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20.特別待遇生徒

「この魔法学校では皆知っての通り、入学試験の成績によってクラス分けがなされる。そしてここAクラスは試験の成績上位30名を集めた云わばエリートクラスだ。特に今年の入学生は主席を含め上位数名はほぼ満点という非常に優秀な成績だったと聞いている」


 副校長の私も期待している、と再びぐるりと生徒達を一瞥する。


「だが、それはあくまで今の時点での成績というわけだ。決して慢心せず、しっかり魔法の基礎を学んでもらいたい」


 所長の厳しい言葉に緊張が走った。


「では、このクラスを受け持つ講師を紹介しよう」


 隣に並ぶ男性が一歩前に出る。所長よりも少し歳が上のようにも見えるが、もじゃもじゃの髪が目を隠す格好で顔の前に垂れ下がっており、実際のところはよくわからない。


「彼はアイザック。今年度から魔法学校の講師をしてもらうことになった。第四魔法大隊で一つの部隊を率いてもらっている実戦派だ」


 奈落アビス、と言えば知っている者もいるだろう、と所長が言えば、クラス中がにわかにざわつき始めた。もちろん私は知らないが…何だろう、また物騒な二つ名が出てきたな、おい。


「彼の自己紹介はこの後の授業でやってもらうとして、私からもう一つ言わなければならないことがある。皆も気になっているとは思うが…今年はこのAクラスに特待生を迎えることとなった。そこの変な服を着ている生徒が特待生のアインスターだが…」


 そう言って所長は私の方に目を向ける。変な服とは失礼な!私はちゃんと動きやすい服を着てきたのだ。


「彼女はこと魔法において、大変優れた力を持っている。よって基本的に全ての授業を免除する」


 へ!?


 あ、何か変な声が出てしまったが、声が出たのは私だけではない。クラス中がざわめいている。


「あ、あの?所…副校長?授業を免除とはどういうことでしょうか?私は授業を受けるために学校に来たのですが…」


 思わず立ち上がった私にヴェルギリウス所長はふむ、と頷き話を続ける。


「受けたい授業は受けても構わない。教養や貴族としての作法などの授業もあるからそのあたりは受けると良いだろう。しかし受ける必要が無いと思ったものは受けなくて良い。君には他に頼みたいこともある」


 最後に何か不穏なことを口にしたような気もするが…今は気にしても仕方ない。私がうーむ、と首を捻っていると、一人の生徒がバッと手を挙げた。


「君は…確かリチャード・ウォーレン君だね。何かね、発言を許可する」


 手を挙げたのは主席のリチャード君だった。発言を許された彼は緊張した面持ちで立ち上がる。


「お目にかかれて光栄です、シュレディンガ公爵閣下。私はウォーレン公爵家が長男、リチャードと申します」


 以後お見知りおきをお願いいたします、と頭を下げる。


「お話の途中失礼をいたしますが、先程閣下は今年の上位数名は試験でほぼ満点だったとおっしゃいました。私は今年度の試験で恐れながら主席という栄誉を賜りました。その私と、特待生である彼女と、どのような差があるのかお教え頂きたいと思います」


 私も試験ではほぼ満点という自信はあった。だが主席の彼もほぼ満点という結果なら何をもって私を特待生としているのだろうか。仮に私が完全に満点だったとしても数点の差ならば私が主席、彼が次席で良いはずだ。だからリチャード君の言いたいことは良くわかる。


「リチャード君、ここでは私は副校長として君達の前に立っているのでヴェルギリウスで構わない。他の者も、私や他の講師に対して特別気を遣う必要はない。

 それで、だ。アインスターについてだが…リチャード君の言いたいことは良くわかる。そこでこれを見てもらおう」


 そう言って所長は控えていた講師陣に指示を出し、教壇に何やら機材を設置し始めた。あれはもしかして魔道具?何をする道具なのだろう、と私が考えていると、教室の前面に一枚の紙が映し出された。


