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28.都市間鉄道計画

 次の日は研究所で魔力供給スキームに使われている魔法陣とその効果を模型で確認し、明かり以外にも転用が可能かどうかを考えた。

 現在は一つの魔道具にいくつもの魔法陣が複雑に刻み込まれ連動して作動しているが、魔力を持続的に集める、その魔力を魔法に変換する、他の魔法陣に作用して魔法を発動させる、他の魔法陣に作用して魔法を中断させる、そういった個別の役割を持つ魔法陣を解析すればいくらでも応用が効きそうなのである。


 あいにくラプラスさんたちの研究では個別の魔法陣を一つ一つ分離して解析することはできなかったという。それというのも一から作り出したものではなく、旧時代のロストテクノロジーをそのまま流用しているので複数の魔法陣をワンセットとして使用しなければ機能しなかったらしい。


「ラプラスさん、それぞれの魔法陣について大まかな役割はわかりそうです。第二研究室の成果が役に立ちそうですね」


 まだまだ解析に時間がかかるだろうが、完全に不可能というわけでもなさそうだ。魔法の発動部分を明かりから他のものに変えるくらいなら案外直ぐにできるのかもしれない。


「これで研究テーマの目途が立ちました。明日は魔法の講義なので明後日にしましょう。ラプラスさん、所長に面会の予定を入れておいてください。私と所長とラプラスさんで話をしましょう」


「わかりました、さっそく所長に連絡を入れておきます。それにしてもアイン副所長、明日は講義だというのに研究テーマの準備は間に合いますか?」


 ラプラスさんが、ここしばらくはあまり休んでいないだろう私を心配してくれる。


「大丈夫です。実は魔力供給スキームが転用できることを前提にいくつかの資料は調えてあります。駄目そうならボツにするつもりでしたが…なんとかなりそうですね」


 それはそうと…と言って私は試作品のインクペンを一本取りだす。


「これは私が考えたインクを付けなくて良いペンです。ペンの中にインクを補充しなければいけませんが、今のようにインクビンを持ち歩かなくて良いので便利ですよ。ラプラスさんには書類の整理を手伝ってもらう事もありますから、よかったら使ってください」


 私がインクペンを渡すと、手に取ったラプラスさんはそれをまじまじと見つめ、ほぅ、と感嘆の息を漏らした。


「これはアイン副所長が普段使っているものですね。いや、気になっていたのですよ、副所長はいつもペンだけを持っているでしょう?どうやって書いているのかと」


 私が、試し書きに、と紙を一枚渡すと、ラプラスさんはサラサラとペンを走らせた。


「ほう、これは書き心地も良いですね、インクも零れない、どうなっているのでしょう?こんなものを私が頂いてよろしいのですか?」


「もちろんです。そのペンは試作品として私が頂いたうちの一本なのです。間もなく商品として売り出されると思いますが、今はまだどこにも売っていないのですよ」


 書き心地がよければ研究所の備品として購入を検討してください、と付け加える。そしてダニエルさんの工房でインクペンの生産を行っている事情を話した。


「魔法の講義でも今後は実験などを行うつもりでいます。そのための器具や道具を揃えたいのですが、そのことも所長に話しておいてください。研究所で出入りしている工房などがあればそちらを使いますし、なければダニエルさんに話を通します」


「わかりました、所長に話しておきましょう。研究所では現在もいくつかの工房を利用していますけど、アイン副所長が信頼できるところであればどこでも構いませんよ」


 そう言ってラプラスさんは快く承知してくれた。せっかくなのでダニエルさんの工房をと思うが、こればかりは先方にも聞いてみないとわからない。しばらくは私のインクペンで忙しくなるだろうし、個人的に頼みたい物もまだある。なので品質に問題なければどこの工房でも構わないというのが正直なところだった。



