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私、引き籠って研究がしたいだけなんです!  作者: 浅田 千恋
第五章 神聖ギュスターブ帝国
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90.貴族会議

 貴族の義務、私のその言葉に、集まった者達はその正確な意図を探ろうと思案を巡らせているようだった。私は先日ラプラスさんに伝えた内容を繰り返す。


「……この様に病気、怪我などで医療施設を利用する際の個人負担を原則として無償とします。代わりに住民の数、街の規模に応じてその土地の領主が一定の額を負担します。また王都に基金を設け、土地を持たぬ貴族の皆様に参加して頂きます。これは各地域の急な負担増を和らげる為、王都における医療施設運営の為、そして技術開発費用の為、となります」


 全ての王国貴族がその内情に合わせて医療を支える。これが新たな王国での医療原則、アインスタープリンシパルだ。


「その医療施設とやらが教会の役割を果たす。なるほど、それでは教会との関係を絶て、とそう申されるのですかな」


 各地の領主から異口同音の声が上がる。


「必ずしも教会との関わりを絶つ必要はありません。治療行為以外にも教会が存在する意味はあります。信仰の対象としての教会、それを排する必要は無いと思います。要は領主の裁量で負担割合を考えれば良いのです」


 尤も現状では教会側から絶縁状を突きつけられているような状況なのだ。それはここにいる領主の皆も理解している。


「領主が領民の為、ひいては領地繁栄の為という名目はよくわかる。私も親類が辺境を治めているわけであるからな。しかし一方で領地を持たぬ貴族にとってそれは何か利のある話なのだろうか。いや、これは私が資金の拠出に反対しているという話ではないからそのつもりで聞いて欲しいのであるが、一概に貴族といってもその大小は様々だ。中には負担に耐えかねる貴族もおろう。それらを説得する為の材料は何かあるのかね」


 そう言って難しい顔をこちらに向けたのはイェーガー公爵。今ここにいる公爵家の面々は普段は王都に詰めているが地方にはその領地を持つ。ヴェルギリウス様やギルベルト団長とてそれは同じだ。

 おそらく公爵は貴族の代表として、他の貴族を慮って発言したのだろう。


「それについては……」


 そう私が口を開きかけたところで、領主の方からも再び声が上がった。


「公爵、恐れながら貴殿の物言いですと我々領主ばかりが良い思いをしている様に聞こえますぞ。私ども領主とて資金の遣り繰りには苦労をしておるのです。それに領地にその施設を置くという事は領民以外もその恩恵を受けるという事ではありませんか。やはりここは皆で負担を分かち合うのがよろしいのでは」


 ほぅ、やはり紛糾してきたか。資金を出すという事は全ての貴族にとって大きな問題だ、それはわかっている。だけどそれは想定済み、私もここで退く訳にはいかない。


「一つよろしいかな?」


 しかし私の発言はまたも遮られた。全員の視線が一か所に集まる。その視線を受けたのはマグナドルテ、かつてアイザック先生に絶対零度アブソリュートゼロと言わしめた冒険者ギルドの長だった。勿論彼はこの国の貴族ではない。

 だがそうそうたる王国貴族に囲まれても物怖じする様子は一切無く、反対に会場をぐるり見渡すその視線から目を背けたのは一部の貴族達の方だった。


「私はルーベンス王国内の冒険者ギルドを統括しますマグナドルテと申します。私は今日ここにギルド本部の代表として招かれた訳ですが、先程から皆様のご発言を聞いておりますと、くくっ、失笑を禁じ得ませんな」


 突如投げ掛けられた挑発するようなその言葉に、しかし声を荒げる者はいない。


「アインスターさんの仰っている事は、国が民を守るという当然の事ではありませんか。そしてこの国の中心にいらっしゃるのはあなた方貴族の皆さんだ。ここにアインスターさんがもたらした、他には無い素晴らしい技術がある。それは何の為の術か、国民の為ではないのですかな? それをこぞって資金の提供を申し出こそすれ、私には無駄な議論を重ねているようにしか思えません」


 それは正に氷の様な冷たい瞳で。


「勿論その恩恵に預かれるのはこの国の民だけではありません。ギルドが抱える冒険者と呼ばれる者達の中にはこの国の民でない者も多くおりますからな。ですから私が今日ここに馳せ参じた訳ですが、我々冒険者ギルドはアインスターさんの方針に全面的に協力致します。そう……」


