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私、引き籠って研究がしたいだけなんです!  作者: 浅田 千恋
第五章 神聖ギュスターブ帝国
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94.アインの参戦

「ヴェルギリウス様のところへ行ってきます、お父様」


 どうして私は泣いていたんだろう。お父様に叱られたからではない。私がお父様に包まれた時、確かに感じたその温かさは心地よいものだった。そして私は思い出す。研究所の皆とあれやこれやと騒いでいる時、小隊の皆と訓練をしている時、ヴェルギリウス様と他愛もない言葉を交わしている時、同じような温もりに包まれていた事を。


「父さんがアインを叱ったのはお前がまだ赤ん坊だった頃以来だな。アインは覚えていないかも知れないが、あの時のお前は大変だったんだぞ。体を拭こうとすると暴れるし、着替えさせようとしても暴れるしでな」


 うん、しっかり覚えてるよ。だって恥ずかしかったんだもの。服を脱がされるのもそうだし、それにお父様ったら裸で抱き着いてくるんだもん。そりゃ暴れるよね。


「もう、お父様ったら、そんな赤ん坊の時の事なんて覚えてませんよぅ」


 よし、視界も良好。お父様、ありがとう。お父様の言葉で私は安心したのかも知れない。本当は帝国なんかに行きたくなかった。だけどそれしか最適解が無かった。私にとってはそれが唯一正解だったのだ。だけど……


「正解なんて無かったのかも知れない」


 ううん、それは私が答えを出す問題ですら無かったのかも知れない。私はきっと周りにちやほやされて奢っていたのだ。私は本当は何も知らない、何もわからない。だから皆を頼って、皆に甘えて、それでいいのかも知れない。


「ん? アイン、何だって?」


 私の言葉にキョトンとした目で首を傾げるお父様に笑って手を振る。皆が私の為に戦ってくれている。だから私もこの戦いを終わらせる。その後の事はまた考えればいい。私だけじゃなく皆で、うん、きっとヴェルギリウス様なら良い方法を考えてくれる筈だ。


 だから皆のところへ行こう。そしてもう一度、お父様…… ありがとう。



「ふん、随分こっ酷く叱られてきた様だな」


 戻った私の顔を見たヴェルギリウス様がそう言って目を細めた。


「そんな事はありません、ヴェル様。それより、あの、ヴェル様…… ごめんなさい、勝手な事をしてしまいました。ヴェル様には動くなと言われていたのに」


「ん? 其方はまだ何もしていない、そうであろう? まあ言い訳は後で聞くとして。それでアインスターよ、其方はどうするのだ? ここで見ているか、それとも」


 戦いに行きます、と私。その言葉にヴェルギリウス様が頷いた。


「わかった。だが今の其方が一人で船団に乗り込んでも混乱するだけだ。敵の狙いが其方だという事もある。だからここで皆の指揮を執れ。これより其方の小隊、それにアイザックの部隊、この二つを中隊として編成する。中隊長はアインスターだ」


 尤も生徒達は正規の隊員ではないがな、とヴェル様。するとその言葉が終わるのを待っていたかの様に、私の目の前に先程まで最前線で戦っていたシズクさんが姿を現した。


「……アイン、あの船、堅い」


 おそらくあれは只の鉄鋼船ではない。一つにはシズクさんが言ったその装甲、カムパネルラと同様にそこには対魔法障壁が組み込まれているのだろう。そしてもう一つ、先程から見ているとその船体に全く揺れが無い。つまり水に浮いているのではなく、大掛かりな魔法によって位置を固定しているのだ。そもそも水に浮くようなバランスの船体には見えない。


「シズクさん、あれは外からの魔法攻撃には滅法強いのです。ですがあの船には弱点があります。先程一隻が燃えていた様に内部に火を放つか、もしくは内部の魔法陣」


 そう、その内部には核となる魔法陣が存在する筈だ。それはおそらくカムパネルラの動力部の様に大掛かりな装置になっている。それを破壊してしまえば、魔法によって姿勢を維持していた船は自然海に沈む。


