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29.計画の準備

 ラプラスさんが研究室へ向かったのでこの部屋には所長と私、二人きりになってしまった。ラプラスさんが間に入ってくれると私も話しやすかったが、所長と二人というのは何分気まずい。私は冷めたお茶に手を伸ばした。


 所長が私の目を真っすぐに見据える。吸い込まれそうな黒い瞳。


「アインスター、君は、いったい何者だ?」


 …


 私はお茶を手にしたまま固まった。いつかくる質問だとは思ってはいたが、実際その言葉を聞くとどうしたものかと戸惑ってしまう。


 数秒間の沈黙…


「ヴェルギリウス所長…私、実は生まれた時から別の世界の記憶があるのです。魔法の存在しない世界。その代わりにここよりも高度な科学の存在する世界…」


 再び数秒間の沈黙…


「なるほど………

 常識を覆す魔法の知識、それだけならギルベルトも認める優れた家庭で育った娘ということで納得出来なくもなかったが、先程の君の計画を聞いて、これは子供の発想ではないと確信した。ただの夢物語ではない、根拠に基づき段階を踏んで、実現可能な計画を立てる。その発想とやり方に比べれば自由に魔法を使いこなす事など些細なことだ。

 しかし…まだ、本当の事は話せないということだな。いや、わかっている。これ以上の詮索は今のところするつもりはないから安心してくれたまえ」


 …ん?あれ?何かおかしい。


 王国に不利益をもたらす者でなければよし!と所長は一人頷いている。私は本当の事を話したつもりだが…


「時間を取らせてすまなかったな。研究所へ行ってくれても構わない」


 どうやら所長の中ではこの話は終わってしまったようだ。ここで私が蒸し返して、いや本当の事なんです、と訴えても何か変な感じになってしまう。まあ、今のところ私も困るわけではないので必要になれば相談してみよう。


「ありがとうございました」


 私はなんだか釈然としない気持ちのまま研究所へと向かった。



 第一研究室ではラプラスさんが研究所の皆を集めていた。


「アイン副所長、お疲れ様でした。ここにいる所員には鉄道計画の概要をお話ししました。マルキュレさんには引き続き第二研究室の室長として魔法陣の研究を続けて頂くということでよろしいですね」


 さすがはラプラスさんだ、仕事が早い。私からもマルキュレさんにお願いをしておく。


「マルキュレさん、お願いします。特に各魔法の持続時間と影響範囲についての解析を期待します」


 マルキュレさんが頷く。


「副所長、任せてください。副所長に頂いた資料からこれまで空白部分だった箇所が随分埋まりました。これまでの研究と併せて個別のカテゴリー、そうですねまずは影響範囲に関わる箇所の洗い出しと解析を進めます」


「マルキュレさんに全てお任せします。私への定時報告は必要ありません。新しい発見があった時、若しくはアクシデントが発生した時のみ報告をお願いします」


 これまではサンプルが極端に少なかっただけで私よりも研究に費やした時間は多いはずだ。この件はマルキュレさんに任せておけば大丈夫だろう。丸投げである。


「それでラプラスさん、第一研究室は今の人員で足りていますか?」


 今の第一研究室のメンバーは室長のラプラスさんにモーリッツさん、マルクさん、カステールさんの四人だ。今回の計画では第一研究室の成果が何より重要になってくるので手厚い陣容で臨みたい。


「四人で十分、とは言い難いですね。途中で私が離れることも考慮すると他のメンバーもなるべく第一研究室を手伝わせましょう」


 人員の配置は私がやっておきましょう、とラプラスさん。


「お願いします。私も当初は第一研究室に加わります。並行して模型作りも進めたいのでどなたかお一人私に付けてください」


 それならば私が!と勢いよく手を挙げかけたモーリッツさんをラプラスさんが睨む。


「あなたはダメ!第一研究室の研究に力を入れてください。アイン副所長にはそうですね、生憎と女性陣は全員が第二研究室なのでケイトを付けましょう。この中では一番若いので雑用でも何でもさせて下さい」


 よろしくお願いしますよケイト、とラプラスさんが言うと、青い髪の少年が前に出た。


「任せてください、ラプラスさん!アイン副所長と仕事ができるなんて光栄です。よろしくお願いします」


 ケイトが嬉しそうに頭を下げる。一番若いと言われていたが、学校を卒業して間もなくといったところか。まあ、本当に一番若いのはどう見ても私だけど…


「それではここにいない所員にはラプラスさんから話を伝えておいてください。これより、都市間鉄道計画を開始します!」


 パチパチパチ…と拍手が起こる。なんとなく宣言してはみたが、少し恥ずかしかった。



 第二研究室の女性陣は隣の部屋へ戻っていき、残されたメンバーで中央のテーブルを囲む。皆は座っているが、私だけは椅子の上に立った状態だ。


「まずは魔力供給スキームから魔素の供給に関わる魔法陣を取り出し、単独での稼働を確認しなければいけません。魔法陣はおそらくこれとこれ、ですがそのまま流用したのでは稼働しません」