 ――――金を出す! と言っているのです。


 恫喝ともいえるその迫力に一瞬その場が静まり返った。だがこのマグナドルテさんの後押しは有難い。この人を呼んでおいてよかった。人を動かす最後の一押しは理屈ではなく感情なのだ。


「はい、マグナドルテさんの言う通り、冒険者ギルドは私が提示した王国の医療政策に全面協力を約束してくれました。同じく商人ギルドからも資金面で協力したいと申し出を頂いております。おそらく自分達の身を自分達で守るという思いがあるのでしょう。そこで先程の問いにお答えします」


 貴族が医療を支えるその対価、はっきり言ってそんなものは無い。


「ですが病気になったり怪我をしたりするのは貴族の皆さんも同じです。いえ、戦いに赴く騎士などの身分を考えると貴族にとってこそ必要な施設だといえるかも知れません。ですから自分達の生命を自分達で守る、その為の拠出だと考えて下さい」


 この国は、この世界は戦争をしている。戦争とは人を傷付ける行為だ。戦争が起これば人は傷付く。程度の差こそあれ、それは絶対だ。医療はその対極に位置する。それはやはり程度の差こそあれ、人を助ける行為なのだ。戦争のあるこの世界では医療は絶対に必要なのだ。


「先程マグナドルテさんはこぞって資金の提供をと申されましたが、その必要はありません。皆で取り決めた分を皆で負担する、それだけでこの制度は成り立ちます」


 制度として継続的に医療体制を維持していくならば、むしろその方が良い。


「最後に、勝手ながら私自身がこの基金の設立の為に必要な資金を提供致します。これは貴族としての私が果たす義務とは別だとお考え下さい。提唱者としての責務、これが私のノブレスオブリージュです」


 持てる者の義務、ノブレスオブリージュ。その額を聞いて会場がざわめいた。それは私がこれまでダニエルさんやボルボワさんと関わりを持ち、手に入れた資産の全てだった。研究所の年間予算よりも遥かに多い。


「失礼な言い草だが……」


 私の発言で喧騒の冷めやらぬ中、やがてそう言って口を開いたのはウォーレン公爵だった。


「アインスター伯はつい最近貴族に叙せられたばかりの言わば新参。その伯爵がこれだけの資金を提供すると申されておるのだ。我々古参の者が渋っては末代までの恥となろう。私はアインスター伯の、研究所からの提案を全面的に支持する。イェーガー公爵、其方はどうだ? シュレディンガ公爵、ハインリヒ公爵、異論は無いな?」


「ああ、私も是とする。騎士団にとってこの施策の意味するところは大きい。なあ、ハインリヒ公」


 イェーガー公爵の視線を受けて、そうですね、とギルベルト団長。そして最後にヴェルギリウス様が無言で頷いた。


「皆様、ありがとうございます。今後は第二研究所のラプラスが運営に必要な予算を試算致します。それを以て拠出金の負担割合をお決めください」


 大筋の方向性は決まった。後は実務の鬼、ラプラスさんに任せておけば大丈夫だ。私はほっと一息つき、改めて一同を見渡す。


 地方領主の表情は様々だ。大公爵四人が是としたのだ、辺境領主がもはや異を唱える事など出来ない。それで渋々、といった者もいるだろう。だがフェルメール領主のドレイク侯爵、それに以前に崩落事故で医療チームの活躍を目の当たりにしていた領主達は私に笑顔を向けていた。


 見るとギルベルト団長もにこにこと笑みを浮かべて頷いている。おそらく初めから私の提案を支持してくれていたのだろう。終ぞその必要は無かったが、万が一の場合には助け船を出してくれるつもりでいたのかも知れない。そして団長と同じく終始無言を貫いたヴェルギリウス様……


 笑っているようにも見える。だけど、何かが違っているようにも見える。ヴェル様はずっと何を思案していたのか。私の心持ちがそう思わせるだけなのか。

 私の視線は吸い込まれる様に、その綺麗な横顔に留まっていた。



次回は1月3日17:00更新です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 治療行為全般を他国(宗教)に握られてる事に 危機感を抱いていない貴族もいるのですかねぇ? 医療技術の重要さを、教会の方が危機感を持って 高く評価してるのが面白いですね。 軍を動かすのも戦争…
[良い点] まだ、引き籠る為の前段階ですよね [一言] >これが私のノブレスオブリージュです 自分の所に自分の資金をいれただけですよねw 医療従事者増やせばデータ取りも増やせるので…
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