 二回目の魔法の講義も順調にこなし、所長に面会を入れた日がやってきた。午前の授業を終えた私は用意してきた紙の束を抱え所長の待つ副校長室を訪れていた。


「これが今後第二研究所全体で取り組む内容です」


 そう言って私は紙の束をテーブルの上に置いた。テーブルを挟んでヴェルギリウス所長とラプラスさんが並んで座っている。二人が置かれた紙の束に目を向ける。


「ふむ、都市間鉄道計画…」


 所長が表紙に書かれたタイトルを読み上げた。


「内容を説明いたします。まず鉄道というのは馴染みがないことと思いますけど、移動手段の一つと思ってください」


 私は表紙を一枚ペラリとめくる。次の一枚に鉄道の絵が現れた。絵心の無い私だったが、列車を横から見た、どちらかといえば設計図のような図面なので、まあ、わかってもらえると思いたい。


「これが鉄でできた二本の線、線路の上を走ります。馬車のように馬に引かせるのではなく、魔力供給スキームによる持続的な魔法の発動で動力を得て自走します」


 電車ではないので線路はいらないようにも思えるが、安定した路面の確保と運転技術によらず走行できるという点から、線路の上を走るという形式を基本とした。ただし万が一の場合に備えて、線路がなくても走行可能にはしておくつもりだ。


「一つの車両に200人程度が収容でき、車両を連結することでその10倍から15倍の人員又は物資の移動が可能です。まずは王都を中心に東はフェルメール、西は海沿いの都市のいずれか、北は前線基地とルートを開設します。これらの意味については次のページから詳細を記しましたが、簡単に説明しますと…」


 王国の北と東は別の国と接している。特に北のレブラント王国とは現在も戦争状態にある。魔法学校に入るための入学試験で私だけに出された問題、その中に財政の問題点を挙げるというものがあったが、そこで私が指摘したのが輸送コスト、移動コストの占める割合が多い事だった。


「…ということから北の前線基地に一度に大量の物資や人員を運べるのは国の財政に於いて大きなメリットとなります。また、各都市間の輸送コストが下がりますから物価の上昇を抑えることもでき、国民からの支持も期待できるでしょう」


 本当はフェルメールで美味しい海の幸が食べたいというのが一番の理由なのだが、そんなことはここでは言わない。


「軍の上層部に資金を出させる名目としてもう一つ、列車自体を強固なものにすれば動く要塞としての機能も果し得ます。これはあくまで方便なのでこちらで優先して取り組むつもりはありませんが…」


 軍上層部に企画をねじ込むには有効なオプションでしょう?と私が言うと、所長とラプラスさんは顔を見合わせ、二人して肩を竦めた。


「アインスター、君がそこまで考える必要は無い…と言いたいところだが、なるほど、軍部に餌をちらつかせなければこれだけの事業だ、上層部は是としないだろう。すると本命は物流か…」


 さすがは所長、こちらの意図を既に半分ほどは理解している。ヴェルギリウス所長はこれまで頑なに戦争の道具を開発することには否定的だったという。私が鉄道の軍事利用を前面に出して提案すれば所長は反対しただろう。

 一方でこれまで通り軍に無関係な開発では資金が出ない。この両者を同時に納得させなければいけないのが一番の問題だった。


「正解です、と言いたいところですが、所長、本命は魔力供給スキームです。この鉄道計画に於いて今第一研究室で行っている魔力供給スキームの改良は最重要案件となります。今はまだ構想もまとまっていませんが、魔力供給スキームを活用したエネルギー開発を民間に浸透させることが最終目標です」


 まずは魔力供給スキームを利用して列車の動力とする。その過程で動力、回転エネルギーを生み出す部分のみを切り離し、電気エネルギーへの変換を試みる。つまり魔法力を使った疑似永久発電機の開発である。

 変換効率がどの程度になるかはわからないが、スタート時以外に魔法を必要としなければ、私の家にある魔道具のように誰でも利用ができる。そして電力供給部分のみこちらで用意し、その先の電球なり製品なりの生産を民間に丸投げすれば新しい産業として多大な経済効果が見込めるに違いない。


