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11.商人ギルドへ行く

 ボルボワさんとの約束の日、私は昼過ぎにボルボワ商会に足を運んだ。


「ごめんください」


 私が店に入ると店員さんがすぐにボルボワさんを呼んできてくれる。


「アインスターさん、お待たせしました。さっそくギルドに向かいましょう」


 私たちが店の裏口にまわるとそこには馬車が一台スタンバイしていた。…嫌な予感がする、これに乗っていくのだろうか。道が悪いせいかこの馬車は凄く揺れるのだ。


「ささ、アインスターさん、馬車にお乗りください」


 ボルボワさんに急かされて私も馬車に乗り込む。座の部分は綺麗な布が敷いてあるけど固い。私はこっそり魔法で長方形の透明なブロックを作り出す。それを座の部分から少し浮かし相対位置で固定してその上に座る。


 こんなこともあろうかと考え出した魔法だ。座と相対位置で固定しているので馬車が揺れると同じようにブロックも揺れるのだけど、ゆっくりと指定位置に移動するようになっているので直接振動は伝わってこないはずだ。サスペンションのようなものである。


 思った通り馬車が動き出してもそれほどお尻に振動が伝わってこない。これで馬車での移動にも耐えられるはずだ。


「おお!アインスターさん、今日もパンを作ってきてくれたのですね。これも私に売ってくださいますか?」


 私が手に持った籠を見つけてボルボワさんが嬉しそうに尋ねた。


「いや、もちろん今日の商談に使うためですよ。ただこの間のパンはもうなくなってしまいまして…緑色のパン、あれもほんのり苦みが効いて実に美味しい。ヨモギを使っているのですかな?」


「そうです、ヨモギの葉を練り込んでいます。他にもいろいろ入れてみると美味しいかもしれませんね」


 上機嫌のボルボワさんと話していると馬車はあっという間に目的地に到着した。ほぅほぅ、ここが商人ギルドか。

 見るとレンガ造りの荘厳な建物で三階ほどの高さがある。もちろん私の家よりも立派だ。


「ここが商人ギルドのギルド会館ですな。必要な手続きなど実務はほとんどここで行います。ちなみにギルド本部は貴族街の中央付近にありまして幹部の会合などはそちらで行われます」


 貴族街にあるということは商人ギルドの幹部は貴族が務めているのだろうか。


「ささ、中に入りましょう」


 ボルボワさんは乗ってきた馬車に待機場で待つよう指示し、私を会館の中へ促す。


「一階は手続きに来た商人たちで騒がしくなってますのではぐれないよう気を付けて下さい」


 そう言って受付へ向かう。確かに大勢の商人達で会館内はごった返していた。私もボルボワさんの後に続く。


「今は前期の決算が近いので特に人が多いのですよ」


 確かこの世界では一年は二期にわかれていて今が一期目の終わりごろにあたる。一期が終われば学生たちは休みに入るので久しぶりにお兄様達も帰ってくるのだ。


「ボルボワ商会のボルボワ様とアインスター様ですね。二階の第三応接室をお取りしております。こちらへどうぞ」


 受付の女性に促されて私達は階段を上がる。二階は一階とは違い、人も少なく閑散とした様子だった。


「只今オズワルトが参りますのでしばらくお待ちください」


 そう言って私達をソファーに座らせ受付の女性は部屋を出て行った。どうやら今日会うギルドの幹部はオズワルトという名前らしい。しばらく二人で座って待っていると、金髪にチョビ髭の細身な男が入ってきた。彼がオズワルトだろう。


「いやぁ、待たせたね、ボルボワ君。元気にしていたかね?」


「ああ、元気ですとも、おかげ様でね」


 二人は一通りの挨拶を交わす。そういえば元々の知り合いだと言っていたね。


「…ところでボルボワ君?そちらの可愛らしい女性は君のところの新しい従業員かね?」


 オズワルト氏が私をちらりと見て言う。


「いやいやオズワルトさん、こちらはアインスターさん。私が懇意にしている貴族のお嬢さんだ」


「初めまして。アインスター・アルティノーレと申します」


 私はスカートの裾をちょんと摘まんで挨拶をする。


「これはこれは、私は商人ギルドで食品販売部門長をしておりますオズワルトです。それにしてもこのような可愛らしい貴族のお嬢様が商人ギルドに御用とは珍しい。どうぞよろしくお願いしますよ」


 オズワルト氏が大げさにお辞儀をしてみせる。


「ボルボワ君、君のところも随分うまくやっているそうじゃないか?今日はどのような用件なのかね?」


「アインスターさん、このオズワルト氏は以前は服を作るための繊維の売買部門を担当していましてね、それでよくお世話になったものですよ。性格は捻くれておりますが、まあ根はいい方ですよ」


 ボルボワさんの言い様にオズワルト氏も顔をしかめた。


「ボルボワ君、君を世話した覚えはないがね」


「まあまあ。それで今日は新しいパンの製法について話があると連絡を入れておいたはずですが?」


 用件は言っておいたよね?とボルボワさんが肩を竦める。この二人、仲が良いのか悪いのかわからないね。


「そういえば、そんな事を言っていたかな…すまないね、私も忙しいものでね。そうそう、新しいパンといえば、今商人ギルドでも新しい製法を開発中でね。こちらは街で一番のパン工房がギルドに持ち込んだものなんだが…ちょうど今焼いているところなので君達も食べていくといい」


