目覚め
全てを思い出した俺は、暗闇に覆われた空間でさっきまで一緒にいたフェイの名前を呼ぶ。だが自分の声が虚しく響き渡るだけで何処からも返事はない。
どうやら元いた場所とは完全に隔離されているようだ。
「くそっ、どうなってんだ」
俺は記憶を取り戻すきっかけになったキーケースを握りしめ悔しそうに歯を歪ませる。
しばらくその場でじっとしているとどこからともなく男の声が聞こえてきた。
──おめでとうございます。貴方は目覚める事が出来たようですね。実はアトランティアはこれからが本当の始まりなのです。
俺は謎の声の主に対して少し苛立ちながら声を掛ける。
「本当の始まりってどういう事だよ? この世界はなんなんだ、元の世界に戻るにはどうすればいい?」
声の主が答える。
──ひとつずつお答えします。まずこの世界についてですが、この世界は皆さんの共有意識によって作られています。皆さんが切磋琢磨する事によってこの世界はより良いものになっていくのです。
ひと呼吸置いて続ける。
──ふたつめの質問の答えですが、元の世界に戻るにはこの世界のエンドコンテンツである深層のダンジョンを目指して頂きます。
そこにある宝を見事に獲得できた方には天空闘技場で5人の強敵と戦って頂きそれを勝ち抜いた方は一時的に元の世界に戻って頂きます。
(一時的に……?)
その言葉に引っかかったが俺は黙って次の言葉をまった。
──元の世界に戻るとその方にはある道具を我々から渡します。その道具を使って5人をこの世界に送る事が出来れば晴れて元の世界に戻る事が出来ます。未達成の場合はまたアトランティアへ送り返されます。
元の世界に一時的に戻れたからといって逃げる事はできません。そう出来ないようなシステムを我々が厳重に管理していますので。
(てことは、あの時俺を刺したのはこの世界にいた奴ってことか。なんて無茶苦茶なシステムだよ。自分が元の世界に戻るには無関係な人間を、しかも5人も犠牲にしなきゃならないなんて……)
俺は次の言葉が出ずしばらく黙り込むだけだった。
──質問は以上ですね。それではアストルティアの世界を存分にお楽しみください。
声の主がそう言い終えると周りを覆っていた暗闇が少しずつ晴れ、気付けば元いた場所へと戻っていた。あたりは夕焼け空へと変わり、夕日は沈みかけている。
俺が戻るとフェイがすぐに駆け寄ってきた。
「目覚めたみたいだね」
神妙な顔をしていうフェイに対して俺が答える。
「ああ、全部思い出したよ。お前がいってた事はこういう事だったんだな……」
俺は違う世界に連れて来られたが元いた世界に帰る事ができる。
だかそれには他人を犠牲にしなければならない。希望と絶望を一瞬にして味わったかのようだった。
「て言うかさっきの魔物は?」
「僕が倒しといたよ」
「お前、強いな……」
フェイが話を戻す。
「それでたかしはこれからどうするつもりなの?」
俺は深刻な顔をして言う。
「どうするつもりって、分かんねえよ。戻りてえけど、あんな手段使ってまで戻りたくはねえな」
「けど現状それしか方法がないよね? 僕はこのままこっちで冒険してる方が楽しいと思ってるよ」
フェイがいつものお気楽そうな顔で言う。
「お前は呑気なやつだなあ。まあ確かに今はそうするしかないもんな。何か別の手段がないもんか……」
二人してしばらく黙り込む。周りにいる魔物達は跳ねたり飛んだり走ったり、相変わらず気ままに動いている。
「よしあんまり考えてもしょうがねえ! とりあえず強くなってこの世界の事を知ろう! それで何か別の手を見つけてこの世界を抜ける! それが目標だ!」
フェイは不満そうな顔をしながらそうだね、と呟く。
「あと俺さ本名あきって言うんだけどこれ名前変えれねえの? たかしじゃちょっとテンション下がるんだけど……」
「メインホールに行けば回数限られてるけど無料で変えれるよ。それじゃあ借りも覚えたし、町に戻ろっか」
「そうだな、町までは歩いて帰るのか?」
「ううん、呪文を使うよ」
そう言ってフェイが杖をかざすと俺たちの身体が青白い光に包まれ目の前の景色が薄れていき、気付けばこの世界に初めてきた時と同じ広場の前にいた。
「ほう、便利だな俺も魔法使いになろうかな」
「それは無理だよ。職業は生まれ持ったもので後からは変えられないよ」
俺は残念そうに肩を落とす。
「もう夜になるから今日のところは僕の家で寝て明日を待とう」
「この世界でも現実と同じで睡眠が必要なのか?食事は?」
「僕が調べた限りだとどちらも不必要、だけど眠ることもできるし食事をすることも可能だよ」
フェイが続ける。
「けど睡眠は取った方がいいね。なぜかと言うと夜になると魔物が活発になってなかなか初心者には手に負えないんだ。それに最近この辺りで物騒な噂もあるしね……」
俺はこの町に来たばかりの時を思い出す。
──例のアイツ出現‼︎ 皆気を付けろ‼︎
「その例のやつがうろついてるってわけだろ?」
「そう、この世界に他のプレイヤーに害を及ぼすシステムはないはずなんだけどそいつに神殿送りにされたって噂が後をたたなくてさ。ま、あくまで噂なんだけどね」
「なら今日は大人しくしとくか、名前戻してから帰りになんか食べ物買ってこうぜ」
色々出来事があっても飯のことをしっかり忘れずにいたあまりの俺の食い意地にフェイが感嘆する。
「さすがだね。じゃあ僕の家に行こっか」
二人は用事を済ませ、フェイの家へと向かった。
あたりもすっかり暗くなった頃、必要最低限の物しか置いてない無機質なフェイの部屋で、奴の添い寝の誘いを軽くあしらって床の上で横になり、ゆっくりと瞼を閉じたのだった。