「…という風に、開発途中で商人ギルドなどを巻き込み出資させます。資金の全てが王国頼みではいざという時に心もとないですから。利害関係が見込めるスポンサーは必要だと思うのです」


 電気というものが全くない世界なのでこれから自然科学の講義でレクチャーしていかなければならないが、所長もそれ以外のところでは概ね納得したようだった。


「アインスター、了解した。君が言う新しいエネルギー開発というところを抜きにしても進めるべき計画だと承知した。で、今後の段取りだが…」


 私は当面のスケジュールを所長とラプラスさんに相談する。


「第二研究室は今の通り魔法陣の研究を継続してもらいましょう。ラプラスさんの第一研究室で現在の魔力供給スキームを分解する作業を進めて下さい。私もそちらに顔を出しますが室長はラプラスさんのままで結構です」


 その後動力を持続的に得られる魔道具を開発した時点で列車の模型を組み立てる。そして所長に鉄道計画を発表してもらえれば王国からの開発資金も得やすいだろう。


「この時点でラプラスさんには室長を外れてもらい、対外交渉にあたってもらいましょう。私はまずは王都とフェルメールを結ぶ路線を開通させたいと思っています。そのためには王都とフェルメールの街両方の商人ギルドと交渉して物流のメリットと引き換えに資金と人員を集めなければなりません」


 まずはここまでが第一段階です、と私は両者に目を向ける。


「今の時点で問題があればおっしゃって下さい。細部についてはそれぞれの担当を決め、臨機応変にやっていきましょう」


 臨機応変と言えば聞こえは良いが、つまるところ行き当たりばったりである。そのあたりの事情を知ってか知らずか、所長が苦笑を漏らした。


「今聞いた限りでは問題ない。人員の割り振りなどはアインスターとラプラスに任せる。王国に対する貴族間の根回しは私がやっておこう」


 そうか、根回しか…すっかり頭になかったよ。そういえば学会などでも研究内容より事前の根回しが重要なのだと、特に年配の教授などからは教えられたものだ。


「ありがとうございます、所長。よろしくお願いします」


「うむ、それでは今日の話し合いは終了だな。…ところでアインスター、ラプラスが使っているそのペンだが…アインスターが贈ったものなのだろう?便利なものだとラプラスが喜んでいたが…」


 所長がラプラスさんの手元に目をやった。話し合いの間、ラプラスさんはずっとインクペンでメモを取っていたのだ。


「はい、インクを度々付けなくても使えるので便利なのです」


 凄いでしょう!と私が言うと所長は顔を顰めた。


「アインスター、其方が魔法学校に入学したいといって紹介状を書いてやったのはいったい誰だったか…」


 はて?急に何の話だろう。私に紹介状を書いてくれたのは当のヴェルギリウス所長だが…

 私が首を傾げていると、ラプラスさんが席を立って私の方に回り込み、耳元で声を潜めた。


「…アインさん、所長もそのペンが欲しいと言っているのだと思いますよ」


 ああ!そうだったか。それならそう言ってくれればいいのに…しかし困ったことに試作品は2本しか貰っていない。


「所長!これは実はまだ試作品なのです。ラプラスさんに贈ったというよりはサンプルとして使ってもらっているだけです。ちゃんとした完成品ができたら所長には改めてプレセントしたいと思います」


 そうだよね、試作品を所長に渡したら失礼だよね、うん、そうしよう。私が表情を取り繕うと、所長はすぅっと目を細めた。


「まあ、そういうことなら承知した。…何だか私が無理を言ったみたいになってしまったが、部下からの贈り物なら喜んで使わせてもらおう」


 所長は難しい顔のままだが眉間の皺は消えている。相変わらず表情が読み辛い。


「話は以上だ。ラプラス、先に研究所に戻ってくれ。アインスターはもう少し残るように」


 ラプラスさんがメモを整理して部屋を出ていく。部屋には私と所長の二人だけが残った。

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