「魔法陣の位置は船体の底部、丁度水面の辺りです。ですからシズクさんはまずその事をアイザック先生に伝えて下さい。その後小隊を編成して……」


 機動力の優れたシズクさんは直接船に潜り込み魔法陣を破壊する。それをサポートするのはナイトハルトさんとジャンヌさん。これで一隻。そしてベンジャミンさんとジョバンニさんの仲良しコンビにもう一隻を担当してもらおう。残りのメンバーは外側からの援護だ。


「……アイン、わかった。それと……」


 早く来ないとアインの分が無くなっちゃうよ、とシズクさん。そして言葉を返すより早く、シズクさんは私の前から走り去っていた。


 アイザック先生とリチャード君達で二隻、小隊の皆で二隻。後は既に炎上している一隻ともう一隻。これは私がやろうかな…… っと、その前に。


「ヴェルギリウス様! 直ぐにラプラスさんを呼んで下さい! って言っても呼べないですよね。どうしよう、ギルベルト様にお願いするか……」


「ギルベルトは駄目だ。奴には奴の仕事がある。それに心配しなくてもラプラスならここに来ているぞ。駅舎に詰めている筈だが」


 そんな当たり前の様な顔で言われても困る。そしてそれならもっと早く言ってくれれば良かったのに。私はさっきまでその駅舎の近くに居たのだ。


「では私は直ぐにラプラスさんのところに行ってきます。その間に万が一敵船団からの砲撃があればヴェルギリウス様、お願いします。またさっきのやつ、やっちゃって下さい」


「承知した。では早く行ってくるがよい、そうしないと瞬く間に船が沈むぞ」


 そんな事はわかっている。シズクさんの攻撃力、それにアイザック先生の魔法を考えるともう既に勝敗は決している…… って、あれ? 何でそれをヴェルギリウス様がそれを? もしかして……



「ああ、アイン所長。来ると思っていましたよ。おかえりなさい」


 私が駅舎に飛び込むと、そこには笑顔で待ち構えるラプラスさん。


「ラプラスさん! 今直ぐに船を用意して下さい。出来るだけ多く、それに急いで」


 私は早口で捲し立てる。間も無く帝国の船は一隻残らず海に沈む。船が沈めばそこに乗船する多くの帝国兵士が海に放り出されるのだ。既に燃え盛る一隻からは次々と退避を始めている。それらの人達を救助する為の船が必要だった。今からそれだけの事をやってのける人はラプラスさんを置いて他に無い。


「承知しました。ふふ、アイン所長ならそう言うと思っていましたよ。ですから既に準備は出来ております」


 焦る私に対して落ち着いた様子を崩さないラプラスさん。準備万端、やはりそうだったのか。なら、そう言ってくれれば良かったのに、ヴェルギリウス様!


「まあ怒らないで下さい。アイン所長が指揮を執られているのでしょう? でしたら何事にも形式というものが必要ですから。それに街の住民に船を提供するよう要請しましたが、戦いが終わるまでは危なくて救助に向かう事が出来ませんので」


 ラプラスさんの言う事は尤もだ。だからなるべく早く戦いを終わらせなくてはならない。残る一隻、ああ、また早く戻らなくちゃいけない。全く、もう!


「それでは改めて、こちらの段取りは全てラプラスさんにお任せします。私はまたヴェルギリウス様のところへ戻りますが、あの、ラプラスさん、私の意を汲んでくれて本当にありがとうございます。頼りにしてます」


 そう言って走り出した私にラプラスさんは笑顔で手を振った。この人はいつもこうやって平気な顔で全ての準備を整えてくれる。だからこそ私は私の思った事を行動に移せるのだ。本当に感謝してます、ラプラスさん。そしてお父様の言った通り、私は沢山の人に感謝しなければいけないんだね。

次回は1月31日17:00更新です。

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