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24.第八小隊の戦力

「ただいま…ハァ…戻りました…ベンさんを…連れてきました…」


 ジョバンニさんは肩で息をしている。思いっきり走ってきたようだがこれくらいで疲れていて良いのだろうか、ちょっと心配になる。


「アインさん、彼はジョバンニ。昨年入隊したばかりでこの中では一番の新米魔法師です。それで、ベンジャミン!いったいどういうつもりですか!」


 後からのそのそと歩いてくるのがベンジャミンさんだろう。無精髭を生やした山賊のような男だ。ラプラスさんが大声で呼びかける。ゆっくり歩いているようでも大股のせいか意外と速い。ベンジャミンさんはすぐにこちらにやってきて私を一瞥する。


「ラスの旦那ぁ!どういうつもりかって、それはこちらの台詞ですぜ。このお嬢ちゃんが新しい隊長殿ですってか!聞いていたよりも尚酷い。うちの小隊はついにどこぞのお嬢様の子守ですかい?」


 はんっ、と鼻で笑ってベンジャミンさんが肩を竦める。


「ベンさん、実力主義のあんたらしくもない。見た目で判断すると痛い目を見ますよ。アインさん、こちらがベンジャミン。一応これでもこの小隊では一番の魔法の使い手でして、隊長代理として小隊をまとめてもらっています」


 私は実戦には向きませんからね、とラプラスさん。確かに見た目は強そうだが、どちらかというと戦場で戦っているよりも酒場で暴れている方が似合いそうだ。


「実力って…このお嬢ちゃんにどれ程のものがあるって言うんですかい?そこのジョバンニだって少し走っただけでその有様ですよ。戦場まで抱っこしていけばいいんですかい?」


 そう言ってラプラスさんに皮肉で応えたベンジャミンが私の方を向く。


「…確かに常識では考えられない人事だ。嬢ちゃんには何か魔法の才能があるのかもしれない。でも俺たちゃ今日、明日にでも戦場に行かなけりゃならないかもしれないんだ。そんなちっちゃい体で何ができるって言うんだい?」


 そのヘンテコな服がぶかぶかじゃないか、とベンジャミンさんが、わははと声を上げて笑う。私がちっちゃいのは年相応だからだ…まあ、同学年の子よりも少し小さいのは認めるが。自分ではわかっていても馬鹿にされたように笑われると少しは腹が立つ。それにこの服はぶかぶかで良いのだ。窮屈すぎないサイズを選んでいる。

 ベンジャミンさんは所々破れた服を着ているし、ここにいる隊員達は服装もバラバラだ。おまけにそれこそ変なお面を被っている者までいる。そんな中で私だけヘンテコな服と言われる筋合いはない。


「ベンさん、アインちゃんはあのベルセルクの娘さんなのですよ。きっと即戦力に違いありませんわ!」


 目をキラキラと輝かせたままのジャンヌさんが変なフォローを入れてくれたが、何故だろう、狂戦士ベルセルクの娘というのはあまり嬉しい響きではない。


「ベルセルク…王国騎士か!王国騎士の娘がなぜ魔法師に?…いや、そんなことはどうでもいい。ジャンヌよ、ベルセルクがどれほどのもんだって言うんだ。王国騎士なんて俺たちが守ってやらなきゃ戦場で魔法の餌食になっちまう連中だぞ」


 お父様は魔法師が役に立たない存在だと言っていたが、魔法師のほうでも騎士に対して思う所はあるようだ。しかし、これまでのこの世界での魔法の在り様を思えばお父様の意見は全く間違っているわけではないように思う。

 一方ベンジャミンさんの言い様は只の言いがかりに思えた。それにお父様のことを悪く言われるのも良い気持ちはしない。私がちっちゃい事と白衣の事、それにお父様の事で三つ、悪口も三つ重なればアウトだ。


「わかりました、ベンジャミンさん。それほど言うのですからベンジャミンさんは凄い魔法師なのでしょう?私にその魔法を見せて頂けますか?私が見てこれは私では到底及ばないと思えば所長、いえ大隊長に言って私は小隊長を辞退させてもらいます」


 私がそう言うとベンジャミンさんは、ふん、と腕を組んだ。


「それで俺ぁ何をすればいいんだ?」


「そうですね、向こうの的に向かって魔法を放つ、というのはどうでしょう?どんな魔法でも何発でも構いません。この小隊は遊撃部隊なのでしょう?的が敵の兵士だと思って攻撃してみてください」


 ラプラスさんもそれでいいですね?と言うと、先程からクスクスと笑いを堪えていたラプラスさんは、仕方ないですね、と言って皆を一か所に集めた。


「ベンさん、アインさんがこの小隊で足手まといになると思えば小隊長就任の話は無かったことにしましょう。訓練場にはちょうど他に人がいないようなので、まあ、思う存分やってください」


 ラプラスさんが言うように先ほどまでランニングをしていた人たちも今はいなくなっていた。訓練場なのでところどころに的のようなものが立っている。一番近くに見える物で100メートルくらいだろうか。


「それでは準備ができたら魔法を放ってください」


 ラプラスさんが合図をするとベンジャミンさんは少し離れたところで呪文を詠唱し始めた。


「ゴウゴウタルホノオノ……」


 なるほど、ベンジャミンさんは呪文を早口で唱えることで魔法を使うスピードを早めているようだった。さすがに言いなれているのか早口言葉のようだ。


「ファイアーボール!」


 呪文を唱え終わったベンジャミンさんがファイアーボールと叫ぶと、前に突き出した手のあたりに魔法陣が浮かび、火の玉が的に向かって飛び出した。続けざまにファイアーボールと叫んで火の玉は全部で三発飛んでいく。