 ああ、映写機のようなものか…あ!あれは私の試験の答案だ。


 映し出された用紙を見て私はうっ!と下を向く。自分の答案を皆に見られるのはなんとも恥ずかしい。


「それではリチャード君、これが何かわかるか?他の者でも構わない、わかる者がいたら手をあげるように」


 何かわかるか?って魔法学校入学のための試験問題だろう。計算問題用にどこかの決算報告書か何かを穴埋め式にしたものだ。


「…」


 なのに何故リチャード君は応えないのだろうか。誰の答案か考えているのなら一番上に私の名前がしっかり書いてある。


「すみません、私には読めない箇所も多いです。数字がたくさん並んでいるように見えますが…」


 わかる者はいないか?と所長が再度尋ね、まあそうだろう、と一人で納得したように頷いた。


「では、アインスター、これは何だね?」


「何だね、と言われましても…私の試験の答案です」


 所長はいったい何が言いたいのだろう?


「うむ、書かれている内容はわかるか?」


「どこかの決算報告書か何かだと思いますが…大きな商店…というより規模からして国の財政…」


 私もはっきりした事はわかりません、と言うと再び一同を見渡しリチャード君のところで視線を止めた。


「と、まあそういうことだ。これは王国における昨年の財政報告書の一部、その数字をところどころ伏せたものだ。魔法学校入学の試験の際に彼女には計算問題としてこれを解いてもらった。

 …結果は満点、内容もほぼ理解できていたようだな。これが何を意味するか、というと…」


 今すぐにでも王国の文官として仕事ができるということだ、と締めくくった。衝撃の事実にリチャード君を始め他の生徒達も目を剥いているが、それは私も同じだった。

 …この問題が自分だけだったなんて…いや、確かにこの年齢の子供が解くには難しすぎるとは思ったが。


「あの…それでは他の生徒は違う問題だったのですか?」


 何を今更、という顔で所長が答える。


「当たり前だ。こんなものが子供に解けるはずがないだろう…ここの講師の中でも専門でない者にはおそらく解けまい。他の試験についても同様だ。…まさか私も全て正解するとは思っていなかったが」


 最後は独り言のように目を閉じて頷いた。そして再び目を開け、今の時点でこれが解ける者が他にもいれば同様に特待生として扱う、と一同を見渡した。


「私からはこれで以上だ。アインスターは後で私の部屋へ来るように。それではアイザック君、後は頼む」


 そう言ってヴェルギリウス所長と他の講師陣はアイザック先生を残して教室を後にしたのだった。



 …ざわ…ざわ


 所長達が去ると教室は再びざわつき始める。リチャード君も何か言いたそうにこちらをちらちらと伺っているようだ。先程の試験の話は私にとっても寝耳に水でもちろん私から言い出したことではない。後で他の生徒達に文句を言われても困るなぁ…とぼんやり考えていたところでアイザック先生が少し前に出た。


「ああ、皆さん初めまして。このクラスの担任を務めるアイザックです」


 ぼそぼそっとした喋り方と少し丸くなった姿勢が筋金入りの科学者を思わせる。先程の紹介では実戦で名を馳せた魔法師のような印象だったが、戦場で魔法を使っている姿よりも研究室で試験管を振っている姿の方が容易に想像できるというものだ。


「私もね、講師として生徒を指導するのは今年からなのです。皆さんよろしくお願いしますね…」


 他の生徒達はアイザック先生の話に目を輝かせているようだが、先生にはどうにも覇気が感じられない。


「それでは皆さんにも順番に自己紹介をしてもらいましょうかね…アインスター君からいってみましょう」


 そう言ってこちらに手を向けてきたので私も立ち上がる。改まって自己紹介というのも苦手だし最初というのも緊張する。


「始めまして、アインスター・アルティノーレです。先程は副校長が大げさに私のことをおっしゃっておられましたが、これからこの魔法学校で学べることを嬉しく思います。どうか皆さん仲よくしてください。宜しくお願いいたします」


 スカートを摘まんでニコっと膝を曲げるのが貴族流なのだが生憎今日は白衣を着ている。なので笑顔だけに留める。引き攣ってなければよいが…


「アインスター君はこれまで独学で魔法を勉強していたそうですよ。実はですね…後で副校長からお話があると思いますけど魔法の実技を何度かアインスター君に指導してもらおうかと、そういう話にもなっているんですよ…私も楽しみですねぇ」


