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25.ダニエルさんの店

「ラプラスさん、先程はすみませんでした…」


 今日の予定はこれで終わりだということで私達は研究所に戻ることにした。一度学校にも寄って私の制服をもらう必要もある。


「ん?どうしたのです?」


「いえ、訓練場の的を壊してしまいました…弁償しなければならないでしょうか?」


 私が申し訳なさそうな顔で尋ねる。


「え?あ、いえ、何も問題ありません。私の方から事務局に的が壊れたと申請しておきましょう。なに、訓練ですから壊れることもありますよ」


 あはは、とラプラスさんが笑みを浮かべる。


「それより、アインさんは魔法の訓練をどのように行うつもりですか?」


「そのことですが、直ぐに魔法を使ってみたりということはありません。私のように詠唱せず魔法を使うには覚えてもらう事がたくさんあります。ただ魔法陣を覚えるだけではないのです。それで…」


 私はちょっと気になっていることをラプラスさんに確認する。学校の授業、魔法の実技で私が皆に魔法を教えるというようなことをアイザック先生が言っていたのを思い出したのだ。

 私のように魔法を使うには魔法の内容をイメージする必要がある。そのイメージとは漠然としたものではなくある程度科学の知識に基づいたものでなくてはならない。


 この世界の人々はおそらく魔法があるせいで科学に対する知識が極めて低い。火は何故燃えるのか、水はどうやってできるのか、そのような事を一から教える必要がある。その講義を何度も違う場所で行うのは効率が悪い。どうせなら一度に済ませたいのだ。


「ですから小隊の皆さんだけではなくて、他にも私のやり方を知りたい方がいればまとめて講義をした方が良いと思うのです」


 ラプラスさんが、うーむ、と考え込む。


「その講義にはどのくらいの時間が必要になりますか?」


 私が仮定した魔法の仕組みから、最低限必要な科学の知識、可能であれば魔法陣の考察や古代文字の読解まで。日中は通常の授業もあるだろうから放課後の時間を当てるとして…


「そうですね、学校のある日の授業終了後、二日に一度行うとして今年の前期いっぱいまではかかると思います」


 魔法学校の生徒は他の授業が、小隊の皆は体を動かしたり他の訓練があるだろうから毎日魔法の講義をするわけにはいかないだろう。

 この世界には一週間が七日という概念は無い。学校では4日授業で1日休みの5日サイクルで、一か月は45日あるからちょうど9週ということになる。一か月に18回、3か月で54回、これくらいで詠唱なしで魔法を使えるところまでは教えられるだろう。


「わかりました。所長と日程を詰めておきます。アインさんも明日の午後は所長のところに顔を出すのでしょう?その時に詳しくお話しましょう。ところで…」


 その講義には私も参加できるのでしょう?とラプラスさん。元々私の補佐をするようにと言われていたので忙しくはないようだが…


「もちろん構いませんよ…ラプラスさんの役に立つかどうかわかりませんが…」


「心配いりません!研究にも必ず役に立ちます!」


 研究所の皆もなるべく参加できるように段取りをしなければ、とラプラスさんが息巻いている。一度にやった方が効率がいいとは言ったものの、あまり大人数になると教えるのが大変になるなぁ…まあ、いいか。


「ではアインさん、私はこれから所長の部屋に参ります。アインさんは学校に寄ってから帰ってくださいね」


 私は軽くお辞儀をしてラプラスさんと別れた。



 学校に戻ると既に今日の授業は終わっていたらしく、教室には誰もいない。そして私の机には支給された制服が置いてあった。白を基調としたセーラー服のようなデザイン、大きな襟には青のラインが入っていて、同色のリボンが付いている。なんだか水兵さんのようなイメージだなぁ、と思う。


 私は荷物をまとめて教室を後にし、正門の方へ向かう。今日は部屋に戻る前に寄りたいところがある。ボルボワさんの息子ダニエルさんの店だ。

 冒険者ギルドの近くと言っていたから…私はボルボワさんに書いてもらった地図を見ながら歩きだした。


 王都でも冒険者ギルドは貴族街を出てすぐのところにある。確か私が最初に王都に来た時に泊まった宿があるあたりだ。魔法学校からは乗り合いの馬車も出ていたが、私は身体強化も使えるので徒歩で行くことにした。冒険者ギルドに近づくにつれて徐々に賑やかになっていく。市場や宿もあるので人通りも多い。


 …あった、あれだ。

 冒険者ギルドの斜め向かいに剣と盾の絵が描かれた看板が下がっている。私は恐る恐る店に入った。


「ごめん下さい…」


 店の中には剣や斧が所狭しと並べられている。


「いらっしゃいませ。ようこそダニエル武具店へ。今日はどのような品をお探しですか?」


 店の奥から若い男の子がやってきた。店員さんかな?


