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26.それぞれの研究室

 今日もお手製の目覚ましの音で目覚める。清々しい朝だ。私は朝ご飯を軽く食べ、学校で支給された制服に袖を通す。着慣れた白衣に比べれば生地がパリッとしていて硬かったが、着心地はまあまあだ。


 教室の席に着くとリチャード君が話しかけてきた。


「おはよう、アイン!今日は授業を受けるんだね」


 リチャード君は人と打ち解けるのが上手いんだろう、ずけずけと距離を詰めてくる。他の子たちとも、やあ!と気軽に挨拶を交わしている。私にはできない芸当だ。


「おはようございます、リチャード君。午前の授業は受けますよ。午後からはまた副校長に呼ばれていますが」


「そうか、まあ午後の授業は魔法のための基礎だというからアインには必要ないだろうが…困ったことがあったら何でも言ってくれ」


 午前の授業は王国の歴史や地理が中心だった。ここルーベンス王国は中央大陸の南に位置しており、西側と南側が海、北側がレブラント王国、東側がミレイ自治区と接しているらしい。王都はエドアールといい王国の中央やや西側、私の住んでいたフェルメールは北東に位置する。


「そうかぁ、ちゃんと海があったんだ。魚取れるのかなぁ…」


 フェルメールでは海が無いので魚は川魚ばかりで焼くか煮るかだった。うう…海のお魚が食べたい。お刺身が食べたいよぉ…


「で、ミレイ自治区とは休戦協定が結ばれていますが、北のレブラント王国とは今も小競り合いが続いていますね」


 教壇に立つのはアイザック先生だ。このクラスは全ての授業をアイザック先生が行うらしい。


「はい、では明日は初代ルーベンス王の話をしますね、今日はここまで」


 特に起立!という声もなく午前の授業が終わる。私はそそくさと副校長の待つ部屋へ向かった。



「アインスターです。入ります」


 私はコンコンとノックをして副校長室へ入る。中ではヴェルギリウス所長とラプラスさんが待っていた。


「昨日はお疲れ様でした、アインさん。さ、どうぞこちらへ」


 ラプラスさんがソファーを勧めてくれる。


「おじゃまいたします。ラプラスさんも昨日はありがとうございました」


 お世話をかけました、と言って腰を掛ける。


「アインスター、君はラプラスと随分仲が良くなったようだな。結構。それで小隊の連中をはじめ、希望する者全員に魔法の講義を行いたいと聞いたが」


 私は是が非でも皆に魔法を教えたい!というわけではないのだが、何だろう、私が無理を言ったみたいになっている。小隊の皆には魔法を教えるが、他の者は教えなくていいのならばそれでもかまわない。


「どうせなら一度に教えた方が効率が良いかと。教えなくて良いなら小隊の皆には訓練の時に教えますが」


「いや、アイザックからも是非君の話を聞きたいと要望が上がっている。君がよければ他にも希望者を募ろう」


 結局ラプラスさんと話していたように学校のある日の二日に一度、午後の授業が終わった後に行うということでまとまった。小隊の全員とアイザック先生をはじめ講師が数人、Aクラスの生徒から希望者、それと研究所の所員が交代で講義を受けるということに決まる。場所はAクラスの教室だ。


「それでは休みが終わった次の週から講義を始めてもらいたいが、アインスター、間に合うか?」


 私は首を縦に振る。


「用意しなければならないものがいくつかありますけど間に合うと思います。当日の授業終了後に二人ほど私の部屋までついてきてください、運んでほしい物がありますので」


「よろしい。ラプラスと私が一緒に行くので、授業が終わったらここに来るように」


 他には何かあるか?と所長が顎を上げる。チョークは私が作るとして黒板さえあれば授業は始められる。


「特にありません…あ、そうだ、食堂で卵の殻をもらってきてください。私の部屋の前に置いておいて下さい」


 これくらいの籠いっぱいで結構です、と手を広げてみせる。


「何に使うかわからないが…わかった、手配しよう。これで話は終わりだが、アインスター、今日はこれからどうする予定だ?」


 うーん、チョークを作るのは卵の殻が手に入ってからだし、街での用事も昨日済ませたし…


「今日は研究所へ行きます。ラプラスさん、小隊の方には各自筋トレでもするように伝えて頂けますか?講義の始まる日までは交代で多めに休みを取ってもらっても構いません。何か聞きたいことがあれば研究所へ来るようにお伝えください」


