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私、引き籠って研究がしたいだけなんです!  作者: 浅田 千恋
第五章 神聖ギュスターブ帝国
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89.貴族の義務

 私は怒っている訳ではない。ヴェル様にはむしろ感謝していた。感謝はしていたが、だからといって何もしないという訳にはいかないのだけれど。



 ギルベルト団長の言葉を思い出す。ギュスターブ帝国は私の身柄を要求している。即ち私が大人しく帝国に投降すれば戦争にはならない、という事だ。それは帝国の標的がルーベンス王国ではなく、私個人だという事を意味している。

 それ程帝国にとっては私のしてきた事、この国における医療改革が邪魔だという事だろう。


「当然と言えば当然、なんだよね」


 このような事態になるのは医療というこの世界には無い概念を掲げた当初から半ば想定はしていた。だから教会との連携を図ったのだ。その領分をなるべく侵さない様に。ただ私の想像以上に帝国における教会、回復魔法の利権は大きかったのだろう。


「教会組織と治療行為の分離…… 信仰の対象としての教会組織……」


 それが可能だと私は考えていたが、帝国にとっては正にそこが生命線だった訳だ。


「だけど……」


 ここで医療の概念を撤回し白紙に戻す事は出来ない。今の教会組織では、彼らが占有する回復魔法だけでは、この国の国民全ての治療は不可能だからだ。

 尤も今の、立ち上げたばかりの医療機関だけでは同じように全ての国民の期待に応える事は出来ない。それもまたわかっている。だがそれでも医療の先には国民の幸せがあるのだ。限りなくその理想に近付ける事は出来る、と私は思っている。


「その為にも今のうちに制度を整えておかなくちゃいけない」


 幸い、私が手掛けてきた様々な事業や計画は既に軌道に乗っている。ジョバンニ君が、モーリッツさんが、マルキュレさんが、私の期待に応えてくれた。この先の研究も彼等なら問題は無い。

 そして医療についても薬の開発、施術、それらの技術は浸透し、医療を施せる体制にある。後はそれを皆が受けられる制度、その構築だけだ。


「ギュスターブ帝国は関係ないから、いいよね」


 大丈夫な筈、だ。ヴェルギリウス様は研究を続けろと言ったのだから問題は無い。これは研究所の次のステップなのだ。



「……と言う訳で、ラプラスさん。研究所の医療構想は次の段階に入ります。これから私が言う方々を一同に集めて下さい。まずヴェルギリウス様、ギルベルト様、それにウォーレン公爵……」


 この日私はラプラスさんを呼び出していた。私が挙げる名前をラプラスさんが控える。


「ふぅ、これだけの方々を集めるとなると日程の調整に時間がかかりますが宜しいですか? それに研究の為と仰られても相手は公爵閣下も数名いらっしゃる。ヴェルギリウス様はともかく、他の方々を呼び付ける名目が必要です。どのような用件といたしましょう?」


「時間は掛かっても仕方ありません。ですがなるべく急いで下さい。それと用件は…… そうですね、医療制度、全ての領地で、全ての国民が医療を受けられる制度の構築を提案する、とお伝え下さい」


 私の言葉にラプラスさんが目を丸くする。既にこの国では医療がどういうものかという事は人々に知れている。だが現状ではそれを受ける機関が限られ、また当然だが治療費も掛かる。その全てを研究所の負担とすればたちまちその運営は破綻する。

 その事が誰よりもわかっている私の口から、全ての国民が医療を受けられる制度という言葉が出たのだ。そりゃ驚くだろう。


「考えが、お有りなのですね」


 私は頷く。その頷きにラプラスさんの目がキラリと光った。これはどちらかというとラプラスさんの領分だ。しかしそのラプラスさんにして、皆が医療を受けられるという発想は無かったに違いない。


 それはおそらく感覚の問題だろう。あるサービスに対して対価を支払う。その当たり前の経済活動の中で、全員が無償で受けられるサービスというのは異例だ。

 だけどその感覚が私にはある。例えば医療保険制度、勿論これは無償ではないし、これをそのままこの世界に当て嵌める事も出来ない。


 しかし考えてみるとこの世界にも公共という考え方はある。いや、むしろ私の知るそれよりも、その意味合いは大きいのかも知れない。そしてその一翼を担うのが貴族なのだ。


「なるほど、公共…… ですか。実に面白い。いや、しかし民を守るのが貴族の義務といっても全ての貴族が負担を良しとするでしょうか。現実に財政が逼迫している領主等もおりますから」


