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31.所長にペンを贈る

 数日後、約束通りダニエルさんが研究所へやってきた。事前にヨハン少年が日時を伝えに来てくれたので、私は代金の準備をし、所長のアポイントメントを取って待っていた。今後のためにも所長に紹介しておいた方が良いだろうと思ったのだ。


「ダニエルさん、時間を取って頂いてありがとうございます。まずは代金の支払いを済ませたいのですがよろしいですか?」


 確認して下さい、と私は用意してきた金貨の詰まった袋を手渡す。私の注文した杖と所長のインクペン、それと前回発注した中で私が私費で支払うものの代金である。ちょっと待って、と言ってダニエルさんが中身を検め始めた。


「アインちゃん、確かに。前回の発注分まで前金で頂いてすまないな」


 そう言ってダニエルさんはヨハン少年に金貨の入った袋を渡した。今日はヨハン少年もダニエルさんの手伝いで研究所に来ているのだが、店の方は大丈夫なのだろうか。


「ではこれが特注の杖とインクペンだ」


 確かめてくれ、とダニエルさんが言い、ヨハン少年が持っていた杖とインクペンを私に渡す。杖といっても私にすればこれは銃だ。この世界には当然銃は存在しないからダニエルさんも便宜上杖と言っているだけで、これを見て杖だと思う人は多分いないと思う。小隊の皆に渡す時も何か名称を考えた方がいいかもしれないね。


 私は自分の銃型の杖を手に取って見つめる。前回工房で見た時よりもグリップの部分が削り込まれ手に馴染む。これなら手の小さい私でも使いやすいだろう。


「素晴らしい出来ですね、ダニエルさん。ありがとうございます」


 私は一つお礼を言って、今度は所長に贈るインクペンを手に取る。宝石箱のような綺麗な箱に納められたそれは、胴の部分に双頭の鷲の紋章といくつもの宝石が埋められた、もはや工芸品といってもいいようなペンだった。


「こちらも良い仕上がりだと思います。これから所長にこれを渡しに行きますので、ダニエルさん達も一緒に来てください。今後のために紹介しておきます」


 私がそう言うとダニエルさんはギョッとしてヨハン少年と顔を見合わせた。


「アインちゃん、紹介してくれるのはありがたいが…そういう事は事前に言ってくれ。手ぶらで来ちまったじゃないか」


 何か贈り物になるものはないか?とヨハン少年と相談し始めた。なるほど、会って挨拶だけすればいいんじゃないかと思っていたが、そう簡単なものでもないらしい。ついつい忘れがちになるがヴェルギリウス所長は公爵で、公爵といえば爵位を持つ貴族の中で最も偉いのだ。


「今日は完成品のインクペンも持ってきていたが、これを献上させてもらおう。すまないがアインちゃんの分はまた今度だ」


 ダニエルさんの準備が整うのを待って私達は副校長室へ向かった。


「アインスターです。入ります」


 コンコンコンといつものようにノックをして私達は所長の待つ副校長室へ入る。


「所長に贈ると約束していたインクペンが出来ましたので持って参りました」


 執務の途中だったのだろうか、机に目を落としていた所長が、ふっと顔をあげて、私とその奥にいるダニエルさんたちに目をやる。

 お納めください、と私は綺麗な箱のまま所長にインクペンを渡す。


「ふむ、有難く頂戴しよう」


 所長が箱を開け中身を見る。一瞬、口元が和らいだと感じたのは気のせいだろうか。


「して、今日は何の用だと思っていたが、後ろの者達と関係があるのか」


 アインスター、と所長が私の名を呼ぶ。


「はい、所長。このインクペンを作成した商人でダニエルさんと言います。私が王都に来た時から懇意にしてもらっている商人でこれからの研究に協力してもらおうと思っています」


 私がそう言うと、ダニエルさんが前へ出て跪く。


「シュレディンガ公爵閣下、お目にかかれて光栄に存じます。王都で武具の商いをしておりますダニエルと申します。本日はお目通りが叶いました記念にこちらを献上したく存じます」


 ダニエルさんがこれまた綺麗な箱に入ったインクペンを差し出す。


「アインスター殿より素晴らしいインクペンを贈られた手前恐縮ではございますが、こちらのペンは普段使いとしていただければ幸いにございます」


 ダニエルさんが私の発案でインクペンを開発して明日から一般に売り出す予定であることを所長に告げる。


「ふむ、ダニエル、このような贈り物を頂き感謝する。そこのアインスターは見た目こそ学園にいる生徒達と大差ないが、その中身は研究所の所員にも勝る突飛な発想を思いつく。其方も随分と苦労をしているのではないか?」


 所長が何気に失礼な事を言う。


「いいえ、そのような事はございません。このインクペンもアインスター殿の発想と知識がなければ世に出回ることはなかったでしょう。私にお声がけ下さったことに感謝しております」


 私が口を突き出して、むっ、としていると、ダニエルさんが丁寧にフォローしてくれた。


「そうですよ、所長。私はまだダニエルさんに迷惑はかけていません。迷惑を掛けるかもしれないのは研究が本格化するこれからです!」


 そうなったら所長がきちんとフォローしてくださいね、と私が視線を送ると、所長は肩を竦め、ダニエルさんは苦笑で応えた。


「ダニエル、アインスターの言う研究が本格化するまでにはまだ少し時間があるだろう。研究所の分はラプラスに任せるとして、魔法学校の備品にインクペンを発注したい。数はとりあえず100本、魔法学校の事務課に納品するように」


