16.王都での面接
「第十三騎士団第二小隊パウル・アルティノーレ参上致しました!」
お父様が拳を胸に当てる。これが騎士の敬礼だろうか。私の知る軍人さんのような、頭に手を当てる敬礼ではないんだなぁ…
「よく来てくれたね、パウル。今日は騎士団の予定ではないからね、楽にしてくれていいよ」
中央のソファーで何か談笑でもしていたのだろう、金髪の美青年が笑みを湛えて近寄ってきた。この人がギルベルト団長だろうか、お父様の言っていた通り気さくな人のようだ。…それにしてもお父様よりも随分若く見える。
「おお!君がアインちゃんか。なるほどパウルがいつも自慢げに部下たちに話していたが確かに可愛らしいお嬢さんだ。よろしく頼むよ、アインちゃん。私はギルベルト・ハインリヒ。君のお父さんのところで団長を務めている」
そう言うとギルベルト団長は私の前で自然に膝を折り、手を取って甲に軽くキスをする。
黒髪じゃないしいかにも覇気のありそうな雰囲気でこれはどちらかというと常勝のほうだ…などと考えていた私は突然の事にすっかり固まってしまった。
…いきなりなんなんだ、このイケメン!
「あぅ、あ、ごめんなさい。パウルの娘でアインスターです。今日は私のためにお時間を頂いてありがとうございます」
かろうじて挨拶を返し、ソファーに座ったもう一人にも目を向ける。おお!こちらはまさかの黒髪…でもギルベルト団長に引けを取らない鋭い眼光。これも不敗ではない。どちらかというと双璧の片割れだ。私の視線に気づいたもう一人は座ったまま軽く顎を引く。…挨拶のつもりらしい。
「紹介しよう。こちらはヴェルギリウス。シュレディンガ公爵家の長男で、第四魔法大隊隊長、魔法学校副校長、王都第二魔法研究所所長と何かと肩書の多い男なんだが…見ての通り不愛想ですまない」
こちらもギルベルト団長同様どこぞの公爵様だったようなのでちょっと恐縮する。いやそれよりも今、魔法研究所って言ったよね!やっぱりあったんだ研究所…よしこの人とは仲よくしよう。
「ヴェルギリウス、こちらが私のところで小隊長をやってもらっているパウル・アルティノーレとそのお嬢さんだ」
ギルベルト団長に紹介されてヴェルギリウス所長が立ち上がる。
「ヴェルギリウス・シュレディンガだ」
それだけ言って奥にあるカウンターに移動してしまった。確かに不愛想だ。機嫌が悪いのだろうか…いやこれはきっと私達に関心が無いのだろう。ギルベルト団長が肩を竦める。
「困ったものだ…まあ、いいか。パウル、それにアインちゃん、さ、こちらのソファーに掛けてくれ」
団長に促されて私達は先程までヴェルギリウス所長が座っていたところに腰を下ろす。
「アインちゃん、君のお父さんから大方の話は聞いている。騎士学校ではなくて魔法学校に行きたいようだね」
はい、と私が答える。
「君のお父さんは騎士として非常に優秀でね。私のところでも随分よくやってくれている。小隊長に任命した甲斐があったというものだ。君のお兄さん達も学校では優秀な成績で将来を有望視されている。そんな彼らが口々に娘は凄い、妹は凄い、といっていたものだから私も君が騎士学校に入ってくるのを随分楽しみにしていたのだが…そんなに魔法学校がいいかな?」
「お父様にも言いましたが、将来騎士になりたくないわけではないのです。ただ少し魔法を勉強してみて、魔法をちゃんと学んだ方が騎士としても役に立てるのではないかと思ったのです」
うーん、とギルベルト団長は目を閉じる。私達に興味が無いと思っていた所長も厳しい目つきで私の方をじっと見ている。…所長、怖いよ。
「団長、私も娘を説得したのですが…娘はいつの間にか魔法を使えるようになっていて、私と試合をして勝ったら魔法学校に行ってもいいと約束してしまったのです」
ですので何とかお願いします、とお父様も応援してくれる。
「え!?勝った?…ベルセルクに…勝ったのか?…いや娘だしそういう事もあるのか。わかった、まあ、魔法学校への紹介状はヴェルギリウスに書いてもらうので問題ない」
さすがのベルセルクも娘には甘いようだな、とギルベルト団長がニヤニヤしている。ベルセルクってお父様のことだろうか。狂戦士?何その渾名、怖いよ。
