21.念願の研究員
講師陣の控室や所謂職員室のような一画にヴェルギリウス所長の部屋はあった。副校長だけあって個室が与えられているようだ。隣には校長室もある。
「失礼します、アインスターです」
コンコンとドアをノックすると、入り給え、という声が中から聞こえた。私はゆっくりとドアを開けて中に入る。
「アイザック先生に許可をもらって参りました。…ええと、どのようなご用件でしたでしょうか?」
私が尋ねると所長は中央のソファーに手を向けた。座れということだろうか。失礼します、と私はソファーに腰かける。
「さっそく本題に入りたいのだが…その前にその服はいったい何なのだ?何故そのような男物の服を着ている?」
さっきは皆の前で変な服を着た生徒呼ばわりしてくれたが、所長はまだ白衣にこだわっていたのか。
「これは白衣です。動きやすい服装とあったので着てきたのですが…研究所ではこのような服を着ないのですか?」
動きやすくて清潔感があり機能的なのですよ、という私に所長は首を振る。
「そんなものは着ない…まあ、良い。今日制服が支給されるから次からはそれを着てくるように」
そんなに変な恰好だろうか。私はこの白衣を他の者にも広めていこうと密かに心に誓う。
「ところで副校長、私から質問があるのですがよろしいでしょうか?」
何だね言ってみたまえ、と所長は片手をあげる。
「何故私だけ入学試験の内容が違ったのでしょう?」
私の質問に、ん?と所長は顔をしかめた。
「当然だ、他と同じ試験問題では君の実力が計れないだろう。だから部下に考え得る最大級の難問を作成するように指示した。私に対して出題する問題と思って作成するように、と」
それでも実力が計れなかったわけだが…、とどこか遠くを睨んでいる。その視線の先に問題を考えた部下でもいるのだろうか。
「私が初めて副校長にお会いした時に魔法はお見せしましたので、魔法の試験が一般のものでは足りないと思われたならそれは納得できます。ですが読み書きや計算が他の子よりも良くできるとどうしてお考えになったのでしょう?」
私は首を捻る。最初の面会の時もそのような事を言った覚えはない。おそらくお父様も私がよく勉強をしているくらいにしか思っていないだろう。私がそう思っていると、所長は眉間にぐっと皺を寄せて話し出した。
「その最初の面会の時に、君は私の障壁魔法が効果が無いと指摘したであろう。あれは魔法発動時に浮かぶ魔法陣を読み取ったのだな?」
確かにその通りだ。浮かんだ魔法陣を見て魔法効果を打ち消す障壁だとわかったのだ。その通りです、と私が首を縦に振ると所長も頷く。
「魔法陣に書かれた文字の半分ほどは数字を表しているということがわかっている。魔法規模や影響範囲に関わっているのだろう。それが瞬時に理解できるということは卓越した計算能力を持っているということだ。またそもそも魔法陣の文字は今は使われていない古代文字で書かれている。それが理解できるというのに一般の読み書きができないはずはなかろう」
むむっ、確かにその通りだ。まあ隠そうと振舞っていたわけではないが、些細な言動ややり取りでそこまでわかってしまうとは無関心のように振舞っているくせによく人を見ている。私は所長に対する警戒度を少し上方修正する。
「魔法の試験問題などは作成した者がこの私にも解けないと豪語していたものだ。それが簡単に満点を取られてしまった。答案を見て唖然としていたよ。
…さて、君の疑問も解けたようなので本題に入ろう」
所長は試験問題の作成者を思い浮かべたのか口元を少し上げて、ふんっと息を吐いた。笑っているのだろうか…相変わらず表情が掴みにくい。
「アインスター、君を特別待遇として授業免除としたのには訳がある。授業のガイダンスは先程聞いたと思うが、午後は概ね魔法の講義となる。初年はほとんど基礎の学習だ。君にはその時間、私の研究所で研究に参加してもらいたい」
所長はそう言って私を見据える。先ほど同様、少し笑っているようにも見える。あ、でもそこは重要じゃない。確かに今、研究に参加しろって…
「君は魔法の研究をすることに興味があるのだろう?断る理由は無いと思うが?」
全くその通りだ。あわよくば研究ができるかもしれないと思い魔法学校を希望したのだ。でも、何故…
「どうして私が魔法の研究に興味がある、と?」
しまった!これでは認めているようなものではないか。
「君が魔法学校を希望した理由だが、魔法を使えた方が騎士としても役に立つからと君は言っていたが…」
それは半分嘘だな、と所長。…はい、その通りです。
「本当は魔法の研究がしたかった…違うか?」
違いません。まあ、魔法でなくても研究ができれば何でもよかったが。私は困った顔で所長を見上げる。
「うむ、これも君と初めて会った時のことだが、ギルベルトが私のことを紹介したな。君はその時の私の肩書を覚えているか?」
「はい、公爵様で魔法学校の副校長、それに第二研究所の所長でした」
後は第四魔法大隊の隊長もしている、と所長が付け加える。ああ、確かそう言っていたような気もする。
「大抵の者は爵位に反応を示すか魔法大隊の隊長というところに注目する。魔法学校の関係者なら副校長、研究所員なら研究所所長という肩書が気になる。しかし君は研究所員でもないのに私の所長という肩書にまず反応した」
何度か私のことを所長と呼びそうになっていただろう?と静かに問う。ああ、確かに私は所長という肩書が気になっていた。普通の魔法学校入学希望者なら最も気にかからない肩書と言われればその通りだ。
「そこから君が研究所に何か強い思い入れがあるのではないかと考えたのだ。どうだ?研究員になるのは君にとっても良い話だと思うが?」
全く私の勘違いだというならこの話は無かったことにしても良いが、と所長は目を細める。なんだか悔しいが完敗だ。
「やります。私魔法の研究がしたいのです。是非やらせて下さい」
思えば私の住まいが研究所内にあることからも、これは初めから既定路線だったようだ。
「よろしい。君の希望を叶えよう。君には王都第二研究所の副所長をやってもらう」
「はい、宜し…え?副所長ですか!?」
先程は少し研究を手伝ってほしいくらいに言っていたのに副所長とはどういう事だ。副所長とは所長の次に偉いのではないか。入ってすぐの新人が就くようなポジションではないはずだ。
「まあ、年齢が年齢なので、仮、といったところだ。しばらくは今の副所長に補佐をしてもらうから心配はいらない。既に他の研究所員にも大方話は通してある」
やはり私が断るという選択肢は最初から無かったようだ。それにしてもこんな新人にいきなり副所長の座を奪われ、その補佐をしなければならない今の副所長が気の毒でならない。怖い人でなければいいが…
「ではさっそく研究所を案内しようと思うが、その前に昼食にしよう」
ついてきたまえ、と言って所長が部屋を出る。私もそそくさとその後に続いた。