 そう、只の負担増になるだけではいくら貴族の義務、ノブレスオブリージュといっても納得しないだろう。だがそこにも仕掛けがある。


「まず一つに現在、領主がボグナーツ教会に納めている負担金を医療施設に向けさせます」


 元々、唯一治療行為が可能だった教会に国や各地の領主はその運営費を負担している。そうやって、我が街に教会を、という訳だ。しかし医療施設がその役目を丸ごと担えば、教会に負担金を出して誘致する必要が無くなる。


「そしてもう一つ、適正な治療を行えば、その評判が人を集め、人が集まれば経済が活性化するという事です」


 これが最も重要になってくる。無償で治療が受けられるというのは人々にとって一番の安心になる。多くの冒険者も集まるだろう。商人の往来も盛んになる。そして結局それが国や領地の繁栄に繋がるのだ。


「あ、アインスター所長…… 私はこれまで何度もあなたに驚かされてきましたが、今日程あなたを恐ろしく思った事はありません。なるほどわかりました、直ぐに人を集めましょう!」


 そう言ったラプラスさんは、直ぐ様準備に取り掛かり、有言実行、二週を待たずにその会合を実現させた。本気を出したラプラスさん、私にはその実務能力の方が恐ろしいよ。



 そういう訳で、その日王宮の大会議室にはそうそうたる顔ぶれが一堂に会していた。


 まず軍部からはヴェルギリウス様にギルベルト団長、魔法大隊を統括するウォーレン公爵に騎士団統括のイェーガー公爵。この四人は元々軍部会議のためこの会議室に集まる予定となっていたようだ。


 そこに呼び掛けに応じた地方領主と私が加わった。


「おお! アインスターさん、フェルメールの危機を救って頂いて以来ですね。ご無沙汰しております。それにしても四大公爵家が顔を揃える場に呼ばれるとは、何とも緊張致しますな」


 そう言って私に話し掛けたのは、フェルメールの領主ドレイク侯爵で。


「侯爵、こちらこそご無沙汰しております。先日まで私もフェルメールに帰っていたのですけどご挨拶にも伺わず失礼致しました。鉄道計画でも過分にご協力頂き感謝しております」


 私もにこりと笑みを返す。見ればドレイク侯爵をはじめとする多くの領主が集まっている。


「それでは定刻を迎えたようなので早速始めようではないか。今回は定例会議に加え、臨時で検討したい案件があると聞き及んでおる。軍部会議とは関わりなき事ではあるが、王国にとって、そして我々貴族にとって重要な提案であるが故に議題に上げた訳である」


 そう言って最初に口を開いたのは第一騎士団長のイェーガー公爵だった。歴戦の、という冠が相応しい偉丈夫。公爵がその鋭い視線を私に向ける。始めろ、という事だろう。


「皆様、今日はお時間を頂き誠にありがとうございます。王都第二魔法研究所にて所長を務めますアインスター・アルティノーレです」


 私の挨拶にウォーレン公爵は大きく頷き、ヴェルギリウス様は深く目を閉じている。


「私は教会の回復魔法に頼らない治療、医療という考え方を提唱し、それは薬の開発と共に一定の成果をみました。そこで今度はその医療を王国の制度として組み込み、多くの人がその恩恵に預かれるよう、ここにお集まり頂きました貴族の皆様にご協力をお願いしたく存じます」


 貴族の義務、ノブレスオブリージュ。私はその語尾を強めた。





次回は12月27日17:00更新です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 回復魔法のある世界で体を切ったりする医療が認められるのは厳しいんじゃないかなぁ このままだと魔女裁判一直線だと思う
[一言] >ギルベルト団長の言葉を思い出す。ギュスターブ帝国は私の身柄を要求している。即ち私が大人しく帝国に投降すれば戦争にはならない、という事だ。それは帝国の標的がルーベンス王国ではなく、私個人だと…
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