32.新しい武器
私は小隊の訓練場へと来ていた。普段なら魔法の講義がない日は研究所へと向かうのだが、今日は新しく出来た私の武器を試したいと思ったのだ。
「おや?アイン小隊長殿、珍しいですね。今日は俺たちの訓練を見にいらしたのですかい?」
私が来たのに気付いたらしいベンジャミンさんが駆け寄ってくる。
「ベンジャミンさん、こんにちは。訓練ご苦労さまです。皆さんの訓練を見に来たわけではないのでそのまま続けてください」
どうやら走り込みの最中だったようで、ベンジャミンさんは薄っすら汗を滲ませている。小隊長の私に代わって隊長代理のベンジャミンさんが皆を指導してくれているのだ。
「了解でさぁ。それにしても小隊長殿に教えて頂いた身体強化は凄い物ですねぇ。ちょっと走っただけでぜぇぜぇ言ってやがったジョバンニなんかもすっかり動けるようになってきましたぜ」
私は魔法の講義でまず最初に身体強化を教えたのだった。魔法師といっても素早い動きが出来なくては困る。遠くから魔法を放っているだけでは駄目なのだ。私はこの第八小隊の基本戦術として身体強化を使った魔法の近接戦闘を考えていた。
「皆さん大分慣れてきたようですね。ただし普段から身体強化を使いすぎないように注意しておいてくださいね。特に若いジョバンニさんやシズクさんは体を鍛えることが大切ですから」
「わかっております。講義の時にも聞いてましたからね。シズクなんかは家柄でしょうねぇ、その辺俺なんかよりもよくわかっているようでしたよ。ジョバンニは…あいつは厳しく扱くことにしやしょう」
楽させちゃあいけませんからね、とベンジャミンさんは豪快に笑って隊に戻っていった。実はシズクさんの家というのは魔法師の中でも5本の指に入る程有名な家系らしいのだが、他の魔法師達と違って魔法による身体強化を研究している一族なのだ。
これは画一的に魔法陣を覚え魔法を使っている王国の魔法師には極めて珍しいことで、そのためシズクさんも私の言う身体強化を理解するのが非常に速かった。なんでも元々魔素の流れがわかるらしいのだ。
「私以外にも魔法を近接戦闘に使うという発想はやっぱりあったんだなぁ」
だがそんなシズクさんの一族においても未だに魔法としての身体強化は確立されておらず、個人を別として実戦でその技術が用いられることはなかった。
私は気を取り直して腰に下げたホルスターから銃型の魔道具を取り出し、少し離れた的に向かう。元々木で作られていた的だったが私が壊してしまってからは一部が金属の物に替えられていた。
「これなら大丈夫だろう」
グリップを握ると魔道具に魔力が流れ込むのがわかる。私は魔法陣が刻まれたスロットをカチカチと回しファイアーの魔法陣に合わせると前方の的に向けて引き金を引いた。うっすらと魔法陣が光を放つ。
ボフンッ・・・ドン!
真っすぐに飛び出した火の玉が的に当たって弾けた。魔法の名前を唱えなくてもトリガーを引くだけで発射できるのだ。射線の補正も上手く働いているようでなによりだ。
ボフンッ・・・ドン!ドン!ドンッ!
私は続けざまに三度引き金を引いた。うん、ちゃんと連射も出来る。
次に私はスロットをサンダーの魔法陣に合わせる。同じように的に向かって引き金を引くと随分手前で閃光が走った。
「うーん、これは距離感が難しいなぁ」
ファイアーの魔法は前方に向かって一直線に進むので射線上に的があれば命中するのだが、このサンダーの魔法は落雷を発生させるというものなので魔道具を向けての距離感が掴みにくい。逆に射線上に遮蔽物があっても上空から的に届くので距離さえ掴めれば便利なのだが。
今度はもう少し奥に照準を合わせて引き金を引く。
ガラドッシャン!
