重力の影響を受けますので予め考慮してください。運動方程式を覚えていますか?」


 リチャード君どうですか?と尋ねてみる。


「F=maだったと思うが」


 さすがは学年主席、メモを見返すことなく答えてくれる。一番若いリチャード君がついてこれているので他はまあ大丈夫だろう。


「素晴らしい!その通りです。そこでこれを重力加速度に置き換えるとF=mg、ここで重力加速度は…」



 一通り話を終えた私は皆をぐるりと見渡した。


「それではこの後は皆で魔法を使ってみましょう。ここでは危ないので訓練場へ向かいます。ラプラスさん、皆を案内してください」


 初めての魔法実習である。教室のあちらこちらから「おお!」と歓声があがる。やはり座学ばかりで少々退屈だったのだろう。ベンジャミンさんなんかはいつも死んだような目をしているし。


 ラプラスさんに先導されて皆が訓練場へと向かう。ラプラスさんには予め今日の予定を伝え、訓練場の人払いをお願いしておいた。私は片付けを終えて後を追う。


「アイン小隊長殿は、重力加速度だったか、そんな計算を魔法を使うたびにやっているのですかい?」


 追いついた私にベンジャミンさんが不安そうな目で尋ねた。


「まあ、そうですね、慣れればなんてことありませんし。それに魔法の発動手順でお話したように、一度使った魔法は魔法陣として記憶されます。記憶から魔法陣を呼び出す際には補正値は定数化されているのでイメージする必要はありませんから」


 だから大丈夫ですよ、と私は答える。初めの方こそ眠そうに講義を聞いていたベンジャミンさんだったが、ジョバンニさんや他の小隊メンバーの手前、自分だけが魔法を使えないという事態にならないよう、復習をきちんとやっているようだった。意外に真面目である。


 そうしているうちに私達は訓練場に到着した。


「ラプラスさん、ありがとうございます。それでは皆さん、的に向かって魔法を放ってください。あ、木の的に向かっては駄目ですよ、壊れてしまいますから」


 実際に壊した本人が言うのだから間違いない。


「まずはイメージから魔法を放つところまでやってみてください」


 皆が横並びに的に向かって杖や手をかざす。私はその様子を少し後ろから眺めていた。ここはやはりこれまでの魔法の常識がない生徒チームが一番かな、と思っていたが意外なことに最初に魔法を放ったのはヴェルギリウス所長だった。私はふんわりと浮かんだ魔法陣を確認する。うん、概ね私と同じだ。


「ふむ、アインスター、これで間違いないか?」


 疑問形で尋ねてはいるものの、本人は成功を確信しているのだろう。表情こそいつものままだがどことなく得意気に見える。


「問題ありません、所長、さすがです。よろしければ研究所の皆さんや講師の皆さんにコツなど教えてあげてください」


 そう言って私も小隊とクラスメイトのサポートにあたる。程なくしてクラスメイト達がファイアーの魔法に成功した。やはりリチャード君達は覚えが良い。


「アインスター、こちらは皆成功したようだ」


 最後に研究所の皆が魔法を放ち終え、所長が私に声をかける。


「ありがとうございます、ヴェルギリウス所長。それでは皆さん、次に移りましょう。今ので皆さんの記憶に魔法陣が記憶されたはずです。魔法の発動手順を思い出してください。今度は先程のように魔法をイメージすると頭に魔法陣が浮かびます。それを意識してファイアーと唱えると魔法が発動します」


 ここからは簡単だ、言葉で説明するよりも体感してもらった方が早い。

 私がさあ、どうぞ、と合図を掛けると、ファイアーという掛け声とともにたくさんの火の玉が的に向かって飛んでいく。


「おお、これは凄い、それ!ファイアー!」


 ここでは実戦経験のある小隊のメンバーに一日の長があった。皆面白がって次々にファイアーを放つ。

そんな中、何故か上手くいかない者もいた。


「………アイン、魔法陣が浮かばない」


 クラスメイトのコノハちゃんだ。最初のファイアーではリチャード君とともに真っ先に成功していたのだが。


「アイン小隊長殿、ちょっと来てくれ。うちのシズクがどうやら魔法陣が浮かばないらしい。少し気になることがあるんだが…」


 どうやら小隊のシズクさんも失敗しているようだ。


「コノハちゃんとシズクさん…姉妹?何かあるのかもしれませんね。コノハちゃん、ちょっと来てください」


 私はコノハちゃんと一緒にシズクさんとベンジャミンさんのところへ駆け寄った。


「ベンジャミンさん、クラスメイトのコノハちゃんも失敗しました。コノハちゃんはシズクさんの妹です」


「そうか…おそらく原因はこうだ」


 そう言ってベンジャミンさんがシズクさんの家系について話し始めた。シズクさんとコノハちゃんの家はマツバノミヤという代々の魔法師家系で王都でも指折りの魔法師を輩出しているというのは前にも聞いていた。身体強化を主に研究しているのだということも。


「マツバノミヤ家はその研究内容とともに他の魔法師にはない特徴がいくつかある。一つは他の魔法師に比べて魔力の量がとてつもなく多いということだ」


 魔力の量とは魔法師が溜め込んでいる魔素の量だと私は考えている。空気中にも魔素は存在するがその濃度は薄く、強力な魔法を使う際には魔法師が持っている魔素を優先的に使っている。その補佐のために杖があったりする。


「大規模魔法を使う際に、マツバノミヤは、シズクは一人で数人分の魔力を提供することができる」


 その魔力量の豊富さから魔法師として高い評価を受けているのだろう。大規模魔法でしか活躍の場が無かったこれまでの戦場に於いては、一人で数人分を賄える、なくてはならない存在だ。


「だが、その代償として単独で呪文を詠唱しても魔法が発動しないらしい。そうだな、シズク?」


「………是」


 呪文の詠唱とはイメージの代わりの魔法陣の検索ツール、それが機能していない?いや、今回イメージでの検索にも失敗しているということは、そもそも魔法陣が記憶されていない…


「………それじゃあ、私も………魔法が使えない?」


 私があれこれと可能性を考えていると、コノハちゃんが悲しそうな目で私の方を見ながら呟いた。


「コノハちゃん、大丈夫ですよ、イメージでの魔法は使えたんですから何か方法を考えてみましょう。それに、ほら」


 私はシズクさんに手を向ける。


「シズクさんは落ち込んでもいないでしょう?少々の魔法が使えなくてもシズクさんもコノハちゃんも魔力量が豊富というアドバンテージがあります。身体強化は既に覚えましたよね、あれも魔力を使った立派な魔法だと私は考えています。人より魔力量が多いということは身体強化を長時間使える、または強い強化ができる、という事だと思います。きっとシズクさんは自分の特性を生かすことを考えていると思いますよ」


「………その通り。………コノハも身体強化があれば戦場でも十分………戦える」


 コノハちゃんにそう言い放ったシズクさんは笑っているようだった。いや、仮面でわからないのだけれど。


「それでは皆さん、講義は終了です。今日はここで解散します」


 小隊の隊員達などはこのまま練習をしていたいに違いない。後はご自由にどうぞ、と私は訓練場を後にすることにした。

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