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私、引き籠って研究がしたいだけなんです!  作者: 浅田 千恋
終章 こんなハッピーエンドがあってもいいんじゃない?
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おまけ 『大陸縦断装甲列車カムパネルラへようこそ』

 汽笛。朝靄を切り裂いてどこまでも届きそうな重厚な音色が、私に朝の訪れを告げる。今日の一日が皆さんにとって幸せでありますように。と、そんなささやかな祈りを込めた、それは希望のファンファーレ。

 乗務員が乗る為のタラップは車両の一番前、運転席のある区画に設けられている。それを一歩一歩、踏み締めながら登ると、私の客室乗務員としての一日が始まるのであった。


 まる、と。


「おはよう、コマルちゃん。何してるの?」


「はぅ! あ、車掌、おはようございます。もう、びっくりしちゃったじゃないですか!」


 そう言ってほっぺたを膨らませる私に、ごめんごめん、と車掌が笑う。


「ほら、そんなに驚くとは思わなかったからさ。それで、何してたの? 随分楽しそうだったけど」


「日記を書いていたんです。これから始まる私の新しい冒険と活躍を記録に残そうと思って」


 そう、それは私にとって初めて見る世界。きっと何もかもが新鮮で驚きに満ちているに違いない。今も早速、驚かされたばかりだしね!


「日記かぁ、それはいいね。でも日記って、そんなに大声で朗読するものなのかい?」


 うへ! そんなつもりは無かったけど、どうやら昂る気持ちが漏れていたらしい。


「あは、まあそんなに緊張しなくても大丈夫。まだ初日だから、わからない事があれば何でも気軽に聞いてね」


 赤くなった頬を隠すように俯く私に、車掌が告げる。緊張してるわけじゃない。ちょっと恥ずかしかっただけだよ、車掌のバカ!


 と、そろそろ出発の時間。列車、というらしいが、このばかでかい鉄の塊が信じられない事に動くのだ。外から遠目にこれが動く様を初めて見た時は、それはそれは驚いて腰を抜かしそうになった。

 そして同時にその壮大さに憧れもした。


 ――――大陸縦断装甲列車カムパネルラ。


 その名前を知った時、私は思わず未だ真新しいその駅舎に駆け込んでいた。まるで初恋の相手に会うような気持ちで。



 私をここで働かせて下さい! 駅舎に着くなり、そう叫んだのを覚えている。


「ちょっと無謀だったよね。でも……」


 そうせずにはいられなかった。だがそのおかげで希望が叶ったのだ。


 駅舎で乗客を捌く駅員さんが何事かと飛んできて、私は車掌室というところに連れていかれた。休憩用のベッドが一つ、他には何も無い部屋。そしてそこに居たのが車掌のジョバンニさんだった。


 ……ふふ、あの時のジョバンニさんは寝起きのように髪をくしゃくしゃと掻きながら、ぼんやりした目でにへらと笑っていたっけ。


 一言二言ジョバンニさんと言葉を交わした駅員が部屋を出る。そして二人きりになってしまった私は、当初の勢いをすっかり失っていた。

 そんな私にジョバンニさんが問う。


「ええと、君はここで働きたいの? 生憎ここでは人員を募集してないんだけどなぁ」


「あ、あの、私、この列車を一目見た時……」


 その時どんな事を喋ったのか、私は覚えていない。言葉が勝手に溢れ、どんどん加速していったのだ。

 そんな私の様子を、ジョバンニさんはふむふむと相槌を打ちながら、嬉しそうに眺めていた。そして……


「ならこういうのはどうだろう。このカムパネルラの客室乗務員として働いてもらう。ああ、客室乗務員というのは、列車に乗って乗客の世話をしたり、次の駅舎の案内をしたりする仕事なんだけど」


 それからジョバンニさんは給金とか色々な条件とかを話してくれたように思う。だけど有頂天で心ここにあらずの私はその話をあまり聴いていなかった。

 だってカムパネルラに乗れるんだよ! 駅舎で働けばその雄姿を毎日見れる、とそう考えていただけなのに、乗れるんだよ!


「はい! やります! 客室乗務員やらせて下さい!」


「え! いいの? もっとよく考えた方がいいよ。カムパネルラが一旦この街を出ると、しばらくは戻ってこれないよ」


 話が終わらぬうちに被せぎみに答えた私に、ジョバンニさんが苦笑いを浮かべながら教えてくれる。


 なるほど、カムパネルラは私の住むこの街、ギュスターヴ領のはずれで本国とは海を隔てたディンドベルの港町を出発し、レブラント王国へ入る。そこで観光都市パルシュテ、王都レブランシティーを経てルーベンス王国へ。王都エドアールから美食の街フェルメールに到る。さらにそこから南に進み、ミレイ自治区を通って、大陸最南端のモーネの港町が終着駅となる。

 この間、ここを出てモーネに着くまでそれぞれの街で停車時間をたっぷりとって十日間、帰りも勿論同じだけの時間がかかる。


 でも家族のいない私にとっては、それはこの機会を逃す理由にはならなかった。


「大丈夫です! 私、一度フェルメールという街に行ってみたかったんです。美味しい料理やお菓子が次々に産まれる街、素敵じゃないですか! 是非やらせて下さい」


 そんな私の言葉にジョバンニさんはうんうんと頷いて、どこか遠くを見るような顔で微笑んだ。


「フェルメールは良い街だよ。アインちゃんの故郷だからね。よし、わかった、君を採用しよう。出発は三日後、それまでに準備を済ませてここへおいで。そうそう、これはうっかりしてた。まだ君の名前を聞いてなかったね。教えてくれるかい?」


「はい! コマルフィーネです! 宜しくお願いします」


 そうして私は、カムパネルラの客室乗務員になった。



 線路の軋む音が響き、私を乗せたカムパネルラがゆっくりと動き出す。車庫から駅舎へと向かうのだ。ディンドベル出発の時は近い。


「コマルちゃん、準備出来た? 駅舎に着いたらお客さんが乗ってくるからね」


 車掌席のジョバンニさんが笑顔で振り返る。その隣では運転士のトールマンさんがにっこり親指を立てた。

 やがてカムパネルラが静かにその動きを止める。駅舎に着いたのだ。


 この列車は先頭車両に運転席と車掌席、それと私を含めた乗組員の控え室兼寝室。その後ろにお客様を乗せる四つの個室を備えた車両が十一並ぶ。なんでも乗車賃が高い為、お客様は皆お金に余裕がある者ばかりだという。


『ご乗車のお客様はゆっくりと指定のお部屋までお進み下さい』


 駅舎にアナウンスが流れる。私も客室車両へのドアを潜る。すると驚きと感嘆の表情を浮かべたお客様がわらわらと乗り込んできた。皆一様に顔を綻ばせて。


 私とカムパネルラの旅が今始まる。きっと楽しく、驚きと興奮に満ちた旅になるに違いない。


 私はお客様に負けない笑顔で告げる。



「大陸縦断装甲列車カムパネルラへようこそ!」



(おわり)


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 結局、後輩ちゃん(同い年)は出ただけでしたか……
[良い点] 大変善きかな [気になる点] 20歳あたりくらいまで話続けてほしかったあああ
[一言] 面白かったです。 良い物語をありがとうございました。
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