真上から、とはいかなかったものの、的に吸い寄せられるように雷が落ちた。
「まあ、これくらいかな。後は練習あるのみ」
それにしても思っていた以上に魔法の名前を唱えなくて良いというのは便利だった。それに銃身によって射線が安定している。
「ダニエルさんのおかげだね。えーと、名前は…」
いろいろ考えはしたが、スロットの回転によって様々な魔法が使える、三面六臂という阿修羅のイメージから梵と呼ぶことにした。
「アスラか…ふふ、なんだか私もこの世界に染まってきたのかも。恥ずかしいけど、ちょっと、こう、気合が入るよね。皆に渡す分は…マジック・ピストルでいいか」
この世界にはそもそも無いものなので魔法銃で構わないだろう。良い名称が思いつかなかったわけでは決してない。
私は梵と名付けた自分の魔法銃をホルスターに納め、物陰に腰を下ろす。ちなみにホルスターは梵に合わせてダニエルさんが作ってくれていたものだ。
「アイン小隊長、先程凄い音が響きましたが…小隊長殿が何かやったんでしょう?」
私が額の汗を拭っているとベンジャミンさん達小隊の面々がわらわらと集まってきた。
「いやあ、他の隊のやつらが、凄い音がしたって騒いでたんだ。何でも落雷を見たとか、この明るいのにそんなはずはないとか。俺達はベンからアインちゃんが来てるって聞いてたから驚かなかったけどね」
ナイトハルトさんがキラリと白い歯を見せて笑った。
「それでアイン小隊長殿、新しい魔法でも練習してたんですかい?」
ああ、俺達もこれから休憩に入るところです、と言い訳するように話すベンジャミンさんがなんだか少し可笑しくて、私は思わず笑みを零した。
「私の新しい武器を試していたんです。魔法師は杖を使うそうですが、私のお父様は騎士なので自分で杖を用意しなくてはいけなかったんです。そこで使いやすいように作ってもらったんですが…」
そう言って私は皆に魔法銃を見せた。
「………」
皆が無言で、差し出された魔法銃に見入る。
「あの…これは杖…なんですよね?」
しばらくの沈黙の後、皆を代表するようにベンジャミンさんが口を開いた。
「いや、皆さんの言いたいことはわかります。もう杖ではないと私も思いますよ。一応、魔法銃と名付けました」
そう言って私は少し前に出て、的に向かって何度か引き金を引いた。…ズドン、ドン、ドン、ドンッ!
「こんな風にトリガーを引くだけで魔法を撃つことができるのです。今のはファイアーですね。他にもここのスロットを回して魔法陣を替えれば別の魔法が使えます」
ね、便利でしょ、と私は何故か遠い目をしているベンジャミンさんに答えた。
「…まあ、もうアイン小隊長殿が何をやっても俺は驚きませんけどね…」
「アインちゃん、詠唱どころか魔法の名前さえもいらないなんてぇ、それは私にも使えるのかしらぁ?」
それを使えばベンさんよりも早く魔法を発動できそうねぇ、とフローレンスさんが相変わらずおっとりとした口調で私に尋ねる。
「これは残念ながら私専用の魔法銃で、私にしか反応しないようになっています。ですが、第八小隊の皆さんの装備にも採用しようと考えていますので出来上がったらお渡しします」
一応安全のため、パスワードを入れるような要領で起動の魔法陣が組み込まれているのだ。
部屋に戻ったら名前を呼んで起動するように手直ししようと思う。
「魔法の講義でもいよいよ私が使っている魔法を教えていくことになるので、ある程度魔法を覚えたら魔法銃を使った訓練もやっていきたいと思います」
私の言葉に皆が一様に頷く。
「では今日はせっかくですから身体強化を使った動きをいくつか覚えてもらいましょう。ええと、まず…」
その日は日が暮れるまで訓練場で過ごした。お父様に教えたような動きをいくつか小隊の皆に伝授して、私は部屋に戻った。