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第二十七話

 濃霧の中へ入って行き、人型の石像を探す。

 体感的なものだが、石化の毒霧を発動させてから五分は経っている。ムーベンならば一分もかからずに石化するのだが、人間だと変わるのだろうか。

 暗闇には目が慣れているが、そこに濃霧が加わるともなると全く見えなくなってしまっている。魔力探知があるので、見えなくともぎりぎり大丈夫ではあるが、やはり不安はある。


 人間たちは無事に石になってくれているのか。

 もしも、石になってくれているのであれば、この濃霧を全部捕食すればいい。視覚的な情報が入ってくるだけで探索のしやすさはグンと変わってくる。それにグングニルだって呼ぶことができる。しかし、もし石になっていなくてピンピンとしていたら最悪だ。

 俺は、彼らにムーベンの形をした両手を贈った。地面に落ちた両手の指は砕け散り、砕け散った部分から毒霧を発生させた。


 ムーベンにはあり得ないことだ。冒険に慣れたやつらならば、絶対に何かしらの罠だと気づかれてしまう。それに、前にあった時もムーベンを使ったし、絶対に俺が関わっていると気づかれてしまう。

 罠だと気づかれた上に霧の中でもピンピンとしていたら、確実に俺たちを待ち構えるはずだ。


 (あ、そういえば、両手を置いたままだったな......いや、でも、石化していなかったら、俺の居場所を教えることになるかもしれない)

 不安が俺の選択肢を奪っていく。

 そりゃそうだ。石化の状態以上を受けてもピンピンとされたら厄介なんてレベルではなくなる。


 (......ああ、呼びかけてやればいいんだ。上手く行けたらいいんだけど)

 確か、俺は先に三階層に来ていた人間の体も捕食していたはずだ。その体を体内で何とか動かして、声を発生させてやればあいつと同じ声が出せるんじゃないのか?まあ、声の高さは変わってしまうだろうけど。

 

 (貯蓄している中の人間の声を使いたいんだけどできるかな?)

 神の声に尋ねてみる。


 捕食したかどうかすら不安だったのだが、


 『できます。これからその声を使いますか?』


 (使います!)

 そう言うと、次からその人間の声を使えると教えてくれた。自分の口から知らない人の声が出ると思うと変な気持ちになるな。


 「あー、あー...」

 小さめの声で確認してみる。

 渋めの、少し枯れた声がする。いかにもおっさんの声だ。

 声が出にくいかというと、それほど変わったことはない。普通に声を出している感覚と同じだ。普段通りなのに違う声がする。違和感が強いので、すぐに元の声に変えようと思う。


 さて、冒険者たちになんて声をかけようか。

 考えていないわけでもないし、むしろ掛ける言葉はいくらか思い浮かんでいる。ただ、どれが衝動的に声を出させることができるのか。


 一つ目が、「ボス!やっと見つけることができた!!」だ。パッと思いついただけなので、それほど自信がない。パーティにはぐれ、先に三階層へ来てしまったという設定をもとに考えた。


 二つ目が、「ルック!治癒してくれ!!ゴーレムに遭遇しちまったんだ!!」だ。ルックは、確か治癒系統の魔法が使えたはずだ。それに、あの冒険者パーティの中でも仲間思いだったはずだ。傷ついた仲間と出会ってから治癒魔法の準備をするよりも、仲間思いだったら会う前に準備をするはずだ。


 三つめが、「グングニルを捕まえた!!!やったぜ!!俺が捕まえたんだ!!!」だ。自己中心的な感情を中心に考えた。それに、ムーベンをもろに受けた上に傷ついた仲間を無理やり歩かせてまでグングニルを求めたのだ。何かしらの反応はするはずだ。

 もしも、グングニルの横取りを考えているのが中にいたのであれば、余計に息をひそめさせてしまうが。


 最後に、「グングニルを見つけた!!ゴーレムと交戦中だ!!!」だ。チャンスに飛びつかないやつはいないだろう。三つ目に比べてリアリティがあるはずだ。


 よし、これにするか。


 「グングニルを見つけたぜ!!ゴーレムと交戦中だ!!!」

 濃霧の中に向かって叫んだ。

 反応があるかどうか待ってみる。


 ......焦りがあるのか、あまり長い時間待つことができない。数え始めたものの三十秒で我慢できなくなったくらいだ。

 三十秒もかかればいいはずだ。仲間の命よりも優先にしたグングニルの名前を使ったのだから、反応はすぐに出なければむしろおかしい。

 魔力探知だって、全く反応ないし。


 (声、元に戻してね。)