「では、アインちゃんはもう魔法が使えるんだね。ここで見せてもらってもいいかな?」
お父様の渾名に慄いていた私にギルベルト団長が優しく微笑みかける。もちろん魔法は使うだろうと思っていたので問題ないが、ここで使うとなると、ウォーターくらいしかないか。
「わかりました。えーと、ではコップを貸していただけますか?」
「ん?いいとも、でも何に使うんだい?」
そう言って団長はヴェルギリウス所長の座ったカウンターからコップを取ってきてくれた。受け取った私はその中に水を注ぐ。
「…ウォーター!」
緊張しているせいか魔法を唱える声も小さめだ。
チョロチョロチョロ…
水でいっぱいになったコップをテーブルの上に置く。
「どうですか…うぇ!」
私が顔をあげると、ギルベルト団長は目を見開いておまけに口も大きく開いたまま固まっていた。これぞドン引きという表情だ。さっきまで厳しい目つきで私を睨んでいた所長も立ち上がって唖然としている。お父様はというと隣でばつの悪そうな顔でもじもじしている。
「…アイン、もうちょっと派手な奴の方が良かったんじゃないか?」
お父様がひそひそと小声で私に話しかける。そうか、しまった。あまりにも地味すぎたか。
「あ、あの、すみません…部屋の中では危なくて攻撃魔法も使えないので水を出す魔法にしてみましたが…何か違いましたか?」
私が他の魔法もできますよ、と暗に匂わすとヴェルギリウス所長が大股でツカツカと近づいてきた。
「アインスター、君は他の魔法も使えるのだな。攻撃魔法を…そうだな、私に向かって撃ってみてくれ」
私が、ここでですか!?と驚いてみせると、所長はギルベルト団長に向かって、構わないな!と確認を取った。何が構わないのか全くわからない。
「アインちゃん、こちらへ。…そうそう、このあたりから。ヴェルギリウスが防壁の魔法を唱え終わったら魔法を撃ってみてくれ」
「アインスター!詠唱は無しで構わない!」
ヴェルギリウス所長が大声で私に呼びかける。間もなく所長が早口で呪文の詠唱を終え、ふわりと魔法陣が浮かんだ。
あ!あの魔法陣は魔法の効果を通さない防壁を張る魔法。あれでは駄目だ!
「ギルベルト団長、あの魔法では駄目です。防げません」
私は規模を抑えたファイアーを唱えようとしたのだが、私の魔法攻撃は厳密に言うと魔法ではない。火の玉を魔法の力で作り飛ばしている。つまり飛んでくるのは正真正銘、ただの火の玉なのだ。…いや、着弾した時に爆発するように細工はしているが…
一方、私が本で覚えたファイアーボールなどの魔法は火の玉自体を魔法で再現している。熱や衝撃を疑似的に作り出しているのだ。だから同じような見た目でも魔法陣の内容は全く違う。そのことはこれまでの私の研究によって明らかになっていた。
後者の魔法であれば今所長が作り出した魔法の防壁で防ぐことはできるだろう。だが私の魔法は物理的な壁でなくては通り抜けてしまうのだ。
「アインちゃんは心配性だな?ああ見えてヴェルギリウスの魔法障壁は、魔法師数人で行う大規模魔法も容易く防いでしまう代物だ。安心して撃ってくれていい。ああ、もちろん部屋の方も大丈夫だよ」
後で修理してもらうから、とギルベルト団長が呑気に笑う。
「すみません、規模の問題ではないのです。その、性質の問題、でしょうか。とにかく私の魔法はヴェルギリウス所…公爵の障壁を通り抜けてしまいます。威力はさほど無いので大丈夫だとは思いますが…服が焦げてしまうくらいはあるかもしれません」
お父様でも二、三発喰らって無事だったのだから死にはしないだろうが、立派な服を着ているのでそちらのほうが心配だ。
「…わかった、ヴェルギリウスに確認してこよう」
急に真面目な顔になったギルベルト団長がヴェルギリウス所長の元へ向かう。
…この障壁では…うん、威力は大したことないと…本当か!?…いや、あり得る…
相談が終わったようで団長が戻ってきた。
「アインちゃん、大丈夫だ。とびきりのやつをお見舞いしてやってくれ!」
…だから威力は抑えると言っているんだけどなぁ。ギルベルト団長はニコニコと楽しそうだ。仕方ないので私は手を前に掲げた。
「ファイアー!」
皆の見ている中で小さな火の玉がヴェルギリウス所長に向かって飛んでいく。
…ボフゥン!
