14.お父様達に魔法を教える
夕飯の時にはやはり私の魔法のことに興味があるようでお兄様達に色々聞かれた。お兄様達は魔法のことは全くわからないので私もどういった魔法かという簡単な説明だけで済ませる。騎士学校でもどのような魔法があるかくらいは対処法と併せて勉強するようだが、学校で聞いたそれらとは全く違うものだとリヒャルトお兄様が言う。
「お父様は今日アインが行ったような魔法はご存知だったのですか?火の玉の魔法は私も学校で教わったのですが…あんなにバンバンと出せるようなものではなかったように思います」
「そうだな、父さんも初めて見る魔法ばかりだった。いやあれは魔法なのか?魔法には詠唱が必要で発動まで時間がかかるというのが常識のはずだったのだが…」
私はお父様の疑問に少しだけ答える。
「魔法は魔法陣によって発動されるのですが、その魔法陣を呼び出すのに必要なのが呪文の詠唱なのです。でも私は呪文を詠唱しないで魔法陣を呼び出しているので魔法の発動が早いのだと思います」
ここからはあくまで私の予想ですが…と魔法が発動するための手順を私のこれまでの研究成果から披露した。
「…ですので、このような使い方が正しいのか、実際に魔法学校で魔法を勉強して確かめなければならないのです」
ですから魔法学校に行かせてください、と改めてお願いする。
「今朝の試合のような魔法が使えるのであれば、魔法学校に行っても学ぶことは無いと思うが…まあ、約束だから父さんもアインが魔法学校に行けるように頑張ってみよう」
実は騎士学校も魔法学校も入学には爵位貴族の紹介状が必要なのだそうだ。紹介状があれば入学のための試験が受けられ、合格すると入学が認められる。
どちらも元々、貴族の子弟のために創られた学校のようで、実力のある者は貴族でなくても入学を許されるが、その際実力の証となるのが爵位貴族の紹介状というわけだ。
今でもその意味合いこそ薄れたものの、形式として紹介状制度が残っているのだという。
「だから騎士学校なら父さんの上司に一言いえば問題なく紹介状がもらえるのだが…魔法学校となると、魔法学校に関係のある貴族に紹介状をもらわなくてはならない。なにせ、王国騎士と王国魔法師では普段から接点も少ないから…一応上司に相談してみるか」
お父様は確か小隊長だから上司というと大隊の隊長さんとかになるのだろうか。本来ならばちょうど来年の今頃にその上司のところへ挨拶に行き、紹介状を書いてもらうというような段取りらしいが、魔法学校となるとお父様も手探りなので早くから話を進めないといけない。
なので次にお父様がお仕事に行った時に、上司に魔法学校の相談をしてくるということで今日の魔法学校の話は終わった。
「ところでアイン、今日の魔法だが…」
話が終わって私が席を立とうとしたところでお父様がちょっと待ったとばかりに再び話し始めた。
「あの空中に浮いていた魔法、あれは…父さんでも使えるのか?」
どうだろう?魔法陣を覚えればインビジブロックを出すことはできるだろう。でも移動座標は…
「お父様、残念ですがあれはお父様には使えません」
お父様の表情が曇る。
「…やはり魔法師ではないから魔法が使えないのか」
「いえ、お父様。おそらく魔法師でも使えません。ちょっと仕組みが複雑なのです。絶対に誰も使えないというわけではないでしょうが…覚えるのにとても時間がかかると思います。
…代わりに、ちょっと高くまで跳べるような技をお教えしましょうか?」
あまりにもお父様の顔が暗いので私が別の魔法を提案すると、お父様は、おおお!といって首をぶんぶん縦に振った。
「教えてくれるかアイン!これで父さんも無敵だな、はっはっは!」
先ほどとは別人のような笑顔で豪快に笑う。
「私も出来るなら教えてほしいのだけど」
リヒャルトお兄様が話に乗ってきた。隣でエーリッヒお兄様もうんうんと頷いている。
「それではお兄様達にも一緒に教えましょう。できるかどうかはわかりませんが。そうですね、準備してきますので、一時間ほどしたら再びここに集合してください」
一時間後、私は魔法陣の書かれた一枚の紙をテーブルの上に置いた。部屋で魔法を完成させ、その魔法陣を紙に写し取ったものだ。
「お父様、お兄様、まずはこの魔法陣を覚えてください。線の形や中に書かれた文字も全て正確に覚えてくださいね」
紙が一枚しかないので皆でテーブルを覗き込むかたちになる。
「紙を見ないでも頭にその魔法陣を思い浮かべることが出来るようになったらおっしゃって下さい。次に進みます」
これには皆苦労しているようで無言で紙をにらんでいる。当然だろう、私と違ってお父様もお兄様達も魔法陣をまじまじと見るようなことは普段ないのだから。
「今日は終わりにして、また明日にしましょうか?」
私がそう提案すると、ちょっと待ってくれ、とお父様が立ちあがった。
「もう少しでできそうだ。うん、よし。覚えたぞ、アイン」
「お兄様達はどうですか?」
「多分大丈夫だ」「ほとんど覚えたと思う」
口々に覚えたという返事が返ってきた。
「それでは次にいきましょう。今覚えた魔法陣を頭に思い浮かべながら、『ボート』と唱えます。そうすると足の裏付近に透明の板ができますのでそれを蹴って反動で跳びます。部屋の中ではお母様に叱られてしまいますので、透明な板ができた感覚だけ確かめてください」