 そう神の声に伝えて、霧の中に入っていく。

 不安はまだ拭い切れていないが、霧の捕食も同時に進行させる。もしものことを思い、魔岩の槍をすぐに放てるように準備しておく。


 何かあったらその時になんとか対応すればいい。

 不安はあるけど、なんとか上手くやってこれているわけだし、修復の速度にも自信はある。

 ムーベンの形で放っていた手を捨て、元々の人の手の形のものを作り出す。よくよく考えると、新しく生み出した方が早かった。手に関する不安は、霧を発生させた以降は無駄だったみたいだ。


 俺の体からだけでなく、生み出した両手からも毒霧を捕食していく。すぐに視界がすっきりとしていき、人型の石が五つ露わになっていった。それでもなお不安があったので、魔岩の槍と両手をバレットで撃ち砕いていく。


 「おっと!危ねえなぁ!!」

 奥にいたことから攻撃を仕掛けられなかったボスが動き始めた。見た目は完全に石化しているのにだ。

 ボス以外のルックと他三人の人間だった物は見事に砕かれている。


 (石化してるよな。俺の目、おかしくないよな。)

 肌だけでなく衣服でさえも石化してしまっているように見えるボスが、話し、動いているのだ。

 

 「なんだ?俺が生きてんのがそんなに変か?おかしいか?物質系の魔物だが感情があるっつうテメエの方が変だけどなぁ?」

 ボスは、俺の方を向いて話しかけてきている。

 距離はあるはずだし、日光はもちろん水晶ですらこの場にはなく人間には見えるはずがないのに、俺の存在に気付くだけではなく分析までしている。


 「テメエ、元々人間か何かのガキだろ?ダンジョンではたまにあんだよ。人間が巻き込まれて、そこの魔物としてもっかい生きるってやつが。俺は、テメエに会えてすげえ嬉しいんだよ。何でかわかるか?わかるだろ?わかるよなぁ!?」

 なにこの人、怖い。

威圧感に対するもんもあるが、知らないことに対する恐怖が強い。

 なんとなく、生きていたとしても戦ったら勝てるだろうなんて思いはあった。それが今では不安でいっぱいだ。

 


 「テメエもなんか話せよ。話せんのは知ってんだよ!なんだ?俺が怖いのか!?そりゃそうか!あんなトラップしかけた上に、生きてるかどうか声掛けて、石化してんのを確認した上で遠目から攻撃して、テメエはビビりまくりのガキだもんな!?」

 

 「陰でこそこそしてねえと怖くて攻撃もできないもんな?違うか!?」

 ......これは挑発だ。乗ってはいけない。


 ムーベンボムで死んでいないし、毒霧でも死なない。そんな人間を相手に、どう戦えばいいんだ。


 「チッ!まあいいか!テメエも見たところレアな魔物なわけだし、グングニルと一緒に連れてってやるよ!もちろん壊してからな!!」

 一切の構え無しで、腰につけていた小型の斧を投げてきた。

 「ジュース買ってきたから」そう言って投げ渡すような、そんな脱力感のある動きから投げられたものとは到底思えないほどの速度だった。

 

 避けるのも手だし、受け取ってから投げ返すのもいい。相手の想像のつかない攻撃をしなければ、優位に立って戦うことができない。


 結局避けるのも厄介だし、隙を見せてしまうからと反応せずに捕食することにした。

 ボスの近くに置いたままにしてしまっていた両手を、槍を捕食して俺の傍まで戻ってこさせた。


 「俺に行動を読まれるのが怖かったのか?あの爆発に耐えて、石化効果のある毒霧も耐えた俺と戦うのが怖いんだろ?わかるぜ?」

 そう言いながら、さっきとは逆の方につけていた小型の斧を投げてきた。

 斧の方向から察するに、狙いは俺の胸元から生えた魔石だろう。


 (大丈夫かな?)