 小隊の訓練も魔法を覚えてからの方が良いだろう。


「わかりました。私も訓練場へ行った後、研究所へ戻ります」


 よろしくお願いします、と頭を下げて私は研究所へ向かった。



 研究所ではまず自分の部屋で白衣に着替える。やっぱりこの方が動きやすくて良い。他の皆も決まった服は着ていなかったので研究所では制服がないのかもしれない。

 …制服がなければこの白衣を広めていこう。


 私はとりあえず第二研究室へ向かう。本当は第一研究室で行われている魔力供給の自動スキームについて話が聞きたかったのだが、ラプラスさんが訓練場へと出向いているので戻ってきてからの方がいいだろうと思ったのだ。


「あら、アインちゃん副所長、こんにちは。今日は制服を着ていなかったかしら?もう着替えちゃったのね、残念だわぁ、もっと見たかったのに」


 研究室に入るなり出迎えてくれたのは確かサリエラさんだったか。柔らかい雰囲気の美人さんだ。

今お茶を入れますねぇ、と言って席を用意してくれた。


「私はこの白衣が気に入っているのです。ほら動きやすいですし機能的でしょう?皆さんもどうですか?ここの制服にしませんか?」


「確かに動きやすそうだけど、あまり可愛くはないわねぇ…あ、でも裸で纏えばセクシーかしら」


 うふふ、とサリエラさんは口に手を当てる。…違う!白衣にセクシーさは必要ない。私はサリエラさんの豊満な胸元を目を細くして睨んだ。


「まあ、制服はおいおい考えるとして…今日はマルキュレさんにお話があってきたのですが、いらっしゃいますか?」


 サリエラさんが、呼んでくるからちょっと待っててね、と奥に引っ込んだ。入口のドアを入ったこの部屋はどうやら談話室のようになっており、奥に研究スペースがあるようだ。私もそっちに行ってみたいけど…


 そう思っていると程なくしてマルキュレさんが顔を出した。


「副所長、お疲れ様です。私に話があるという事ですが?」


 マルキュレさんの問いかけに私は用意してきた紙の束を差し出す。私が魔法陣の研究をしていた時にまとめた資料だ。


「これは私が使える魔法の魔法陣を書き留めたものと、それらを比べてわかった古代文字の考察です。マルキュレさんの研究は魔法陣の読解でしょう?少しは役に立つかと思って持ってきました」


 それで私にも今の研究結果を教えてください、という私の言葉を聞いているのかいないのか、私から紙の束を奪い取ったマルキュレさんは真剣な眼差しで一枚、また一枚と内容を確認し始めた。このペースで見ていくと今日中には終わらないだろう。


「あの、マルキュレさん?…マルキュレさん!…マルキュレさんってば!!」


 私はマルキュレさんの肩を揺する。目の前に私がいることを忘れてしまっているんじゃないだろうか。


「は!…あ、すみません副所長。これは素晴らしい!私の知らない魔法ばかりです。副所長はこれをどうやって集めたんですか!」


「落ち着いて下さい、マルキュレさん。読むのも後にしてください。それらは私が使える魔法です。簡単な魔法ばかりですが少しの違いで魔法陣も変わるので膨大な量になっているのです。そんな事より私も第二研究室の研究成果が知りたいのです。今直ぐにでなくても構いませんが、まとめた資料などはありませんか?空いた時間に見に来ますから」


 副所長としては研究成果や進捗具合を把握しておかなければならないし、何より自分のやっていたことと内容が重なるのでとても気になるのだ。


「そういうことでしたら副所長、こちらに研究成果をまとめた閲覧スペースを設けますのでいつでも自由にご覧になってください。ああ、資料は持ち出し禁止になっていますのでここで読むようにしてくださいね」


 マルキュレさんは研究成果をまとめておくと約束し、奥の研究スペースに戻っていった。これから私の資料を読むのだと意気込んでいる。マルキュレさんと入れ違いに戻ってきたサリエラさんに、ご馳走様でした、と食器を返し、私も第二研究室を後にした。



 第二研究室を出て、次は第一研究室だ。ラプラスさんはもう戻っているだろうか。


「ごめん下さい…」


 第一研究室には誰もいなかった。第一研究室の中央には会議テーブルのような大きな机が置かれており、第二研究室のような談話室といった雰囲気は無い。第二研究室はマルキュレさんを筆頭に女性が多いようなので部屋も華やかなのかもしれない。テーブルには昨日ラプラスさんと所長が覗き込んでいた図面がそのままになっていた。


