13.魔法学校行きを賭けた試合
翌日、朝食を終えた私達は家の外に集まった。庭では少し狭すぎるのだ。
「それではこれからリヒャルトとアインの試合を始めるぞ。お互い離れた位置に立って試合開始だ。アインは魔法を使わない攻撃は禁止。父さんの合図で試合開始、どちらかが参った、と言ったら試合終了だ。また勝負ありと思ったら父さんが止めるからお互い全力でやるように!」
私とリヒャルトお兄様は50メートルくらい離れて立つ。ちょうど真ん中あたりでお父様とエーリッヒお兄様が見守る。
おそらくお兄様は試合開始と同時に全力で間合いを詰めてくるだろう。この距離、お兄様なら一瞬だ。私はとりあえず…
それでは準備はいいか?とお父様の声が聞こえる。
「始め!」
お父様の合図でお兄様が地面を蹴って駆けてくる。私はすぐさま魔法を唱える。
「インビジブロック!」
ホワンと一瞬魔法陣が浮かびすぐに消える。直後私の体が宙に浮かんだ。
この魔法は馬車の揺れを何とかするために使った魔法でインビジブル(見えざる)ブロック(かたまり)を言いやすく縮めたものだ。魔素を長方形に固めて壁や足場にできる。馬車の時お尻に敷いていたあれだ。また座標を与えることで出現させた後移動することも出来る。今回はそれを足場にして上方向に移動させ、空中で固定させた。
ちなみに何故長方形かというと複雑な形では座標を入力できないからだ。例えば自分の体を直接浮かせようとしても形が複雑な分多くの座標を指定しなければならないので、現実的に不可能なのだ。
高さにして10メートルくらい上がったところで次の魔法を展開する。次はファイアー5連発だ。下を見ると、リヒャルトお兄様は空中に浮かんだ私に驚き足を止め、口を大きく開けて空を見上げていた。
ぼーっと立っていると危ないですよ、お兄様…と思いながら、ファイアー、ファイアー…と直接お兄様に当たらないよう魔法を発射した。
ズドンッ!ズドンッ!
私の放った魔法がお兄様の周りに着弾する。結構凄い音だ。よく見るとリヒャルトお兄様は涙目になりながら大きく手を交互に振っている。
…ん?降参の合図だろうか。
「ストーップ!ちょ…アイン、ストーーーップ!」
お父様も大声でお兄様のそばに駆け寄ってくる。私も一旦地面に降りる。
「お父様?試合は終了ですか?」
私もリヒャルトお兄様もそれほど動いていないので疲れてはいないが、本当に全力で駆け寄ってきたのだろう、お父様はゼェ、ハァ、と肩で息をしている。
「アイン…空中に…はぁ…浮くのは…はぁ…駄目だろう…あれでは何もできないではないか!…空中は…はぁ…駄目だ!」
それはそうだろう、騎士であるお兄様が何もできないように私は空中からの攻撃を選んだのだ。それとも実戦では空中に浮いては駄目という協定でもあるのだろうか。私が首を傾げているとリヒャルトお兄様も私と同じ事を思ったようだった。
「お父様!駄目だというのはよくわかりませんが…アインの魔法は凄いんじゃないでしょうか。あれでは私では、いえどんな騎士でもアインには敵いません!」
「うーむ…確かにそうとも言えるが、そこは、ほら、あれだ、今回はアインの魔法の実力を見るための試合だから、あれじゃ一方的すぎてよくわからないだろう。今度は空中に浮くのは無しで…」
「無理です!私では無理です!たとえ空中に浮かなかったとしてもアインは私が詰め寄る前に既に魔法を発動し終えていました。最後の攻撃魔法、あれもほとんど詠唱していないようでした」
かすかにファイアーと聞こえただけでしたから、とお兄様が慌てて首を振る。さすがはリヒャルトお兄様、ぼーっと立っていただけに見えて実はよく観察していたようだ。
「確かにそうだな。わかった、今度は父さんが相手をしよう」
全力疾走の疲れから回復したらしいお父様がやっぱり自分が、と言い出した。さっきの空中に浮く魔法は無しだ、と念を押してくる。お父様でもすぐには対策が浮かばないようだ。
「わかりました。ではこのまま試合をしましょう、お父様」
私とお父様は先ほどのお兄様との試合のように互いに距離をとる。
