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私、引き籠って研究がしたいだけなんです!  作者: 浅田 千恋
終章 こんなハッピーエンドがあってもいいんじゃない?
108/109

97.私、引き籠って研究がしたいんです!

 ――――10年後



「出来た。試作第一号がやっと出来た!」


 ガシャン、ガシャンと機械音が響く中、私は思わず歓喜の声を上げた。机の上には先程までぴくぴくと動いていた魚達の成れの果てが残る。おっと、後で綺麗に片付けなくちゃだね。


「あれ? でも、何か忘れているような……」


 その時、バタリと音を立てて研究室の扉が開いた。


「所長! いや、もう何してるんですか、探しましたよ。準備は出来ているんでしょうね? って何ですか、この生臭い匂い」


 そう言って入ってきたのはモーリッツさんで。その声は大音響の中、自然大きくなる。


「どうしたんですか、モーリッツさん。そんなに慌てて。それより見てくださいよ、出来ましたよ、ほら」


「どうしたじゃないですよ、所長。そろそろ行きませんと…… って、おお! 出来たのですね、それが所長が仰っておられた缶詰というやつですね」


 モーリッツさんの顔に興味の色が広がる。そう、私は今、缶詰を作っていたのだ。ダニエルさん特製のプレス機で缶を作り、その中に鯖のような魚の味噌煮を入れた。ガシャガシャと煩い音を立てているのはその缶詰作製機だ。


「ほう、これは僅かな隙間も無いですね」


「ええ、空気を抜いて密封してあるので雑菌が繁殖しません。先程、最後の加熱殺菌を行いましたのでこれで完成です」


「それでこれはどのくらいの期間保存が効くのですか?」


 私はモーリッツさんに向けて片手を開いて見せる。


「五日…… ですか、また微妙ですね。それなら缶に詰めなくてもいいのではありませんか」


 ちっ、ちっ、モーリッツ君、違うのだよ。


「五日ではありません、モーリッツさん。それは五年経っても中の食品を食べる事が出来ます」


「五年! 五年ですか、所長。それはまたとんでもない物を作りましたね。それだけ保存が効くとなると緊急時の保存食などに最適ではありませんか。これは革命ですよ!」


 そうだろう、そうだろう。食品の保存は王国にとっても重大な関心事、また在庫を抱える事の出来る商人達も放ってはおかないだろう。


「といっても今完成したばかりで検査もしていませんから、本当に五年保つかどうかはわかりません。それに味は確実に落ちますので実際には三年程保てばいいでしょう。それで、モーリッツさん?」


 確か彼は私に何か用事があってここへ来たのではなかったか。


「私に何か用でしたか?」


 私のその問いに一瞬きょとんとしたモーリッツさんだったが、直ぐに我に返り思い出したように口を開いた。


「そうでした! いや、何か、じゃないですよ、所長。こんなところで研究をしている場合じゃないですよ。今日は所長にとって大切な日ではないですか!」


 大切な日…… そうだった! 今日は大切な日だった!


「ヴェルギリウス所長(・・)は随分前に王宮に向かわれましたよ。アイン所長もご一緒かと思っていましたが、念の為と思い来てみたら」


 しまった、もうそんな時間だったか。緊張を紛らわす為と思いこの部屋に入ったら、ついつい夢中になってしまった。


「もう! 何で早く言ってくれないんですか、モーリッツさん! 缶詰を眺めている場合じゃないでしょう!」


「所長が渡したんじゃないですか。さあ、早く行って下さい。ここは私が片付けておきますから」


 そうだった、全部私が悪いのだ。全く、モーリッツさんにはいつも苦労をかけるねぇ。


「ありがとうございます、モーリッツさん。後の事はお任せしましたよ、副所長!」


 そう言って慌てて扉を出ようとする私にモーリッツさんが再び声を掛けた。


「副所長といっても今のところ私と所長しかいないじゃないですか。アイン所長、私はこれでも非常に残念に思っているのですよ。貴女は今でも私の憧れの人だ。もし貴女に何かあったら、私はヴェルギリウス所長を許しませんよ」


 うん、ありがとうモーリッツさん。モーリッツさんは最後まで私について来てくれた。この新しく出来た科学研究所にまで。第二魔法研究所の隣に建てられたこの小さくも真新しい研究所は私とモーリッツさんの城なのだ。


「勿論これからもついて行きますとも」


「はい、ありがとうモーリッツさん。本当はモーリッツさんにも来て頂きたかったのですが、ここを空ける訳にもいかないので」


「ふふ、アイン所長、いいのですよ。私はこれでも悔しいのですから。さあ、早くいってらっしゃい」


 私は走りながらモーリッツさんに笑顔で手を振る。ゆっくりと閉じていく扉、その隙間に見えたモーリッツさんは笑っていた。



 あれから十年、ギュスターブ帝国の一件があってから早いものでもう十年になる。それでも私はその十年間の事をしっかりと覚えている。


「結局、帝国との戦争にはならなかった」


 私はカートのハンドルを握りながら当時の事を頭の中で思い描いていた。


 裏でどんなやり取りがあったのか、正確なところを私は知らない。だがおそらくはヴェルギリウス様が手を廻したのだろう。それはボグナーツ教会の長、教皇パロデアウスの独断と暴走という事で決着を見た。そしてあの戦いの折、敵の総司令官として捕らえられた当の教皇パロデアウスは帝国との和平会談の後、帝国側に引き渡された。