所長に当たって火の玉が爆発する。所長はというと衝撃で尻餅をついていた。あわわ、やっぱり人に向けて撃っちゃ危ないよね。せめて鎧でも着ていてくれればよかったのに。思った通り立派な服も当たったところが焦げている。
私と団長がヴェルギリウス所長に駆け寄る。そばで見ていたお父様も慌てた顔で寄ってきた。
「大丈夫ですか!すみません、威力は抑えたつもりだったのですが…やっぱり焦げちゃいましたね、服」
「あはは、ちゃんと忠告したのにやめなかったヴェルギリウスが悪いんだ。アインちゃんは謝ることはないよ。…それより、どうだった?ヴェルギリウス」
無事を確認したギルベルト団長が笑って茶化す。
「ああ…今のは想定内だ。他は全て想定外だが…ギルベルト、書斎を使うぞ!」
所長はそう言うと、話がある!とお父様を引っ張って奥の部屋に入っていった。取り残された私とギルベルト団長は再びソファーに腰を下ろした。
「いやぁ、今のは凄かったね。無詠唱で水を出した時も驚いたけど…アインちゃんは魔法は独学で勉強したのかい?王都の魔法師が一生かかっても出来ないようなことを魔法学校に入る前にできてしまうんだから」
団長が興奮した様子で私に問いかける。なるほどウォーターの魔法にも驚いていたらしい。無詠唱で魔法が使える魔法師は王都にはいないのだろうか。
「家にあった魔法の本を読みました。そこに書かれた魔法陣も覚えましたがそれらは呪文を詠唱しなければ使えません。無詠唱で使えるのは私が考えた魔法だけです」
「自分で魔法を考えたのか!それはまた驚いたな。…実は君のお父さんが最近急に強くなってね。いや、以前から戦場では他に類を見ない働きをしてくれていたのだが、最近のパウルときたら今の王都の騎士では一騎打ちで勝てる者が無いほどだ。…アインちゃんが何かやったね?」
うっ、急に鋭い質問がきた。にこにこと笑っているようで目が笑っていない。
「少し、私が思いついた剣の技を教えました。お父様は魔法は使えませんので」
本当は魔法も教えたが、そこまで答える必要もないだろう。
「そうか、やっぱり…道理で急に強くなったわけだ…ん!?まさかアインちゃん、その本気のパウルに試合で勝ったのか?」
5歳の女の子が王都最強だと!?とギルベルト団長が目を丸くする。いや、まさかそんなはずはないだろう。
「お父様は多分本気ではなかったのでしょう。私も剣の素振りを始めましたが剣の腕ではお父様に全く敵いません。それに私はまだ学校にも行っていないのですよ」
うふふ、と私が笑う。そうだな、と納得したような顔に戻った団長が話題を変える。
「そういえばあれはアインちゃんが生まれた時だったな。お祝いにと部屋に明かりを灯す魔道具をパウルに贈ったんだ。その魔道具はヴェルギリウスの第二魔法研究所で当時彼が最も力を入れていた研究だったんだ。その試作品を私が譲り受けてパウルに贈ったというわけだ。その時の娘がこうしてヴェルギリウスの元へやってくるなんて…」
なんだか運命を感じるねぇ、とギルベルト団長が目を細めた。私の部屋にあった豪華なシャンデリアのことだろう。あれはそういう代物だったんだ。
「ずいぶん昔のことですが、その魔道具は私の街でもあまり見かけません。あまり広まってはないのでしょうか?」
