第二十八話
昔、あるクソ田舎に生まれた俺は、ほんの餓鬼の頃までそこで暮らしていた。田舎ではあったものの、十分に温もりがあり、十分に人間らしい生活ができていた。
そんな平和を、ゴブリン共が襲撃することによってぶち壊された。
両親も兄妹も、隣近所のおっさんやババアも全員その場で殺されていった。何がゴブリンどもにそうさせたのかは、数十年経った今でもわからない。
俺はずっと人間が、家が、村が壊されていく光景を、呆然と立ちながら見つめていた。
両親は俺たち子どもをクローゼットの中に押し込み、隠れていろと言った。しかし、鼻も耳も効くゴブリンから隠れるだけで助かるはずもない。
何があったかはわからないが、助けの綱であった貴族とそこに仕える兵たちも全滅していた。
国や冒険者に助けを求める余裕もなく、ちっぽけな田舎の村は何の抵抗もできないまま滅んでいった。
クローゼットに隠れていた俺たちも簡単に見つかり、襲われた。兄弟の食われていく様を間近で見たし、親の死体も何もかもを見た。
いっそ、俺もその場で死んでやりたかったくらいだ。
俺は最強だ。頭がおかしいわけではないし、自惚れているわけでもない。
俺にそうさせる物があるのだ。それがある所為で俺はまだこうして生きている。この通り、俺の体が証明している。
俺の名はゲイル。Aランクパーティ『鉄壁の獄斧』を築き上げた男だ。
俺の最強にして最悪のスキル『超免疫力』は自惚れでも何でもなく、まぎれもない最強のスキルである。
受けた傷や流した血、どんな毒だろうと即座に慣れ、それを持った上で戦闘における『最善の状態』にしてくれる能力だ。
ダメージや状態以上だけではなく、相手の速度や硬さにも慣れて行き、目で追えるところから体が付いていくところまで、何の努力もなく身についていく。
俺を襲おうとしたゴブリンも、薄汚れた刃で刺そうと腕をちぎろうと必死で頑張っていた。汚れた刃についていたであろう菌も、麻痺毒も、与えられる痛みや力の強さ、向けられる殺意と浮かべる狂喜にさえ俺はすぐに慣れていった。
血は流すものの痛みはなく、時間が経てば血も止まり、刃は俺の皮すら切れなくなっていく。全てにおける『免疫』とそこから与えられる『最善の状態』によって、俺にはゴブリンに殺されることは確実になくなった。
勿論、家族や知り合いなんかの死は悲しかった。切り付けられながらも何故だどうしてだと悔しがったし涙も流した。しかし、そんな感情も戦闘における最善の状態とは程遠い。戦えない状態は、戦える状態へと修正される。
悲しみや悔しさから怒りへと変わって行き、俺は村を襲撃してきたゴブリンたちを片っ端から殺していった。
使い慣れない剣にだってすぐに慣れていた。
それから数日経った頃だったか、空腹感や睡眠に対する欲求にさえ慣れを感じ、薄れていく意識にも慣れて行き、終わりのないクリアな状態を保ち始めた頃だ。
外で遊ぶことしか知らなかった俺に狩りをする知識があるはずもない。悲しむことも無くなった自分に恐れを感じ、何も考えずに丸まっていた俺を、たまたま探索していた冒険者が見つけてくれた。
それをきっかけに、俺は狩りをする知識や魔物と戦う方法を学んで行き、冒険者ギルドでも上位の位置にあるAランクにまで上り詰めることになった。
空腹感に慣れたものの、何も食べたくないわけではない。睡眠不足に慣れたものの、寝なくないわけではない。周りに称賛されることも、積み上げられていく金も好きだった。魔物と戦い、それをギルドに渡す。たったそれだけで俺は何もかもを手にすることができた。
ドラゴンであろうと、キマイラであろうと、獣人であろうと海龍であろうとなんであろうと慣れてしまえば相手にもならない。