不安があったので、何でも教えてくれる神の声に尋ねてみた。


『問題ありません。魔石は魔力で包まれているため、捕食の効果も発動できます。』

 よかった。弱点であっても飛び道具相手なら捕食することができるのか。なんて便利な体なんだ。


 「あー、あー。やっぱりこの声が一番だ。」

 不安はあるが見せてはならない。それに、飛び道具ならば捕食はあるし、人間というか動物には越えられない壁というものを物質系である俺には越えられる。その一番の例が加速を無限に行えるということだ。修復だけでは勝てない時もある。


 俺の声を聴いて、相手の動きが少し変わった。緊張感が増したのか、よりもっと俺の動きに警戒するようになったと思える。

 場の空気も張り詰めているようだ。

 余裕を見せてはいたが、実は相手にも余裕がなかったのではないかと思えてくる。


 「あんたの言う通り、俺はかわいい人間の子供だ。少しイタズラ好きなところがある、いたって普通の子供だ」

 次は俺のターンだ。指を加速無しのバレットで撃ってみる。


 流石というべきか、簡単に避けられてしまう。それだけではなく、仲間の持っていた鉄の剣を一瞬で拾い上げ、後方へ行った俺の指めがけて投げた。

 反応できない速度だったわけではないが、簡単に追撃されて破壊されてしまったことに驚いた。

 すぐになくなった指を修復させ、手を開いたり閉じたりして馴染ませる。


 「そっか。俺もレアな魔物だってことで捕まってしまうのか。仲良くなったグングニルも一緒に。それは少し寂しいな......」

 右手の拳を打ち出して目の前で分裂させ、相手を囲ったあたりでムーベンを四つほど吐き出した。そしてすぐに爆発させる。

 左手を魔鉄の土龍の爪に変えて、盾にすることで爆風から身を守った。

 

 ムーベンボムを受けたとかで不安を抱いていたが、一部始終を見たわけではない。相手も俺を試すように攻撃をしてきたのだからこのくらい悪いことでもないはずだ。

 ただでさえ危険なムーベンを四体も使ったのだ。前世でも、言ってはいけない言葉の一つにある「やったか?」なんて発言をしても許されるタイミングだと思う。


 砂煙をすぐに捕食し、相手の姿を確認する。

 装備品はほとんど跡形もなく消えており、高温から溶けてしまっているものまである。その中、彼自身の体は火傷しているように見えるが死んではいなかった。


 「こひゅー、こひゅー」と息を吐きながら、ふら付きながらでも、彼はまだ生きていた。


 「......あんた、人間か?」

 焦りを通り越して、逆に冷静になってしまった。

 

 「ガハッ!!ケッ!最初っから飛ばしすぎだろうが......流石に死ぬかと思ったぜ?」

 いや、何で生きてるんだよ。


 「まさか、さっきのが最高火力っつうわけじゃねえよな?グングニルを守る騎士様が、そんな程度なわけねえよな??」

 

 「すごいな。良く死ななかったな」

 敵としては厄介なことこの上ないが、純粋にすごいと感じてしまった。修復能力があるわけでもないのに、ムーベンを四つも凌いだんだ。むしろ尊敬に値する。


 「ずっと気になってたもんな?わからねえから怖かったのか?そうかそうか、魔物もわからねえことに恐怖抱くんだな?教えたところで、誰にも攻略できねえからな。俺の特殊スキル、教えてやるよ」

 案外、素直に種を明かしてくれるみたいだ。

 誰にも攻略ができないと自信満々に宣言しているところに不安を抱くのだが、作戦は聞いた後でもいいだろう。

 自信満々に答えるのだ。嘘だという確率は低いだろう。


 「俺の特殊スキルは、超・免疫力だ。石化の毒霧も、爆発も初めて受けた。それでもすぐにそれに免疫が付いた。だから、俺にはもう石化は食らわねえし、四つ分の爆発程度ならもう効かねえ。ダンジョンの暗闇にも、魔法が使い辛えっていうダンジョン内の魔力も、全部免疫が付いた。」


 この世界の登場人物は察しが良すぎる。

 なぜ単なる岩である主人公の表情やら感情やらを読み取れるのか。


 超・免疫力とかいうふざけた名前が出てまいりましたが、その効果は絶大。石化ですら免疫が付き、爆発にすら免疫が付いてしまう。

 名のあるという上級の冒険者パーティを治めるボス、果たして主人公は勝てるのか!

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