 私はラプラスさんに資料を差し出す。


「この部分がおそらくダミー回路で、本体と接続することでメイン回路に切り替わる仕組みになっています。なのでここをブランクにするか別の文字に置き換えるか、何らかの処置が必要になります」


「ほう、するとここの文字がダミーですか、なるほど魔法陣にはダミーの文字が使われているのですね」


 それは盲点でした、とラプラスさんが頷く。他のメンバーも資料を覗き込み、しきりに頭を回転させているようだ。


「魔法陣にはその構成を誤魔化すために意味のない文字が使われている箇所があります。しばらくすると第二研究室から詳細な情報が上がってくるでしょう。一つ一つ魔法陣を取り出していって稼働を確認して下さい。最後に動力になる魔法を構築します」


 動力を得る魔法については迷っていた。大きなエネルギーを得るために圧縮した気体を爆発させピストンを動かす、つまりはエンジンだが、この世界の金属技術で内側から繰り返される爆発に耐えられる構造ができるかどうか疑問である。単純にシャフト自体に回転する魔法を掛ける方が現実的か…


「アイン副所長、これだけ準備していただければこちらは十分です。最初の取り出しが終われば報告致します」


 後はラプラスさんに任せて模型の準備をしよう。


「では、お願いしますね。私はケイトさんと奥の部屋を使います」


 そいっ!と椅子から飛び降りケイトさんを従えて研究室の奥へ向かう。ああ、ケイトが羨ましい!とモーリッツさんの嘆きが聞こえるが、無視だ。


「アイン副所長、僕の事はケイトと呼んでください。さん付けだと何だか落ち着きません」


 壁際のブースに並んで座る。


「そうですか…わかりました。それではケイト、これからの予定を相談しましょう。私は学校で魔法の講義をしなければならないので研究所に来るのは二日に一度です。ケイトも出来るだけ私の講義に来てください。この鉄道計画にも自然科学の知識は必要です」


 わかりました、とケイト君が素直に頷く。


「次回は街に出て私の知り合いの工房を訪ねます。ケイトも一緒についてきてくださいね」


 知り合いの工房とはもちろんダニエルさんの店だ。ダニエルさんにはさっそく協力してもらわなければならない。私はケイトと一緒に必要な物を洗い出して発注書を作成する。


「これらの実験器具は講義で使うものなのでヴェルギリウス所長を通して学校の予算で支払いをしてもらいます。所長には話をしておくので書類は別けておいてください。それから…」


 研究所の予算で購入するもの、学校の予算で購入するもの、私の私費で購入するもの、をそれぞれ別けるよう、ケイト君に説明する。


「アイン副所長、この私費でというのはどういう事でしょう?結構な高額に思えますが」


 それは今回の研究とは直接関係がないもので、一つには私が研究しやすい環境のための家具などがある。例えば長時間座っていても疲れないスプリングの効いた椅子、既製品があればそれでいいが、なければ特別に作ってもらうつもりだ。机も同様に私の背丈にあったものが欲しい。


「それと、いくつかの素材をダニエルさんに作ってもらおうと思っています。これはうまくいけばダニエルさんの工房なり商人ギルドなりに買い取ってもらえると思うので、まあ先行投資ですね」


 この研究所もこれからは上からの研究資金のみを当てにするのではなく、売れる商品を開発するなりスポンサーをつけるなり、資金調達も考えなくてはいけないとケイト君に訴える。


「そうすれば上層部の意向を気にすることなく、研究内容の幅が広がりますから。ちなみに私が持っているこのインクペンですが…」


 私がアイデア料として売れた分の一割を貰う契約になっていることをケイト君に教える。


「今のところ、ペンは大量生産ができないので金額はおそらく大銀貨1枚程度になると思いますが、1割だと銀貨1枚ですね。1本ペンが売れるたびに銀貨1枚が私に入ってくるのです。魔法学校だけでも数百人、王都の貴族で数千人、平民も合わせると数万人になりますね。皆が1本ずつペンを持つだけでどれほどの収入になるかわかりますか?」


 ケイト君が額の大きさに、うぅ、と頭を抱えている。まあ、実際は先程言ったように大量生産できないから、一度にそれだけの収入になることはないが。


「ケイトも何か便利なものを発明すれば大金持ちになれますよ。さあ、本題に戻りましょう…」


 いささか話が脱線してしまったが、その後は当面の打ち合わせを行い、街に出るための準備を行うということでその日の話し合いを終えた。

※11月13日、作者ちょっとした事故のため緊急入院しました。この文章が皆様の目に触れているということは未だにPCを使える環境にないということです。今日この分までは予約登録してありましたが、以降は作者がPC環境に復帰するまで臨時休載となります。毎日の更新を楽しみにしていた方には非常に申し訳なく思っております。


(スマホより)          loooko



※11月24日17:00より更新を再開します。以降は第二章終了まで日々17:00の更新となります。(予約しました)                      11/23 loooko


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