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12.魔法学校の話をする

 それから五日後に私はギルド会館で約束通りパンの製法を教えた。集まったのは五組の工房の職人さんで天然酵母の作り方からパンの焼き方まで丁寧に説明する。さすがはパン職人さんたちで説明してしまえば生地を捏ねたり焼いたりするのは私よりも当然だが上手かった。


 講習が終わった後、一人の職人さんが突然私の手を取ってぶんぶんと大ぶりの握手をしてきたものだから驚いてしまったが、どうやら先日の失敗スコーンを考えた職人さんだったようだ。私のアドバイス通りにやってみると仕上がりが軽い食感になりギルドでも継続して支援していくことになったらしい。


 帰りにはオズワルトさんから約束通り金貨20枚と今日の出張料と講習料ということで銀貨数枚を貰った。既にボルボワさんとオズワルトさんで手続きを終わらせてくれていたようだ。

 ボルボワさんには金貨10枚と銀貨の半分を渡す。この日も馬車で送ってくれたので銀貨は全て渡してもよかったがボルボワさんが受け取ってくれなかったのだ。妙なところで律儀な人だなと思う。


 手元に十分な資金も出来たし、商人ギルドに行けばそれ以上のお金を引き出すこともできる。街で紙とインクを十分に買い足し、私は再び魔法の研究に力を入れた。

 魔法の研究は主に魔法で出来る事、出来ない事を確認していき、出来た魔法の魔法陣を紙に書き留める。同じような魔法でも範囲や速度によって魔法陣に違いが出るので膨大な数の魔法陣になるが、私はそれをコツコツと書き留めた。そしてそれらを比べて同じ個所、違う箇所を調べ、その部分が魔法でどのような役割を果たすのか、また魔法陣に書かれた文字がどのような意味なのか、一つ一つ調べていった。


 例えばウォーターと名付けた水を出す魔法でも、出す水の量によって魔法陣が少し違ってくる。同じ部分はおそらく水を出すという根本的なところを構成していて、その違っている部分で出す水の量や速度、温度などを決めているのだと思う。それらを可変値とすることで逆に魔法陣から魔法を作ることができるということもわかった。


「本当にプログラムみたいだよね…そうするとこの文字は数字を表していて…」


 こんな風に私は魔法陣に書かれた文字の解読も進めていった。



 魔法の研究をしているとあっという間に日は経ち、お兄様達も前期の休みになったので帰ってきた。


「ただいまアイン!学校では随分成績が伸びたのだ!」


 帰ってくるなりエーリッヒお兄様が私に駆け寄り、学校での授業の様子を嬉しそうに話す。身体強化を覚えたエーリッヒお兄様は同期では相手がいないほどに剣の腕が上達したようだった。リヒャルトお兄様も前期の成績では優秀者の列に名を連ねたらしい。


「気の使い方が具体的に解ったからね。あれはとても応用が効くんだ。同期の者が目を丸くしていたさ」


 お兄様達は元々お父様の指導もあり剣の腕は上位クラスだったが、それでも飛びぬけてということはなかったらしい。次は主席を狙うんだと二人とも息巻いている。


 そして夕飯時には我が家の新しいパンに二人とも目を丸くして驚いていた。


「このパンは旨いだろう。アインが父さんのために焼いてくれたんだぞ」


 何故かお父様が自慢げに話す。


「…はむはむ」

「……はむはむ」


 そんなお父様には目もくれず、二人とも無言で食べ続けたのだった。

 夕飯も終わり、お兄様達もパンの衝撃から立ち直ったようで、皆でお兄様達の騎士学校での話を聞いた。


「…そこで私はアインに教わった移動法を使ったのです…素早い横の移動に先生はついて行けなかったようで初めて一本を取ることができたのです!」


 リヒャルトお兄様が先生との実戦訓練の様子を話す。


「後から先生に呼び出されて…あの動きは何だ?と。先生も興味深そうでしたよ。これはアインが入学した時には大騒ぎになるよ。私は次の年には卒業なので見れないのが残念だよ」