「すみません、アインスターと申します。ダニエルさんはいらっしゃいますか?フェルメールのボルボワさんの紹介で来たのですけれど…」


「旦那様のお客様でしたか。旦那様は今工房です。案内しますのでこちらにどうぞ」


 私は男の子の後をついて行く。工房というからにはここで武器などを作っているのだろう。近づくにつれキーンッという金属を打つ音が、いくつも響いてくる。工房は店の裏口と繋がっていた。


「旦那様、アインスターさんとおっしゃる方がお見えです。どうなさいますか?」


「アインスター…ああ、親父が言っていた…、わかった入ってもらえ」


 男の子が呼びかけると工房の中からダニエルさんらしき人の声が響いた。


「アインスターさん、こちらへどうぞ」


 案内されて私は工房の中に入る。中は火が焚かれているのか、蒸し暑い。あれがダニエルさんだろうか、長身の男がこちらに向かってくる。作業の途中だったようで汗びっしょりだ。


「始めましてアインスターです。ボルボワさんの紹介で参りました。…あの、お仕事中にすみません」


「なに、大丈夫だ。君がアインスターさんか、親父から話は聞いている。それにしてもこんな小っちゃい、いや可愛らしいお嬢さんだとは…まあ、話を聞こう」


 さあ、こちらに、と言ってダニエルさんが私に席を勧め、額の汗を拭う。私よりも明るい赤の短髪で年齢も15、6歳といったところだろうか。ボルボワさんとはあまり似ていない。


「はじめまして、ダニエルだ。ここで武具の店をやっている。まあ俺自身は鍛冶職人で店の方はほとんど他の者に任せているがな。あ、そうそう、ヨハン、もう戻っていいぞ」


 先程私を案内してくれた男の子はヨハンという名前らしい。一つお辞儀をして店に戻っていく。


「親父からアインスターさんにはくれぐれも粗相の無いように、欲しい武器があったら一つ二つはくれてやるように、と言われてたもんだから、どんな女傑が来るのかと戦々恐々していたんだが…

 それで今日は武器を見に来たのかい?」


 お嬢さん、とダニエルさんが爽やかに笑う。それにしてもボルボワさんはいったいどんな説明をしていたのか…今度会ったら問い詰めねばなるまい。


「はい、私は魔法学校に通っているのですが、魔法師には魔法を補助する杖が必要なようで。授業でも必要になりそうなので一つ見に来ました。それと他にもお願いがあります」


 わかった、とダニエルさんが立ち上がる。


「先に杖を見てもらおう。並みの杖では役に立たないだろうと親父が言っていたからちょっといいやつを集めておいたんだ」


 そう言って工房の端に集められた杖を一つずつ見せてくれる。杖とは簡単に言えば棒の先に魔石が付けられたもので、魔石に蓄えられた魔力が魔法を使う際の補助になる。棒状なので、前にかざすことで魔法に指向性が出やすいといったこともあるかもしれない。


 したがって杖の良し悪しはほとんど魔石の質による。大きく硬い魔石はたくさんの魔力を貯めておくことができるし壊れにくいので値段も高い。それに合わせて棒の部分の装飾も派手なものになる。


「これなんかは金属製で少し重いが上質の魔石が5つも付けられていて属性によって最適な効果が得られる優れものだ。その分値段もするが…」


「あの、ダニエルさんの工房で新たに作ってもらう事はできますか?金属加工ができれば可能だと思うのですが」


 今ダニエルさんが見せてくれたものはどれも大人サイズで非常に持ちにくそうだ。それに私は棒状でなくても魔石さえついていれば問題ないのではないかと考えている。金属加工ができる工房があれば紹介してもらおうと設計図を用意してきていた。


「オーダーメイドは出来るが…今手持ちの魔石で良質なものが無い。調達までに時間がかかってしまうが」


「それでは今見せてもらった杖の中で魔石の一番大きいものを買いますので、それを使ってもらうというのはどうでしょう。私はこれを作って欲しいのです」


 そう言ってダニエルさんに用意してきた図面を渡す。持ち手の部分が90度にカーブしたバナナのような形、そう某海賊船長が持っているようなフリントロックピストルをイメージしたデザインだ。


「これ…は?杖なのか?」


「もちろんです。魔石はこの位置に、表に出ている必要はありません。この部分は筒状になっています…」


 まあ、ダニエルさんが驚くのも無理はない。どう見たって杖ではないよね、これ。この世界には銃も無いようなのでダニエルさんにはイメージしにくいだろう。


「長い筒を通ることで魔法の射線が安定すると思います。

そして四角いブロックを回転するようにここに取り付けて下さい」

 

 私は図面を見せながらダニエルさんに説明する。砲身の部分に回転する立方体を四つ取り付ける。リボルバーのように回転し四面の内の三面それぞれに魔法陣を刻む。立方体を回転させ、魔法陣を合わせてトリガーを引くだけで魔法を発射できるようにしたいのだ。

 立方体が四つあるからブランク部分も含めると4の4乗で256通りの組み合わせができる。もちろん同時に発動しない魔法もあるから実際には100種類くらいの組み合わせしか発動しないのだがそれでも十分である。


「なるほどな…この部分が射線を補助するわけだ、こちらの魔法陣はよくわからないが、これも嬢ちゃんが用意したのか…持ち手の部分にも魔法陣、これは杖自体を強化するものか…凄いな、これは」