しかし、そんな最強の能力にも欠点はあった。と言っても、欠点らしいものではなく不安要素にもならないものだ。それは、慣れるものは戦う対象にのみだということだ。ドラゴンの吐き出した火炎に慣れたといっても、他の魔物の吐き出した火炎に慣れたわけではない。
ドラゴンの吐き出す火炎は確かに凶悪なものだ。普通の人間だと一瞬で消し飛んでしまう。しかし、そんな火炎ですら消し飛ぶ前に慣れてしまう。だから、その戦うまでは相手の攻撃に免疫はないということは欠点ではないのだ。
人間ではない何かになろうとしているのではないか?そう思ったことがあり、不安があった。全ての喜びを、悦びを叶えるスキルであろうと、人間らしさまでも奪われてしまうのではないかと思うと、不安になってもおかしくはないだろう。
だから、俺の人間らしさを残すために、俺は冒険者パーティを作り複数人で活動をしているのだ。
そんなある日、伝説とさえ謳われる『グングニル』という魔物を見かけた。
見たことのない魔物だったが、「もしかしたら」という可能性を持ってそいつを追いかけた。
グングニルの体から作った武器は伝説級とまで言われ、物語に出てくるほどだ。
何の信憑性もなかったが、見たこともない魔物で噂に聞く情報にも合ったということで追いかけたのだ。
もしもそれが偽物であろうと、追いかけた先でどんな魔物に会おうと、俺には何の脅威でもなかった。
そいつは洞窟の中へと飛んで行った。
仲間にはサポート系の魔法に長けた者がいたし、自分以外の体の脆さなど全く理解できていなかった。
俺たちがいた場所は、クレーラル公国の南にある森だった。そこに洞窟があるなんて話は聞いたことがなかった。それでも俺には脅威ではなかった。何があろうと慣れればいいだけなのだから。
洞窟の中に入ると、突然魔力の扱いが難しくなった。いくら練ろうとすぐに霧散していくのだ。それでも俺はすぐに慣れて行き、普段通りに魔法を使える状態になっていた。
仲間には、魔法を扱いやすくさせる武器や装飾品を持たせていたので気に掛ける必要はなかった。
洞窟内はやけに入り組んでおり、魔物は弱い物の先へ進むことは困難だった。こればかりは慣れられるものでもない。
仲間の言葉によるものだが、『魔力の霧散』や『外観以上の広さ』などからここがダンジョンであることが分かった。
今だ未発見のダンジョンということもあり、俺たちはダンジョン攻略とグングニル捕獲に躍起になっていた。
二階層目に到達したとき、盗賊をしていた奴が、
「俺が先にグングニルを捕まえる!!」
だとかほざいてパーティを離れていった。
俺たちはそのままダンジョンの探索を続けていたが、二階層をどう歩こうと三階層目へと続く階段も、抜けた盗賊も見つけることはできなかった。
面倒だと思い始めたとき、明らかに意図的に詰め込まれたように見える岩を見つけることができた。
何かが起きている。そう直感で思った次の瞬間、岩が一瞬で消え去り、その代わりに丸まった蜘蛛のような形の岩が投げ込まれてきた。
一瞬開けた視界の先に、グングニルらしき影と小さな子供の影が見えた。
俺にとって、やばいと感じることはこれまでにも一度としてなかった。そのため、脅威ではないと考えるのではなく脅威だと感じること自体がなかった。
投げ込まれた岩にも、さっき同様に何かがあると感じた。しかし、それは俺にとっては脅威ではないと感じたため、防ごうともしなかった。
岩は俺たちの近くで爆発した。
小さな岩が、轟音と共にドラゴンの火炎にも劣らないほどの熱気を放った。
前に俺がいたことで、後ろの仲間たちはなんとか死ぬことはなかったが、全員軽症では済まなかった。
回復とサポートを担当するルックの魔法で何とか回復させることはできたものの、完全には回復させることもできず、移動とゆっくりすることになってしまった。