 あはは、と言ってお兄様が笑う。

 ちょうど私の話になったので、お父様に魔法学校について尋ねてみることにした。


「そのことですがお父様、私…実は魔法学校に行きたいと思っているのです。いかがでしょうか…」


「魔法学校!?」


 突然の私の告白にお父様がひっくり返りそうになる。いや、そんなに驚くことだろうか…


「アイン、本当か?…いや駄目だ駄目だ!」


「どうしてですか、お父様?私は魔法についてもっと学びたいと思うのです」


「魔法なんて学んでも何の役にも立たない。アインは王国騎士になるんだから騎士学校に行きなさい」


 役に立たないと言われても、私は既に魔法でいろいろなことが出来ている。少なくとも剣の稽古よりは私の役に立っているはずだ。


「お父様はイジワルです!もうお父様にはパンを焼いてあげません!」


 ぷいっ、と私がそっぽを向くとお父様がこの世の終わりみたいな顔をして慌てだした。


「あなた、そんなに頭ごなしに否定してはいけませんよ」


 少し事情を知っているお母様が助け舟を出してくれる。


「アインは家でも魔法のお勉強をしていて…少しは魔法、使えるんでしょう?アイン」


 お母様には私がこそこそと魔法の研究をしていることもバレていたようだ。…いや、こそこそでもないか。


「駄目なものは駄目だ!いいかいアイン。魔法というのは実戦では役に立たないものなんだ」


 お父様の発言に私は首を傾げる。


「どういうことですか?戦争でも魔法を使うと聞きますが?それに王国には魔法師もたくさんいるのでしょう?」


 魔法は使えないより使えた方が良いに決まっている。たとえお父様のように騎士になったとしても魔法を使えた方が絶対に有利ではないか。


「魔法というのは詠唱に時間がかかるのだ。騎士と魔法師が相対した場合、魔法師は絶対に騎士に勝てない。魔法を唱える前に倒されてしまうからだ。だから戦場でも魔法師は集団で大規模魔法を唱えて遠くから攻撃する。当然相手にも魔法師がいて攻撃魔法を防ぐ魔法を展開する。そういうやり取りが何度かあって後は騎士達の戦いになる。連れて行かないわけにはいかないが連れて行っても役に立たない、それが魔法師というものだ」


 せっかくアインは騎士としての才能があるのだから騎士学校に行った方がいい、とお父様が続けた。


 なるほど、詠唱しなければ魔法を発動できないのが魔法師の弱点というわけだ。確かに魔法を使うためにあの長ったらしくて恥ずかしい呪文を唱えなくてはいけないのなら、魔法師は魔法を使う前に敵にやられてしまうだろう。


「それではお父様、魔法が戦いの役に立つということがわかれば魔法を学んでも良いですか?…そうですね、私が魔法を使ってお父様と試合をして、もし勝つことができれば魔法学校へ行くことを認めて下さい」


 私も少し意地になっていた。お父様がむむっと唸って、顔をあげる。


「アインはどうしてそんなにも魔法学校に行きたいんだ?」


 実際は騎士学校よりも魔法学校の方が少しマシだろうという程度に思っているだけだけど、ここはもう一押し必要だろう。


「正直なところ、剣の稽古なら学校に行かなくてもできると思うのです。今も稽古はしていますし。学校に行っても私が学ぶことは少ないと思います。ですが魔法はちゃんと教えてもらわなければなりません。独学には限界がありますから魔法学校に行って基礎から学びたいのです。

 それに私は将来魔法師になりたいわけではありません。お父様のような強い騎士にも憧れます。ですが魔法が使えればもっと強い騎士になれると思うのです。そう、魔法騎士です!」


 魔法騎士と言う言葉に反応したのか、おおお!とエーリッヒお兄様が声をあげた。目がキラキラと輝いている。魔法騎士というのはこの国にはいないのですか?と私が言うと、お父様は首を振った。


「うーん、そんなのは聞いたことがないな。エーリッヒは知っているのか?」


「いえ、お父様、存じません。その、ちょっとカッコイイ響きだなと…」


 照れたようなエーリッヒお兄様の仕草に少し場が和む。


「うむ、仕方がないな。…ただし試合はリヒャルトにやらせよう」


 お父様の発言に黙って聞いていたリヒャルトお兄様が驚いた顔でこちらを向いた。


「私が、ですか?しかし、アインには勝てるかどうか…」


 エーリッヒお兄様なら意気揚々と向かってくるだろうがリヒャルトお兄様はそこのところ冷静だ。目を細めてじっくりと互いの戦力を分析している。実際お兄様達では絶対に私に勝てない。


「リヒャルトよ、心配はいらない。アインは魔法で試合をすると言ったのだ。剣の勝負なら不思議なことを思いつくアインに万が一勝てないこともあるかもしれないが、アインが魔法で戦うなら騎士として恐れることはない。魔法師相手の戦い方も学校で学んだだろう?それにリヒャルトは十分に強い。今すぐ王国騎士として戦場に出れる強さだと父さんは思うぞ」


 お父様に言われてリヒャルトお兄様も少し自信が出たようだ。


「わかりました、お父様。そうと決まればアイン、手加減は出来ないぞ」


 ニコッと笑ってお兄様が言う。私も笑みを作って返す。


「楽しみですわ、お兄様」


「怪我だけはしないでちょうだいね」


 お母様は相変わらずのほほんとした調子でそう言って、後片付けのために席を立つ。試合は明日ということで私も部屋に戻った。

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