「始め!」
今度はリヒャルトお兄様の掛け声で試合が始まった。
お兄様との試合を見ていたお父様はその場に立ったまま動かない。私が詠唱無しに魔法を放つところを見ていたのだから向かってきては迎撃されるということがわかっているのだ。
「うん、これは正解だね、さすがはお父様…では、こちらから行きます!」
私はゆっくり歩きながら空に向かって5発のファイアーを放つ。放物線を描くようにお父様の位置に着弾するようになっている。…お父様になら多少当たっても大丈夫だよね…
ファイアー!ファイアー!…五つの魔法陣が現れては消える。
空に放たれた火の玉に、お父様が顔を向ける。その瞬間、私は全力で間合いを詰めた。以前にお父様達に見せたアイン式縮地法ではない。本気の走りだ。
「インビジブロック!」
魔法を唱えながら私は剣を抜く。
上方からの火の玉と前方からの私の攻撃。私の攻撃に対処しようとすると上からの火の玉が着弾する。なので少し後ろに下がるしかない。
「!!」
予想通り後ろにステップを踏もうとしたお父様の表情が固まる。私がお父様の後ろにインビジブロックで壁を作っていたのだ。お父様は剣を握り直し、正面の私を見据える。上への対処は捨てたようだ。
…うん、良い判断。
「エアショット!」
私は勢いそのままにしゃがんで足払いを繰り出す。そのまま当てては魔法の攻撃にはならないので空気の塊を飛ばしてバランスを崩させる。
「むわっ!」
よろめくお父様。ついでに後ろの壁も消しておく。もたれかかる壁が突如無くなり、後ろに倒れながら振られたお父様の剣先は私の頭のはるか上を通り過ぎた。
ズドン!ズドン!…ズドン!
直後にファイアーが着弾する。私は攻撃の手を緩めない。
「グラントファイアー!」
私の剣が炎を纏った。これは所謂魔法剣だ。ただし剣が炎を纏ったところで実際には大した効果はないと思う。見た目が派手なくらいかな。
「お父様、決着です!」
仰向けに倒れたお父様に私は炎の剣を向ける。一応、魔法を使わない攻撃は禁止ということで炎の剣にしてみたのだ。
「あ…あぁ、そのようだな。それにしても…アイン、お前…強いな!」
よっこらしょ、とお父様が起き上がりながら私を見つめる。お兄様達も駆け寄ってきた。
「アインが言っていた魔法騎士というのはこういう事か。確かに騎士が魔法を使えれば戦闘を有利に進められそう…
…いやいや、そもそもあんな魔法が使える者は今の魔法師の中にもいない…ん?何故魔法師はアインのような魔法を使わないんだろう?いずれにしてもアインが騎士になって戦闘に参加したら大変なことになるぞ…」
お父様が真剣な顔つきで考え込む。私にしてみれば魔法を使えるという有利な状況で最初から勝算のある試合だったが、お父様は私の動きに的確な反応を見せたし、最後のファイアーをまともに受けて今もほぼ無傷なのだからこの国の騎士はやはりレベルが高いようだ。
「どうでしたか、お父様?お父様には私を斬るという殺気がまるでありませんでした。お父様が本気になれば次はどうなるかわかりませんね。」
一応フォローも入れておく。
「アインに対して本気で斬るなんてできるわけがないだろう…まあ、これはアインの魔法学校へ行きたいという思いを認めないわけにはいかないな」
しかしアインには剣の才能、パン作りの才能、そして魔法の才能、いったいいくつの才能があるのか…とお父様がぶつぶつ独り言のように呟いている。本当は才能ではなくて他の人より少し知識があるだけなのだけれど…
「だがアイン、父さんが認めても実は魔法学校にアインが入学するのは簡単ではないのだ。まあ詳しいことは家に戻ってから話そう」
お父様は私の魔法学校行きを納得してくれたようだが、他にも何か問題があるようだ。
その後は、魔法はどうやって使うのだとか、あの魔法は何だとか、お兄様達にあれやこれや質問されながら私達は家に戻った。
家に戻りお昼ご飯を食べて、私は自分の部屋で休んだ。試合の疲れもあり少し眠ることにする。私が寝ていた間、お父様とお兄様二人はまた稽古に出かけたようだった。本当に元気だよね…