22.王都第二魔法研究所
私とヴェルギリウス所長は構内の食堂で昼食をとる。所長は普段は自室で食事をするそうだが、今日は私がいるからという事だった。物珍しそうにこちらを伺う他の学生達の視線が痛い。
食事を終え、私達は研究所に入った。
「そういえば君はこの研究所内に住んでいるのだったな。ちょうど良かったではないか」
…何がちょうど良かった、だ。そうなるように差配したのではないのか。
「ありがとうございます。私は寮でもよかったのですけれど…」
そんな話をしているうちに目的の部屋に着いたようだ。プレートには第一研究室と書かれている。この研究所は入り口を入ると居住区画と研究区画の二つに分かれていて、研究区画の手前から第一、第二と順番に研究室が続いている。
「ラプラス!ちょっと来てくれ」
研究室の扉を入ると中央に置かれたテーブルに数人が集まっていた。何やら図面のようなものを覗き込んでいる。
「所長、良いところに。今ちょうど魔力供給自動スキームの小型化設計図案が上がってきたところです」
見てください、とラプラスと呼ばれた男は所長を手招きする。スーツのような整った服装にきっちりと分けられた髪、しゃんとした姿勢で立つ様子は研究者というイメージからは大きく離れ、企業の営業やコンサルのようだ。
「図案ができたか!何パーセントの縮小率だ?」
所長はスタスタと歩いて行ってしまう。私も仕方ないので所在なさげに後をついて歩く。所長と他の研究員が何やら話始めたところでラプラスさんが所長の後ろについて歩く私に気付いてくれた。
「おっと、これは可愛らしいお嬢さんだ。所長!図案は後回しにしましょう。先にこちらのお嬢さんの紹介を」
「ああ、そうだった。今日の用件はアインスターの紹介だったな。ラプラス、皆をここに集めてくれ。今いる者だけで構わない」
「承知しました。さあ、アインスターさん、こちらにお掛け下さい。今飲み物を持ってこさせますから」
ラプラスさんはそう言うと近くの女性に何やら指示を出し、部屋を出て行く。勧められた席は椅子が高く私がよじ登るように腰かけるとちょうど先ほど指示を受けていた女性がお茶を持ってきてくれた。しばらく待つとラプラスさんがぞろぞろと数人連れで戻ってきた。
「皆、作業を中断させてすまない。先刻から話していた新しい副所長を紹介する」
所長はそう言って私に手を向けた。
「彼女がアインスター・アルティノーレだ。今後ラプラスに代わり副所長を務めてもらう。ラプラスはしばらくの間アインスターを補佐してやってくれ。見ての通り、見た目は魔法学校に入学したばかりの少女なので、他の者もよろしく頼む」
見た目だけでなく私は正真正銘入学したばかりの少女である。所長の言い様にむっとしながら私は椅子から降り頭を下げた。
「アインスターです。よろしくお願いします」
ここに集まったのは15人くらいだろうか。そのうち5人が女性だった。彼女達は、可愛い可愛いと言いあって目を輝かせている。
「それではまずこちらが、これから君の補佐をしてくれるラプラスだ。彼は内外の調整事に長けているので対外交渉なども彼に任せるといい」
それから…と所長が次々に、集まった人たちを紹介していった。まずこの研究所には所長とラプラスさん以外に20人の研究者がおり、それぞれに自分の研究を行っている。研究の規模が大きくなると起案者が室長となり一つの研究室を使うという事だった。
現在は第一研究室と第二研究室の二つで研究が行われており、第一研究室ではラプラスさんが、第二研究室では先ほどの女性の内の一人、マルキュレさんがそれぞれ室長として研究を行っているのだという。ラプラスさんは私を補佐しながら引き続き第一研究室の室長を務めるようだ。
「アインスターさん、よろしくお願いします」
「困ったことがあれば何でも言ってくださいね」
所長の話が一通り終わると、皆が口々によろしく、と握手を求めてくる。それにしても既に話が通っているとはいえ、こんな小娘がいきなり出てきて副所長などと、皆は変に思ったりしていないのだろうか。
私がそんな風に思っていると、一人の研究員が私の前に跪いた。確かモーリッツと紹介されていたような…
「あなたが!アインスターさんですね。お目にかかれて光栄です。それにしてもお美しい!あなたは知の女神だけでなく美の女神にも愛されているのですね」
おお私の主よ!とキラキラした眼で見つめてくるので、私は怖くなってラプラスさんに視線を向ける。
「アインスターさん、そのモーリッツは魔法の研究にしか興味が無い只の変態なので気にしないでください。多分危害は加えないと思いますから…」