 よいしょっ、と私は椅子によじ登る。ここの椅子とテーブルは少し高いので少女の私には辛い。靴を脱いで椅子の上に立ち、私は図面を覗き込んだ。


「ほぅ、ほぅ、これが魔力供給装置か」


 そこにはいくつもの魔法陣が重なるように描かれていた。


「これが明かりを灯す魔法で…なるほど、こちらの魔法陣は他の魔法陣に作用するのか、こっちのは…うん、読めない。で、起動部分は多分これでしょ…」


 私がノートにメモを取りながら図面を睨みつけていると、ガチャリ、と入口が開く音が聞こえた。ラプラスさんが帰ってきたようだ。


「これはアイン副所長、待っておいででしたか。他には誰もいないようですねぇ」


 そいっ!と椅子から飛び降りて私はラプラスさんに向かう。


「私が来た時にはどなたもいませんでした。先ほどまでは第二研究室にいましたが」


 私は自分の資料をマルキュレさんに渡してきたことを伝える。


「それはそれは!マルキュレさんも喜んでいたでしょう。何せ対象となる魔法陣が少ないので、彼女困っておりましたから。これでまた研究が進むことでしょう」


 よかったよかったと顎に手をやるラプラスさん。さ、こちらへ、と私を奥の部屋に案内してくれた。


「こちらが研究スペースになっております。正面が研究用のテーブルで今は資料や模型が置いてありますね。壁際が魔法障壁で囲まれた実験ブースです」


 ラプラスさんの言う通り一人掛けの椅子と机が正面にいくつか置かれている。皆ここで研究をするのだろう。小規模の魔法を使う時の為に、防音、防衝撃を備えたスペースも用意されている。


「今は第一研究室のメンバーの席しかありませんが、必要であればアイン副所長の席も用意しますよ」


 ここでじっくり研究に没頭したいのはやまやまだが、当面は時間に追われそうだ。落ち着くまでは入り口の会議テーブルで構わない。


「いえ、席は結構です。ここで研究するようになればその時考えますね。それはそうと、今日は所長のおっしゃっていた第二研究所の研究テーマについて相談に来ました。先程マルキュレさんを訪ねましたが、第二研究室の魔法陣研究はこのまま続けるとして、第一研究室の魔力供給スキームを研究の核にしたいと思うのですが如何でしょうか?」


 やはり資金面で難しいのでしょうか、とラプラスさんに尋ねる。


「そうですね、私もこの研究は継続するべきだと所長に訴えてはみたのですが…上層部の評判はあまり良くはないようですね」


 ラプラスさんが困り顔で応える。やはりラプラスさんもこの研究を続けたいのだろう、瞳には悔しさが浮かぶ。


「王国は研究に資金を出さないと?」


「いえ、内容によるのだと思います。現に第一研究所には多額の研究費用が流れていると聞きますから」


 ラプラスさんの話によると、第一研究所では戦闘用の大規模魔法の研究が行われているらしい。全てが軍事用に研究、開発されたもので、ここ数年の魔法研究成果はほとんどが第一研究所のものだということだ。中にはここ第二研究所の研究成果を応用して第一研究所が開発した攻撃魔法もあるのだという。


「王国といっても資金を握っている上層部は軍部絡みが多いですから、戦争に使えない技術は評価されにくいのです。うちの所長は戦争のための魔法研究がお嫌いですから…」


 そう言いながらもラプラスさんは満足気な顔で頷く。ここのメンバーはそういった所長の方針に納得しているのだろう。


「わかりました。私も所長の考え方には賛同します。戦争のための研究は私も望むところではありません。しかし、研究資金が下りないのも困りますね。…王国の上層部とヴェルギリウス所長、双方を納得させられるような案を考えてみます」


 その時はラプラスさんも協力してくださいね、と笑顔を向けると、もちろんです!と応えてくれた。


 その後は研究室に置かれた魔力供給スキームの模型を見ながら、あれやこれやとラプラスさんに質問し、研究内容と進捗状況の把握に努めた。途中、モーリッツさんが研究室にやってきて私の姿を認めると、今日も美しいだのと言いながら魔法陣についてああだこうだと質問してきたのには参ったが、皆とする研究の話はとても楽しく、あっという間に時間が過ぎていった。


 ちなみにモーリッツさんは私の白衣が素晴らしかったのだと言い、自分も同じものを用意しましたと、お揃いの白衣姿を皆に自慢していたが、ほとんど賛同は得られていなかった。

 

 …どうしよう、このままでは私とモーリッツさんだけが白衣姿ということになってしまう。それは少し嫌だな…

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