重傷を負い、その痛みと苦しみを味わう。俺にはそれほどまでの経験はなかった。だから、無理やりでも歩かせて先へ進むことにした。
三階層へと下り、ゆっくりと探索を行っていると、突然頭上からさっき投げ込まれたものと同じ岩が落ちてきた。
ダンジョンでは魔物が発生しやすくなっているため、そういうものだと驚きはしなかったが、さっきの爆発力による仲間への損傷の大きさは知っていたのですぐにルックにサポートの命令をした。俺も爆発を抑えるために構えることにした。しかし、その岩が爆発することはなかった。
そういうものなのかどうかはわからないが、警戒をする必要はある。すると、突然霧が立ち込めてきた。どこから発生した物なのかはわからないし、何も理解できないまま、その発生した霧は濃くなって行き、次第に何も見えないくらいにまでの濃霧と化していた。
仲間たちの影は辛うじて見えた。しかし、微動だにしていなかった。
俺の治めるパーティは確かにAランクではあるが、そうさせるのは俺の能力だ。仲間たちはあくまで俺の人間らしさのために集めた連中だ。そのため、実力はAランクには見合っていなかった。
そんな連中が、周りを警戒するために濃霧の中で微動だにせず、構えていられるとは俺には思えなかった。違和感があった。
近づいていこう、そう思ったとき、自分の体が動かないことに気が付いた。時間が経つごとに体を動かすことができて行き、自分の手を見て理解できた。
突然発生した霧は、単なる霧ではなく石化効果のある毒霧だったのだ。
「グングニルを見つけたぜ!ゴーレムと交戦中だ!!」
抜け出した盗賊の声が聞こえてきた。
勝手に抜け出しておきながら、どの面さげて戻ってきたのか。
視界の悪さにも慣れてきた頃、二階層の最後、岩を投げてきた子供が近づいているところが見えた。
どういうわけか、あいつが盗賊の声を使って俺たちを惑わせようとしたのだろう。
俺たちがいることを知っていなければ、さっきのような発言はしないだろうし、でも見た感じあいつはいなかった。つまり、何かしらの方法であいつの声を用い、自分の意思で言葉を考え、声をかけてきたのだろう。
子供は霧を吸収しながら近づいてくる。そのおかげで仲間たちの人間だった姿が鮮明に見ることができた。俺以外全滅なのだろう。
悲しみはしたものの、戦闘における最善、超免疫力はそれを許さない。
怒りと、相手への興味、戦闘に対するやる気が湧き上がってくる。
俺は子供の形をした岩に話しかける。
一見物質系の魔物ではあるが、異例の生物なんてものはいくらでも見てきた。それに俺だって異例の人間だ。
感情のある物質系。そして声を発する。さらにここはダンジョンだ。
俺は、ダンジョンが生まれる際に、その場にいた生物をも取り込むということを知っている。取り込まれた生き物は何らかの形で、ダンジョン内で生まれ変わるのだ。だから、子供がダンジョンに巻き込まれ、魔物として生まれ変わったとしてもなんらおかしくはないのだ。
どこまで戦えるのか、子供がここでどう成長したのか、興味がわいてくる。
話しながら、腰に下げていた小型の斧を投げる。
挑発をしたものの、なにも変わったようには見えない。それどころか、投げられた斧をよけようともしなかった。弱点である露出した魔石めがけて投げようとも避けようとしなかった。
飛び道具は全く効果はない様だ。
こうも余裕を見せつけられると、人柄ではなくこいつの戦闘能力事態に興味が湧いてきてしまう。
何度も言うが、俺は最強だ。慣れてしまえば、その時点で俺は勝っている。
どんな状況であろうと、俺は戦闘における最善の状態である。
相手の視点で書いてみようと調子に乗ったのが悪かったのです。
完全に悪役にしてやろう、とてつもないピンチの到来にしてやろうと思っていたのですが......
次回、同じく相手の視点で書かれています。