「ボート!…むわっ、ああ、なるほど、少し足が持ち上がった感じがするな」
お父様がボートと唱えると足元にポワンと魔法陣が浮かんで消えた。どうやらお父様は成功したようだ。
「例えばジャンプした後にボートと唱え、できた足場を使ってさらにジャンプ。それを何度か繰り返せば結構高くまで跳べると思います。ボートで現れた板は力を加えると消えますので何もしなくても大丈夫です」
お兄様達にもボートを唱えてもらい、魔法陣が浮かんだのを確認する。
「それでは今日はここまでにしましょう。一度魔法を唱えると魔法陣は頭の中に記録されます。だからもう忘れてしまってもかまいませんよ」
これは記憶というより記録に近い。私がそう言うと皆一様にほっと安心した顔になった。
「記録された魔法陣を呼び出すのに特定の呪文が必要なのですが、長いと唱えるのが面倒なので短くしました。実際にこの魔法を使うときには、『八艘跳び!』と唱えます」
必殺技の名前みたいで少し恥ずかしいが、私が使うわけではないのでいいだろう。
「アイン?八艘跳びとはどういう意味なんだ?」
皆の疑問を代表したようにお父様が聞いてくる。
「ん?意味は特にありませんよ、記号のようなものですから。必殺技みたいでカッコイイでしょう?」
「んん、そう…だな。八艘跳び!…むわ!」
頭の中に魔法陣の浮かび上がる感覚にお父様が目を見開く。
「こういう事か、なるほど、わかったぞ」
「それでは後は広いところで色々試してみてくださいね」
後はご自由にどうぞ、と私は魔法の講義を締めくくる。お兄様達も実際に使ってみたくてうずうずしているようだったが、またお母様に叱られては敵わないので明日以降に練習するよう念を押しておいた。
翌日からは私はまた部屋に籠って魔法の研究に打ち込む。時折、教えた魔法の練習や剣の稽古をしているお父様達に庭に引っ張り出されたが、私も魔法学校へ行くための準備をしなければならなかった。おそらく他の魔法学校の生徒は親が魔法師で最初から魔法の知識がある者が多いに違いないので今のうちに少しでも多く様々な魔法をノートにまとめておきたい、そう思ったのだ。
そうしているうちに、お兄様達は休みも終わり再び騎士学校へと出かけて行った。八艘跳びをマスターした二人は、新しい必殺技を引っ提げて意気揚々と学校に向かおうとしていたので私は一つ忠告をしておく。
「リヒャルトお兄様、エーリッヒお兄様、私が教えた技は学校ではあまり使われない方が良いと思いますよ。お父様のように実戦でならともかく、あれは魔法ですので騎士学校で使うのはどうかと思いますから」
チート過ぎて相手が可哀そうです、という言葉を呑み込んで、ちょっと残念そうなお兄様達を見送った。
しばらくして久しぶりのボルボワさんが訪ねてきた。どうやら私のドレスが完成したらしい。
「アインスターさん、ご無沙汰しております。いや素晴らしいドレスに仕上がりましたよ」
楽しそうに話す私たちにお母様が首を傾げる。
「あら、アインはいつの間にボルボワさんと仲良くなったのかしら」
人見知りのアインが珍しいわね、と言うお母様にボルボワさんが慌てた。
「いや、その…そう先日、食材をお持ちした際にお嬢様をお見掛け致しまして…それよりどうです?ドレスをご覧になってくださいな、お嬢様によくお似合いだと思いますよ」
そう言って二着のドレスを広げてお母様とああだこうだと言い始めたので、私は部屋に戻った。
夜になり、帰ってきたお父様が私に笑顔を向ける。
「アイン、魔法学校の話だが、私の上司に話をしたところ一度会ってくれるそうだ。なんでも知り合いに魔法学校の関係者がいるらしく、その方に紹介状を書いてもらおうということになった」
「本当ですか?ありがとうございます、お父様!」
私も満面の笑顔でお父様にお礼を言う。
「それで次に父さんが王都に行く際にアインも一緒についてくるように。準備をしておいてくれ」
「それはちょうど良かったわ。新しいドレスができたところなの。それを着ていきましょう」
お母様が嬉しそうに届いたばかりのドレスを持ってくる。
「アイン、一度着てみてちょうだい」
私はターニャに手伝ってもらってドレスを着る。さすがに一人で着るのは難しい。
「おお!似合うじゃないか、アイン。うちの娘はなんて可愛いんだ…母さん、酒を持ってきてくれ!」
私の真紅のドレス姿を見たお父様は上機嫌で酒を飲み始める。
確かにこの世界の私は前の世界の私と比べると断然可愛い。ただ周りにお兄様達以外の男子もいないし街で可愛いと言われても子供だから当然だろうと思ってしまうので正直今まで意識したことはなかった。しかし改めて良い服を着てみると自分でも恥ずかしくなってしまうくらいに可愛いのだった。
「あ、ありがとうございます。お父様…」
照れながら言う私に、これは将来が心配だ、とお父様が今度は悩み始める。うちのお父様、お酒を飲むと面倒な人なんじゃないかしら。
お母様も、一緒に王都に行こうかしら、と言い始めたが家を完全に留守にするわけにもいかないので、王都へはターニャについてきてもらうということに決まった。