 ふふん、と目を細めてオズワルト氏がボルボワさんを見る。なんと突然のライバル出現!私もボルボワさんを見ると、ニンマリした顔でこちらを見返してくれた。


「新しいパンですか…いや、これはちょうど良かった。オズワルトさん!あなたはやはりとても運が良いようだ」


 ボルボワさんがオズワルト氏に言う。


「どういう事かね?」


 オズワルト氏が面白くなさそうな顔で尋ねる。商人ギルドでも新しいパンを開発中でしかも大手のパン工房で作られたものらしい。初めからボルボワさんの話に興味がなさそうだったが、なるほどそういう事か。話を聞いてボルボワさんが残念がると期待していたのかもしれない。


「いやいや、商人ギルドはその新しいパンの開発に無駄な資金を使う必要がなくなりますからな。アインスターさん、オズワルト氏にもこちらのパンを召し上がって頂きましょう。」


 どうぞ、と言って私はパンの入った籠をテーブルに置いた。


「ふむ、これが何か特別なパンだとでも言うのかね?」


 そう言いながらオズワルト氏がパンに手を伸ばす。そしてパンを手に取ったオズワルト氏の表情が硬くなる。


「ん!?ずいぶんと…柔らかい………な!!…これ…は…」


 オズワルト氏は一口食べると一瞬驚きの表情になり、それきり黙ってしまった。隣でボルボワさんがニヤニヤとこちらに顔を向けてくる。どうやらうまくいったようだ。


 コンコン。


「失礼します。パンが焼けましたのでお持ちいたしました」


 そう言ってギルド職員だろうか、綺麗な女性がパンを持って入室してきた。事前にオズワルト氏から持っていくように言われていたのだろう。部屋にいい匂いが立ち込める。


「あ、これは…その、まだ開発途中のもので…」


 はっ!としたようにオズワルト氏が口を開く。この慌てぶりはオズワルト氏も今自分が食べた私のパンの方が美味しいと思ったに違いない。素人がパンを持ち込むと聞いて本物のパンを食べさせて違いを見せつけてやろうとでも思っていたのかもしれない。ボルボワさんもオズワルト氏の思惑がわかっていたようで終始ニコニコ上機嫌だ。


「オズワルトさん?せっかくですので頂いてよろしいかな?とても良い匂いがしますな。ね、アインスターさん」


 職員さんが持ってきてくれたのは見た目は厚めのクッキーのようなパンだった。オズワルト氏が苦い顔をしている前で私も一つ頂く。


「あら美味しいですね、甘くてお菓子みたいです。でもちょっと重たい感じがしますね」


 私は率直な感想を述べる。相変わらずこの世界のパンはふっくらしていなくて口の中がもそもそする。これはあれだ、失敗したスコーンだ。


「卵と牛乳かクリームを使っていますね」


 私がそう言うとオズワルト氏がまた驚いた顔でこちらを見つめた。


「わかるのですか!さすがはこのパンを作った方だ…」


「さて、オズワルトさん。お忙しいようでしたら私達はこれでお暇させて頂きますが?」


 ボルボワさんがそう言って立ち上がろうとするのを見てオズワルト氏が慌てて引き留める。


「ボルボワ君!それはないだろう。いや、君の言う通りだった。こちらの新しいパンの開発は一旦中止にしよう。君達のパンの製法をこちらに売ってくれるということでいいんだろう?」


「そうですね。よろしいですね、アインスターさん?」


 ボルボワさんの言葉に私も頷く。


「それではオズワルトさん、商談に入りましょう。こちらの条件は…」


 私達がボルボワさんのお店で話していたような内容をオズワルト氏にも話す。オズワルト氏は途中質問を挟みながらふむふむ、と頷いている。最終的にまとまった金額については何故か金板6枚に増えていた


「ではこれで契約書を作りましょう。支払いについては契約時に金板2枚分を金貨で頂いて、残りは商人ギルドにアインスターさんの口座を作りそこに入れておくということでよろしいかな?」


 大金を家で保管しておくのは心配なので私もそのほうがありがたい。商人ギルドは銀行のような役割ももっているのだ。オズワルト氏も頷く。


「私どももそうしていただけるとありがたいですな。アインスターさんの口座はすぐにお作りしましょう。それでパンの製法についてはどのように教えていただけますかな?」


 話し合いの結果、商人ギルドでパンの製法を知りたい工房や職人を募集して、五日後にまとめて私が講習を行う。ギルドの職員にも講義を聞いてもらって以降は職員が製法を教えるということに決まった。


 一通りの話し合いが終わって部屋を出る。


「そうだ、オズワルトさん、これはサービスです。先ほど頂いた開発中のパンを作った職人さんにお伝えください。生地にバターを刻んだものを練り込むと良いですよ、その際バターが溶けてしまわないように手早く混ぜ込むのがコツですよ、と」


 美味しい食べ物はいくらでも増えると良い。私はそう言って部屋を出た。


「ボルボワさん?金額が増えていましたよね。増えた分はボルボワさんが収めてください」


「いえいえ、そういうわけにはいきませんとも。私は約束通り金板1枚で結構です」


 先行投資と思ってください、期待していますよアインスターさん!とボルボワさんが笑う。学校入学前の小娘に期待されても困るのだが、まあうちはお母様がこれからも懇意にしてくれるだろうから問題ないか…


 終始笑顔だったボルボワさんに帰りは馬車で家の近くまで送ってもらった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです!続きを読むのが楽しみです
[気になる点] 「おお!アインスターさん、今日もパンを作ってきてくれたのですね。これも私に売ってくださいますか?」←商人の質問  私が手に持った籠を見つけてボルボワさんが嬉しそうに尋ねた。 「い…
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