 ダニエルさんが指示しヨハン少年が注文書を作成する。突然の注文だったが、さすがに馴れたものでヨハン少年の手際が良い。


「公爵閣下、さっそくのご注文ありがとうございます。後ほど事務課で納期などを相談させて頂きます」


「よろしく頼む」


 注文書を双方で確認し合い、所長が書類にサインする。購入の手続きが終わったところで私達は副校長室を後にした。



「さあ、ここが第二魔法研究所の第一研究室です。中へどうぞ、あ、奥の部屋です」


 魔法学校を出た私達は研究室に来ていた。


「ケイト君も中へ。すみませんがラプラスさんも来ていただけますか?」


 私が促すとそれまで中央のテーブルで何やら話しをしていたケイト君とラプラスさんが私に続く。


「ケイト君は先日紹介しましたね。こちらはラプラスさん、私の、えーと…補佐をしてくれています」


 危うく上司と言いかけて私は言葉を飲み込んだ。対外的には仮とはいえ私が研究所の副所長なのだ。今回の鉄道計画では対外交渉を行ってもらうことなどをダニエルさんに話しておく。きっと接点も多くなるだろう。


「ラプラスさん、こちらは私が懇意にしてもらっている商人のダニエルさんとヨハン君です。武具の店でダニエルさん本人は工房主でもあるので金属加工の腕は一流です」


 ラプラスさんのそのインクペンもダニエルさんの工房で作ってもらったのですよ、とペンができるまでの経緯を改めて話すと、ラプラスさんも納得した様子で微笑んだ。


「第一研究室長のラプラスです。このインクペンは大変便利なものですね、細かい加工も見事なものです」


 よろしくお願いします、と差し出されたラプラスさんの手を、ダニエルさんも握り返す。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。先日アインスター殿より研究所の備品もいくつかご注文頂いております。シュレディンガ公爵閣下からもラプラス様を通して注文があるだろうと伺っております。何卒良しなに」


 二人とも何だか大人の対応という感じだ。普段から丁寧な物腰のラプラスさんはともかく、ダニエルさんの先程からの態度には内心驚いている。そこはさすがに商人といったところか、貴族相手の対応というのも身についているのだろう。

 …私も一応貴族なんだけど。


「さて、それでは本題に入りましょう。ダニエルさん、これを見てください」


 私は鉄道計画における列車の資料をダニエルさんに見せる。列車全体の大きさが描かれた図面とそれぞれの部品の展開図、設計図だ。


「これは列車といって、そうですね、魔法を動力として動く馬車のようなものだと考えてください。もちろん馬で曳くわけではありませんし、大きさも一つの車両で馬車10台分くらいを考えています」


 輸送のための乗り物で人や物を大量に運ぶのだと、説明する。


「重要になるのは動力機関部と車輪、それらを繋ぐシャフトとギヤ部です。まずはその部分の製造をダニエルさんにお願いしたいと思っています。本格的に始動するのは研究所に予算が下りてからになりますが、今のうちに職人さんを集めておいてください」


 それと併せて模型作りもお願いする。ダニエルさんは難しい顔で図面に見入っていた。


「外観に関してはダニエルさんとケイト君で決めてください。ラプラスさん、ダニエルさんにこの研究所の立ち入りを許可してもよろしいですか?」


 その都度私が立ち会うのも面倒なのでダニエルさんには研究所に自由に出入りしてもらって模型の作製に当たってもらいたいと思う。


「かまいません。ただしこの第一研究室のみで居住区への立ち入りは控えてください」


「というわけなので、ダニエルさんよろしくお願いします。ケイトも頼みましたよ」


 二人に丸投げする形になるが、動力部を含めた駆動部分が完成すれば、私としては外観にこだわりはないのでケイト君に任せてしまっても良い。殊更、風の抵抗などを考えなくても新幹線のようなスピードが必要なわけではないから問題ない。


「アインちゃん、このギヤというのはどういったものなんだ?」


「それはですね、重いものを動かす際に…」


 ダニエルさんがいくつかの質問を私に投げかける。いつの間にかダニエルさんの瞳は職人のそれになっていた。と、同時に喋り方もいつものダニエルさんに戻っている。ふんふん、とメモを取るダニエルさん。よく見ると手元には見覚えのあるインクペンが光っていた。



「ダニエルさん、今日はありがとうございました。ヨハン君もありがとう」


 私は研究所の入口でダニエルさんとヨハン少年を見送る。あれからケイト君とラプラスさんも加わり、私が作った設計図を見ながら、ああだ、こうだ、と色々話をしていたのですっかり遅くなってしまった。


「いやアインちゃん、礼を言うのは俺の方だ。仕事があるのは有難いことだ。それにしても本当に一生分の勤勉さを使い果たしてしまいそうだがな」


 あはは、と笑ってダニエルさんとヨハン少年が帰っていく。これで一応の準備は整ったはずだ。暮れかかる夕日を背に、私は自分の部屋へと戻った。

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