 一発目が的のすぐそばを掠め、二発目、三発目が的に当たった。小隊の面々から、おおぅ!と歓声が上がり、得意気なベンジャミンさんが戻ってくる。


「ラプラスさん?ちなみにベンジャミンさんは小隊では一番と言っていましたが魔法大隊全体ではどのくらいの魔法師なのですか?」


「そうですね、彼は魔法を素早く唱えることに長けています。使える魔法の種類も多いですし…得意不得意があるので一概には言えませんが、十本の指には入るでしょうね」


 …性格はあれですが、というラプラスさんに私は肩を落とした。正直がっかりだ。お父様が魔法師は戦場で役に立たないというのがよくわかる。


「それではアインさん、総評をお願いします」


 ベンジャミンさんが戻ったところで私は口を開いた。


「皆さん、あれが小隊で一番の魔法ですか?私は正直がっかりです!」


「な!?」


 私がそう言い切るとベンジャミンさんが声を上げた。魔法を放った本人は満足な出来だったのだろう。ベンジャミンさんが何か言いだそうとするのを遮り、私は続ける。


「あんな魔法ならヘンテコな服を着たどこぞのお嬢様にだってできますよ、ほらこうやって」


 私はファイアー、ファイアー…と的に向かって五発の魔法を放つ。先程と同じくらいの大きさの火の玉が五発、的に向かって飛んでいき、全弾が同時に的に当たって爆発した。爆発のせいか、的が根元を残して吹き飛んでしまっている。

 …うん、見なかったことにしよう。


「ベンジャミンさん、実際の兵士なら的と違って動きますよね?先程のような何の工夫もない魔法、避けられてしまうと思いませんか?」


 訓練場の備品を壊してしまったことは無かったことにして、私は話を続ける。…が、あれ?何だか反応がない?…私は皆をぐるりと見渡す。皆は口をポカンと開け、吹き飛んだ的と私を交互に見返していた。


「聞いていますか?ベンジャミンさん!」


「あ、はぁ…は?」


 問いかけをうけている当のベンジャミンさんがよくわからない返事を返す。全く、あれだけ偉そうな事を言っていたのに聞いていなかったのだろうか、この人は。


「ですから、あれが人なら動くので避けられてしまうと言っているのです!ラプラスさん!この小隊は遊撃が任務だと言いましたよね、少数精鋭だと」


 こんなので戦場に出ては死んでしまいますよ、と私が言うと、ラプラスさんが、はっとしてこちらを向いた。さっきまではクスクスと口元を抑えていたのにここにきて皆と同じように惚けているのだからラプラスさんも困ったものだ。


「あ、あの、アインさん…いや所長には聞いていましたが、実際に見ると…あのこれ、小隊の全員が出来るようになるのですか?」


 当たり前だ、これくらいは出来てもらわなければ困る…いや…


 考えながら私は先程までのちょっとした怒りが既に冷めていることに気付いた。冷静に考えれば私自身の見通しが完全に甘かったのだ。研究員になれると喜んでいたら流れ流れていつの間にか私はここに立っている。途中引き返す道はいくつもあったはずだ。だが私は何も考えずに…。


 それに、普通に考えればベンジャミンさんが不満を漏らすのももっともだ。彼らはこれまで命がけで職務を果たしてきたのだ。そこに突然小娘が、今日から隊長ですと来たら納得いかないのが当然だろう。これは…私も覚悟を決めて臨まなければならない。隊長として皆を守る覚悟だ。


「出来るようになってもらいます!…約束通りこれからは私が第八小隊の小隊長です。いいですね、ベンジャミンさん!」


 既にベンジャミンさんの顔に先ほどまでのどこか億劫そうな雰囲気は無い。縦に大きく頷くその顔はお父様のような戦士の表情になっていた。


「他の皆さんも良いですね?私は隊長としてこれからどうすれば良いのかまだわかりませんが、皆さんには一つだけ守って欲しいことがあります。これからの戦いにおいて絶対に死んではいけません。

 …これは命令です。死ぬことは私が許可しません!」


 そのための訓練をします、と私は一同を見渡した。皆真剣な顔で聞いている。私は以前の世界の記憶からやはり戦争というものには抵抗がある。戦争なんて無い方がいいと思う。だけど一方で、戦うには戦うだけの理由があるのだろうとも思う。


 科学者というのはある意味冷徹で自分の創り出す物が必ずしも平和利用に限らないということを意識の外に置くことができるのだろう…私も例外ではないはずだ。

 否、科学者に限らずそうかもしれない。人は遠く知らない場所でどれだけ多くの命が奪われようとも、その日常がグラつくことはないのだろうから。


 だからこそ、知っている者達、ましてや自分の部下ともなれば無駄に戦争で命を落とすことを私は許容できない。人が死ぬのが嫌なんじゃない、身近な人が死ぬと目覚めが悪いのだ。私が魔法を教えることで身近な者を守れるのであれば…


「これからラプラスさんと、私達の訓練方法について相談します。まとまりましたらお伝えしますので、そうですね、明日も今日と同じ時間にここに集まってください」


 よろしくお願いしますね、と私は解散を促した。


「アイン隊長に敬礼!」


 ベンジャミンさんが胸に手を当て大声で叫ぶ。何事か!と私がぎょっとしていると、小隊の皆もベンジャミンさんの後に続いた。


「アイン隊長!よろしくお願いします!」


 一同の声が重なる。どうやら私はベンジャミンさんにも認められたようだった。私も真似をして胸に手を当ててみると、自然胸が少し熱くなる。


「ラプラスさん、行きましょう」


 私は多少の高揚感に包まれながら、ラプラスさんと共に訓練場を後にした。


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