 ダニエルさんが食い入るように図面を眺める。途中いくつかダニエルさんから質問があり、私がそれに答えていく。魔法陣の内容などは当然わからないようだが、私が作りたいものは概ね理解してくれたようだ。


「わかった、これは俺が作ろう。少し時間がかかるが剣を鍛えるよりは早いだろう。魔法陣はそのまま転写して刻むことにする。結構枚数が多いな…こちらの方が大変か」


「あの、それで代金はどのくらいでしょう?」


 私は相場が全くわからない。魔法師の杖自体が代々継がれていくものらしいので高価なものだとかなりの金額になるはずだ。


「そうだな、魔石以外の材料はそれほど高くない。親父からも言われてるから製作費は今回サービスしよう。で、その魔石の付いた杖が金貨15枚だ」


 どうだ?とダニエルさんがこちらに顔を向ける。


「ありがとうございます、それで結構です」


 本当は今回の武器にそれほどの魔石は必要ない。本来は大規模魔法などを唱える際、自身や周囲の魔力では足りないので杖に貯められた魔力が必要になる。私が想定しているのは小魔法の連続使用なので、何かしら発動の核になる魔石があれば小さくても魔力的には十分足りる。

 でもせっかくダニエルさんが用意してくれていたのだから、と良い魔石を使うことにした。大は小を兼ねるしね。


「それで、お願いというのはその武器の事か?」


「いいえ、他にも作って欲しいものがあるのです。武器ではないので工房をいくつか紹介してもらおうと思ったのですが…」


 そう言って私は必要な物を挙げていく。まず、魔法講義のために黒板が欲しい。もちろん書くためのチョークも必要だ。あと普段使っている手製の万年筆、これの予備も欲しい。もう一度自分で作る気にはならない。


「黒板というのは板に緑色の塗装をしたもので構いません」


 後で魔法でコーティングすればよい。チョークも卵の殻などから自分でも作れる。


「黒板はこちらで作ろう。チョークというのはこちらで作るのは難しいな。大量に必要なら作れるところを探すが?」


「いえ、では黒板のみお願いします。大きさはこのくらいで…」


 あまり大きいと持ち込むことができないので横4メートルくらいの大きさを示した。


「で、万年筆というのはこれです」


 私は手製の万年筆をダニエルさんに見せる。


「これは、ペンか…ん!?インクが出るのか!アインちゃん!あ、いやアインスターさん」


 私は、アインで構いませんよ、と言って仕組みを説明する。


「…という原理でインクが垂れずに書けるのです。これは自分で作ったのですけど、ダニエルさんのところでこれを商品として売り出すことはできませんか?」


 私はボルボワさんとパンの作り方を商人ギルドに売った話をする。同じように万年筆も売れないだろうか、と。


「アインちゃん、これは素晴らしい!ぜひ俺のところで商品にしたいんだが…金板6枚を直ぐにというのは正直厳しい。商品が出来て売れ出すまで支払いを待ってくれないだろうか」


 この話を他に持って行かないでくれ、と縋るようなダニエルさんに私は一つ提案をする。


「それではこうしては如何でしょう。作り方は教えますので、商品が売れる毎にアイデア料として一定の金額を私が頂きます。そうですね、商品の1割程でどうでしょうか」


 パンの時はなるべく早く街にも広まって欲しかったので一部の独占を防ぐためにギルドに話を持ち込んだが今回は自分の分さえ手に入ればそれで良い。ダニエルさんが販売を独占しても問題ない。


「俺はそうしてくれればありがたいが、アインちゃんは売れた万年筆の数をどうやって調べるんだ?」


 そこはそれほど問題ない。この世界ではペンもほぼ手作りだから大量生産できず作れる量もしれている。よほど高い値段を付けなければ次々に売れていくはずだから作った量と売れた量はほぼ同じになるだろう。それに一つ二つ数が違ったところで金額はさほど変わらないので大まかな把握で十分なのだ。


「ダニエルさんを信用しますから大丈夫ですよ。売れた量を一定期間ごとにまとめて支払ってください。私も王都で必要な物がまだまだありそうなのでダニエルさんの店には度々足を運ぶと思いますから」


 金額を誤魔化したりしたら他の店に乗りかえますよ、と釘を刺しておく。


「参ったなぁ、これはちゃんとしないと。親父がわざわざ連絡してくるはずだ。いや、ありがとうアインちゃん。これからも宜しく頼むよ」


 そう言ってダニエルさんが頭を掻く。私は万年筆の構造と作り方を紙に書いてダニエルさんに渡した。


「そうだ、万年筆だと馴染みが無いのでインクペンとかわかりやすい名前にするといいですよ」


「ああ、そうだな。インクペンか、なるほどそうしよう。杖の方は完成まで時間がかかるが、黒板の方はすぐにできる。完成したら店の者に運ばせよう」

 

 ダニエルさんはそう言って店の入口まで私を見送ってくれた。外に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。用事を終えた私は急いで研究所へと戻った。


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