「何を言うのですか、ラスさん。あなたも見たでしょう?アインスターさんが解いた魔法陣の問題の答案を。ここの研究員のいったいどれだけにあの問題が解ける者がいるでしょう?私を含めた一研の面々が仕事をほっぽらかして作った最高傑作ですよ、それをいとも簡単に…私はね、決めましたよ。アインスター副所長にどこまでもついて行きますよ!」
何だか褒めてもらっているようではあるが、やっぱり怖い。私が解いた魔法陣の問題というのは入学試験の事だろう。それはモーリッツさんが言うようにいとも簡単に、という訳ではなかった。中には魔法陣の内容に矛盾があるものもあり、私は確か、発動しないと答えたのではなかったか…
「まあ所長がね、絶対に解けない問題を、と言うのでね我々も工夫したわけですが…まさか全て正解してしまうとはね」
私も驚きましたよ、とラプラスさんも首を竦める。もしかするとモーリッツさんほどではないにしろ、他の皆も私の試験の結果で実力を認めてくれているのかもしれない。
以前の世界でもそうだったが、研究者、特に現場で実際に研究に携わる人は他の研究者の見た目や年齢などをあまり気にしないものだ。権威があり偉くなるほど、あいつは若いだとか女性だからとかいろいろ言ってくるのだ。
絶対に解けないような問題をぶつけてくるなんて、と所長にむっとした顔を向けるが、まあそれで皆に認められたのであれば今回は良しとしよう。
私の視線に気付いた所長は一瞬顔を背けたが、再び私に向き直る。
「一通り紹介が終わったところでアインスター、君には第二研究所の次の研究テーマを考えてもらいたい。今すぐにという事ではないが、現在第二研究所ではこれといった研究に取り組んではいない。君が中心となり新しい研究を始めてほしい」
研究テーマが決まったら私のところに持ってくるように、と告げ、ラプラスさんを指す。
「詳しい話はラプラスと相談しなさい。…ああ、それから今日はこれからもう一か所寄ってもらう所がある。生憎と私は所用があるのでラプラスに案内してもらう」
そうしてラプラスさんにいくつかの指示を出した所長は、私に明日も午前の授業が終わったら所長の部屋に来るように、と言い残して研究室を出て行ってしまった。
「それではアインスター副所長、さっそくで悪いのですが出かけましょう」
私は息つく暇もなくラプラスさんに従って部屋を後にした。
「あの、ラプラスさん、これからどちらへ向かうのですか?」
私は当然の疑問を口にする。教室には戻らなくても良いのだろうか。
「少し歩きますが、魔法大隊の訓練場へ向かいます。ここと王宮のちょうど真ん中あたりでしょうかね。そこに私の小隊の面々を待たせていますので」
ほぅ、そういえば所長は魔法部隊の隊長さんだった。ラプラスさんもそこの関係者のようだ。
「ラプラスさんは軍隊にも所属しているのですね。忙しくはないのですか?」
私の面倒も見なければなりませんし、と心の中で付け加えて私はラプラスさんに尋ねる。
「まあ、どちらも部下に指示をするだけの役目でしたからね、忙しくはありませんでしたよ。それに軍隊といっても私は実戦の方は苦手でして。アインスターさんに引き継いでもらえて正直助かりますよ」
そうか、それは良かった…って、え!?苦手な軍隊の方を引き継いだ覚えはないのだが…
「あの、ラプラスさん?軍隊の方は関係ないですよね、私…」
不安な表情を見せる私にラプラスさんは、ははっ、と軽い笑顔を見せて振り返る。
「おや?ヴェルギリウス所長から聞いていないのですか?…アインスターさんは第四魔法大隊第八小隊長も引き継ぐことになっているのですよ」
なんでも魔法研究所の役職者は魔法大隊にも所属しなければならないという決まりがあるそうだ。また役職者でなくとも一部の者はやはり魔法大隊に所属しているらしい。それらの者は任意だが私の場合は副所長なので強制だった。
ぐぬぬ、所長め…私は研究員になりたいとは言ったが、副所長になりたいとも、ましてや軍人になりたいとも言っていないのに…
「そんな顔をしないでください。所長が大隊長を務める第四魔法大隊は、特に私の第八小隊は変わり者は多いですが皆実力主義なのでアインスターさんなら問題ないですよ」
飄々と語るラプラスさんだが、問題ないと言われても困る。元々人の上に立つようなことが苦手なので引き籠って一人で研究に没頭したかったのだ。それに変わり者が多いって…変わり者は先ほどのモーリッツさんだけで十分なのに…
これで存分に研究ができる!とぬか喜びした少し前の自分が情けなかった。