アトランティア
明け方、おしゃれとも殺風景とも言える6畳ほどの小さな丸型の部屋に女性のコンシェルジュが立っている。腰の高さほどのカウンターテーブル越しに次の来客者へ笑顔の準備をしていた。
ほどなくして部屋の真ん中にある円盤の上に、歳は20代半ば服装は上下旅人のようでそれぞれポケットが付いていて、髪色は黒で耳に掛からない程度まで伸ばした中肉中背の男が姿を現した。
「おはようございます。ようこそアトランティアへ」
男は戸惑ったような顔をして言う。
「お、おはようございます。ここは……?」
コンシェルジュは慣れた手つきでテーブルの上にあるボタンを操作し始める。
「まずは簡単にこの世界の事をご説明致しますのでこちらの映像をご覧ください」
そう言って手を右へ掲げると宙に長方形の映像が映し出された。そこにはどこかの街並みを背景に"ようこそアトランティアへ"と書いてあった。
「では最初にこの世界の舞台となる五つの大陸をご紹介致します」
画面が円状に五つの大陸が表示されたものに切り替わる。
「左下から時計回りにキラマイヤ大陸、ツツガノ大陸、ハルシキ大陸、バラガン大陸、ランド大陸となっております」
コンシェルジュが続ける。
「そしてそれぞれの大陸にはキラマイヤからオウキ、ツヴァイ、ククリハン、ドノバン、サイハオーラという守り神が存在して大陸を"外敵"から守っています。」
俺は状況の整理が出来ておらず恐らくまだ戸惑った顔で話を聞いていたのであろうコンシェルジュが気を使って声を掛けてくる。
「大丈夫ですよ、そのうち分かるようになりますから。話半分にでも聞いていてください」
その屈託のない笑顔と言葉に安心できたのか顔が少し緩み彼女の次の言葉を待つ。
「続けますね。五つの大陸を紹介させて頂きましたが皆様が最初に冒険して頂くのはツツガノ大陸です。この大陸は他と比べて気候が穏やかで魔物の生息数が少なくレベルも低いです」
魔物とはなんだろうかと心の中で思った疑問に答えるように彼女は次の説明に入る。
「ここでいう魔物というのは皆様のいわゆる敵となるものです。先ほどの説明にあった"外敵"とは別の存在になります」
彼女は少し険しい顔をして言った。
「この外敵とは元々大陸に存在しているモンスターとは違い、大陸の外から不定期に訪れ街を襲います。基本的には冒険者の皆様に戦って頂きますが破れてしまった場合は各大陸の守り神が対処します」
なるほどと思いつつ少し不安な顔をして今度は疑問に思ったことを口に出して投げかけてみる。
「その、冒険者が敗れた時ってどうなるんですか?」
「ご安心してください。敗れたといっても命を落としてしまうわけではありません。この世界には体力の目安であるHPとMPがあります。MPが0になっても何も影響はありませんがHPが0になるとその地点から最も近い神殿へ自動的に転送されます。ですので死亡するということはありません」
右手の人差し指を立て強張った顔で続ける。
「ただし一つ注意点が御座いまして、この自動転送が行われた際にはその時所持している素材アイテムとこの世界の通貨であるランドが失われてしまいます。さらに転送費用として街に預けている銀行の資産からも20%が引かれますのでなるべく神殿に転送されることがないように冒険をすることをお勧めします」
中々厳しいペナルティだが最初のうちは資産も少ないわけで当分はそこまでこのシステムを気にしなくても良いだろう。
どうやら重要な事柄はここまでだったのか、その後はランドの主な取得方法、ランドやアイテムを取得した際にはそれらを収納するための入れ物が宙に現れ自動的に収納されること、装備やスキル、チャットのシステムをさらっと説明された。
「ご説明は以上になります。何か分からないことが御座いましたら各街にいるガイドにお尋ねください。それでは最後にあなたの名前を決定してください」
急に名前を決めろと言われてもすぐには浮かばず、結局思いついたのはありふれたごく普通の名前だった。
「うーん、あんまりピンとこないからとりあえずたかしで」
コンシェルジュは満面の笑みで答えた。
「承知致しましたたかし様。それではそちらのドアよりお進みください。始まりの大陸ツツガノへとつながっております」
そう言い終えると同時に俺の左方にある壁がドアへと変化した。
「たかし様がより良い冒険をできるよう心から願っております。それではいってらっしゃいませ」
俺は促されるままに歩みを進めドアの所まで来ると不安を胸に抑え、取手に手を掛けゆっくりと開いた。