「帝国内、そして教会内でも色々あったみたいだけど」


 それらは結局のところ一枚岩では無かった。帝国皇帝の思惑や教会内部の反対勢力によってパロデアウスが再び元の地位に納まる事は無かったのである。


 その後、ルーベンス王国でその手腕を振るったミケラン神父は教会本部の重鎮として迎えられる事となり、彼の働きかけによって王国と教会の関係は改善の一途を辿った。そして……


「あっという間の五年間だったけど、楽しかったよね。ギュスターブ帝国にはルーベンスに無いものも沢山あったし。ギュスターブ十七世も面白い人だったし」


 私はあの一件の後、神聖ギュスターブ帝国に留学したのだ。まあ、留学と言ってもそれは名目で、魔法文明の遺跡調査や魔法の共同研究を行っていたのだけど。


 そしてその留学はヴェルギリウス様と一緒だった。


「あ、列車だ!」


 見ると私が走る直ぐ傍を、王宮に向かう列車が通り過ぎていく。それはカムパネルラを幾分かスリムにし、列車としての本来の機能を充実させた後継機だった。その通り過ぎる列車の窓から、顔を出して手を振る人の姿が見える。


「お父様…… 早く行けとか何とか言ってるのかしら」


 私は小さくなってゆく列車に手を振った。まあ、呑気に手を振ってる場合じゃないんだけどね。私が遅れたんじゃ様にならないし、それにヴェル様にも申し訳が立たないよね。


「ヴェルギリウス様、か。最初は不愛想な人だと思ったんだけどなぁ」


 いや、今でもそうだ。ヴェル様は基本的に表情を変えない。でも時折見せる僅かな変化が私には愛おしかった。


 帝国への留学中、そして再び王国へ帰ってきてからの数年間、私はヴェル様と沢山の事を話した。魔法の事、研究の事、私の記憶にある世界の事、ヴェル様の事、私の事。未来の事。

 どれも他愛もない話だった。時に真剣に、時に笑いながら、私達は色んな事を話した。


 そしてある時、ヴェル様は言葉少なげに私にプレゼントをくれた。


 ――――これを其方に。


 それは魔力がぎっしりと詰まった大振りの魔石だった。私の元居た世界では婚約に際して宝石を贈る、そんな話をヴェル様は覚えていると言って。


 私はそれを受け取った。戸惑いながらも迷いはなく。その意味を理解した上で、私はそれを受け取った。私の見ている世界をヴェル様も見たいと言った。それは私も同じだった。私もヴェル様が見ている世界を、その未来を見たい。


 一緒に、隣で。


「でもこんなに大袈裟にしなくてもよかったんだけどなぁ」


 これから向かう王宮ではさぞ華やかな準備がされている事だろう。それを思うと何だか恥ずかしくなる。私は研究所でささやかなパーティが出来ればそれで良かったんだけど。


「ギルベルト様がどうしてもって言うから」


 ギルベルト様は滅多な事では王宮を離れられないらしい。それもその筈、彼は今や騎士団の団長では無く、ルーベンス王ギルベルト、そうこの国の王様なのだ。


 私達がギュスターブ帝国に居る間に、ギルベルト様が王様になった。詳しい事はわからないが、何でも初めはヴェルギリウス様が王様になる為の算段をしていたらしい。私にはわかる、きっとヴェル様の事だ、私を守ると言ったその言葉を確かなものとする為に王様になろうとしたのだろう。


 そうして王様になったギルベルト様は私にそっと言った。


「ヴェルギリウスのやつが王になったら周りの者が迷惑するだろう。だから俺が代わってやったんだ。迷惑するのはアインちゃん一人で十分さ」


 その言葉には私も思わず笑ってしまった。確かにヴェル様が王様だなんて想像がつかないし、本気を出したヴェル様には皆ついてこれないだろう。そして私はギルベルト様の優しさに感謝した。ギルベルト様のおかげで私もヴェル様も研究に打ち込む事が出来る。

 

「ギルベルト様がヴェル様のお友達で本当に良かった」


 王宮が見えてきた。私とヴェル様の結婚式、思えばこうなる事を誰が予測しただろうか。私自身でさえ、それは思っても見なかった事だ。私は、ただ……


 ……私はただ、一人で引き籠って研究がしたかった。それだけだった。


 でも。


 これからは。


 ――――引き籠って研究がしたいんです。


 二人で、一緒に。



 


 了。

 


 

皆様、ご愛読頂きまして誠にありがとうございます。本編はこれをもちまして完結となります。長かったこの物語に最後まで目を通して頂く事は、書いている私よりも大変だったかも知れませんが、よくぞ最後までお付き合い頂きました。感謝しております。


作者として初めての小説で、拙い点も多々あったかと存じます。また誤字脱字なども多く、その度に誤字報告を頂きました事、大変有難く思っております。


そして感想や評価など、私にとってどれも大変大きな励みとなりました。ありがとうございました!


さて、物語は完結したものの、未だ完結済になっていない。そう、次回も更新させて頂きます。まあ、おまけみたいなものです。蛇足? うん、そうかもしれません。

実はこの世界を舞台にした別の物語をいくつか考えていて、その内の一つを公開させて頂こうと、こういう訳なのです。


というわけで、次回2月21日17:00が最後の更新です。よろしくお願いします。


              loooko


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― 新着の感想 ―
[気になる点] いや~、さすがに主人公とヴェルギリウスの年の差が開きすぎでしょ。 大切な存在だからと言って結婚以外の選択だってあるでしょ。 上位貴族の当主が30過ぎでも独身でいるなんて中世の世界観では…
[良い点] おもろい('・ω・')
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