便利なものですのに、と私が付け加える。あれが魔法の道具だと気付いてからも類似品を見たことがない。確か街の街灯も油を燃やして明かりを灯していた。何故、同じような道具を使わないんだろうと不思議に思っていたのだ。
「いくつかは試作品が作られたのだけど、上から研究資金が下りなかったらしくてね。一つ作るのに結構な資金が必要だったようなんだ。確かに便利なものだけど、どうしても魔法の研究は戦争で使えるものが優先されてしまうからね。ヴェルギリウスは戦争に使う魔法や道具を作りたがらないから、第一研究所に比べて研究費用が融通されにくいんだよ」
…なんか意外だなぁ。真っ先に魔法を撃ってこい、なんて言うからもしかして戦闘狂なのかしらと思ったけど。あのしかめっ面でシャンデリアを作っているところを想像するとなんか笑える。
「えーと、ヴェルギリウス…公爵は、魔法大隊の隊長でもあるんですよね。戦争は嫌いなのでしょうか?」
「私も騎士だが戦争は嫌いだよ。平和が一番さ。でも王国が戦争をしなくても他の国から攻められることもあるからね。ヴェルギリウスももちろん反戦論者ではないよ」
やっぱりこの世界では日常茶飯事とは言わないまでも戦争はあるのだ。平和な国に育った記憶のある私には辛いなぁ…でもお父様や騎士団の様子を見るにドンパチ爆弾やミサイルが飛んでこないだけマシだね。
そうしてギルベルト団長と他愛もない話を続けていると、ヴェルギリウス所長とお父様が戻ってきた。所長が笑顔でないのはこれまで通りだが、お父様もなんだか難しい顔をしている。話し合いはうまくいかなかったのだろうか。
「お父様、お疲れ様でした。お話合いはどうでしたか?」
私が尋ねると、何もなかったような顔に戻って私の頭にポンと手を置いた。
「ああ、問題なく終わったよ。アインからもヴェルギリウス公爵にお礼を言いなさい。詳しいことは宿に戻ってから話すが、魔法学校も試験があるようだ。紹介状は頂けたから、後はアイン次第だな」
なんと、これで目出度く入学というわけでもないようだ。私はとりあえず所長にお礼を言う。
「ヴェルギリウス公爵、紹介状を頂きありがとうございました」
「うむ、期待している。試験に向けて勉強を怠らないように。私が紹介したのだから素晴らしい成績で入学してもらわねば困る」
ううっ、いきなりのプレッシャー。あまり期待されても困る。以前の記憶があるから科学、数学といった理系の学問は問題ないしこちらの言語も必死で覚えた。しかしこの世界での一般常識などは普通の五歳並、いやほとんど街に出ず引き籠っていたせいでそれ以下かもしれない。
「どのようなことを勉強しておけば良いのでしょうか?」
「魔法以外では言葉の読み書き、それに計算能力が問われる。まあ、大人向けの書籍を読み漁っていると聞いたので心配はないが…ふむ、計算などはしっかりできるようにしておきなさい」
所長はそう言うと、自分の役目は終わったと言わんばかりにツカツカと部屋を出て行った。
「挨拶くらいしていけばいいのに…まあいいや、それでパウル、話の方は上手く終わったようだね。
今日はもういいからアインちゃんと一緒に帰るといい」
そう言うとギルベルト団長は丁寧に扉の外まで出て私達を見送ってくれた。