 席に座りかけた私にアイザック先生が言葉を被せてきた。


「え!?私が指導をするのですか?」


 当然の疑問を口にすると先生はふふっと笑って、そうですよ、と当たり前のように答えた。


「アインスター君はもう魔法が使えるのでしょう?ですからね、使える者が使えない者に教えれば良いと思うのですよ。私が教えられることは私が教える。アインスター君が教えられることはアインスター君が教える。それでいいじゃありませんか…もちろんリチャード君や他の子が教えられることがあれば皆で教わりましょうね」


 それでは次にリチャード君いってみましょう、とアイザック先生が視線を向ける。このように順番に自己紹介をしていくようだ。


「ウォーレン家が長男、リチャードです。父上やおじい様、それにヴェルギリウス副校長に負けない立派な魔法師になれるように励みます。先程のお話で自分がどこか慢心していたということに気付きました…」


「自分の未熟さに気付くのは大切なことですが…そんなに硬くならないでも良いのですよ。むしろ君たちは運が良いと思ってください。これからいろいろなことを学べるのですからねぇ」


 そうやってアイザック先生は一人ひとりと話をするように進めていく。既に全員の名前やプロフィールもあらかた頭に入っているようで、生徒達も皆話始めるとすぐに緊張が解けていくようだった。ぼそぼそっという話し声も今では耳に心地よい。Aクラスを受け持つだけあって優秀な先生のようだ。


 全ての生徒の自己紹介が終わると先生は学校の各施設を簡単に説明をする。


「…というわけでお昼休みや放課後に校内の食堂を使っても構いません。図書館も生徒は無料で使用できますが登録は必要です。魔法の貴重な本もたくさんありますから読んだら必ず返してくださいね」


 そしてその後は授業の説明だ。主に午前は一般教養などの座学で、午後からは魔法の授業になるが一年生は午後のほとんどが魔法の基礎になるらしい。


「それでは休憩を挟んで授業に入りますが、アインスター君はさっそく副校長のところへ行ってきてください」


 教室の皆がわさわさと動き始める。アイザック先生に何か聞いている生徒もいる。ちらちらとこちらを伺っている生徒も多い。

 そういえば以前の世界でも授業の合間の休憩時間というのが苦手だった。ワイワイと楽しそうにお喋りをしている光景に憧れもしたがそういった輪の中に自分から入っていくのは私にはハードルが高い。新しい学校生活の始まりに少しは期待もしたのだったが、今のこの特別扱いの状況では尚更難しかった。

 …仕方ない、ヴェルギリウス所長のところへ行くか。


 そう思って準備をしていると、つかつかとリチャード君がやってくるのが見えた。既に取り巻きのようなグループが出来ており女の子も数人いる。私はさすがにこの年齢の男の子をカッコイイとは思わないがリチャード君も端正な顔つきではある。何だろう、この世界には美形が多いのかしら。


 実は絡まれる前に教室を出たかったのだが席が端っこなのでそうもいかない。…しかしこの席、どうにかならないものか。普通に四つ机を並べてくれてもいいじゃないか…


「あ、アインスター…さん、今朝は、その、失礼を致しました。少し傲慢な物言いでした。今度是非あなたの魔法について教えて頂きたいと思います」


 そう言って彼は頭を下げた。


「いいえ、傲慢だなんて思っていませんよ。今朝は教室まで案内して頂いて感謝しています。ああ、私のことはアインで結構ですよ、ええとウォーレン公爵?」


 ほっとしたような表情で、自分のこともリチャードで構いません、と笑顔を見せた。ちょっと意地悪をされるのかと思ったけどリチャード君はどうやらいい人のようだ。家が貴族だ公爵だというとそれだけで横柄な人に思えてしまうのはやはり前世の影響かもしれない。…まあ、私も一応は貴族なのだけれど。


 周りの子とも話をしたかったけれど休憩時間も終わりそうだったので私はニコッと笑顔だけ残し教室を後にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これからどんなふうに魔法が研究されていくのか楽しみです。 [気になる点] 白衣は動きやすい服装ではありません。 実験の際などは薬品から身を守るため汚れに気付きやすくするために白衣を着ますが…
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