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第十七話

 ゴーレムの口に吸いこまれていく最中、自分の下を通る赤い光が目に入った。赤いビームは、俺の残した下部を一瞬にして砕き、小さな岩屑へと変えてしまった。

 

 下部を犠牲に、ビームを避けることには成功したのだ。


 「……後は、本体を避ければいいんだ!」

 思った以上の吸引力に驚きながらも、なんとかバランスを保つ。

 

 俺の、自分で出せる最高速度を軽く上回った速度でゴーレムの口へと近づいていく。このままの速度で、口を避けてゴーレムの頭の上を超えていくのだ。


 ビームが近づいてきているようだが、俺がゴーレムの許に着く方が断然早い。


 高速でスピンをかけたまま、ゴーレムに近づいて行き、直前で方向を変える。

 ゴーレムに近づくまでのほんのわずかな時間だが、何度も脳内シミュレーションはした。右手もまだ耐えられている。全身に力を込めながら、ゴーレムを睨みつける。


 

 しかし、そのほんのわずかな時間の中で、更にゴーレムは吸引力を上げた。

 耐えられていた右手も限界を迎え、ゴーレムの口の中へと入っていった。口の中のブラックホールに接触した瞬間に、右手は消え去り、同時に俺の手の感覚も消え去ってしまった。


 吸引力に限界はないのか。いつまで続くんだ。


 体に自由は効かなかった。


 「……情けないな、チクショウッ!!」

 すでに俺は、ゴーレムの目の前まで来ていた。

 一秒もかからずに、俺は死ぬ。


 たった一秒が、やたらと長く感じた。



 『まだ諦めるなぁぁぁああああああ!!!!!!』

 声が聞こえたかと思ったら、大きな爆発音が鳴り、俺の上をゴーレムの上部が飛んでいた。

 何が原因高は分からないが、突然放たれた暴風に、高速で飛んでいた俺の体が止められた。


 飛んで行った上部は、回転しながら俺の下部だったものの方へと飛んで行ってしまった。


 呆然としながらも、状況確認をしなければと思い、周りを見回す。

 俺のすぐそばには、ゴーレムの下腹部から脚にかけての下部のみが残っており、そこにはすでにブラックホールのようなものはなくなっていた。

 飛んで行った上部には拳の跡が残っており、それを中心にヒビが入っていた。頭部から放たれていたビームもブラックホール同様に無くなっていた。


 地面に転がった上部の近くに、岩でできた小さめの腕が落ちてあった。良く見ると、その拳もボロボロになっていた。


 見たところ、高速で飛んできた拳が上部を殴り飛ばしたというところだろう。


 「……それに、あれは左手だし。さっきの声も」


 『危機一髪だね!』

 懐かしの声と、耳障りな羽音。


 「グングニル!やっと合流で来た!!」

 

 『まさか、ゴーレムの片手が僕に追いつけるくらいにまで速度を上げられるとはね……』

 その言葉を聞いて、もう一度地面に倒れたゴーレムの左手を見る。


 確か、大きさが小さくなっていくに連れて、固く、機動力も上がっているはずだ。

 最初に俺を追っていたのは、巨大な右手で、早さもそれなりにという程度だった。を撃ち込んできたときは唖然するほどだった。高校生の運動神経のままだったら確実に死んでいた。

 俺の右手を探しに移動したときは、その手が小さくなり、余裕で追いついてきていた。

 グングニルが連れてきた左手は、俺を追いかけて来ていた奴よりもさらに小さくなっていた。

 いうなれば、俺を追っていた奴はムキムキマッチョの腕で、グングニルの連れて来た物が赤ちゃんサイズだ。

 俺のプレスという技では、何百回と打ち込んでやらなければ砕くことはできないはずだ。


 『……あれ?もしかして、右手、壊せちゃった?だったら、その左手もお願いしてもいいかな?』

 何度も命を助けてくれた恩人ではあるが、流石に難しい相談だ。壊すことは確かにできるかもしれない。だが、まだ他の部位の魔物が生きているのだ。それを無視して砕くのは、難易度が爆発的に上がるはずだ。


 『逃げている最中に、何度も何度も壁にぶつけてやったし、さっきも上の方にぶつけてやったからダメージは大きいと思うんだ。入ってる日々を抉るようにしたら簡単に壊せると思うんだけど……』

 流石だ。普通の攻撃は効きそうにないからと、自爆させるような行動をとるとは。それも逃げながら、考えてだ。

 そこまでしてくれたのならば、俺も頑張らないといけない。


 (下部の修復と右手の修復を頼むぜ!)

 そう心の中で言うと、頭の中に「修復を開始します。」という声が響いてくる。

 下部は一瞬で元に戻ったが、右手はすぐには修復されなかった。


 『ああ、右手は食べられちゃってたのか。間に合わなくってごめんね。』


 「いや、十分間に合ってくれたよ。おかげで生きてる。」

 元気だぜ!というように、ピョンピョンと跳ねる。


 倒れた上部に動きはなかった。


 『……倒しちゃった?いや、まさかね。』

 でも、ここまで小さくなった拳で、暴風巻き上げるくらいの速度で飛んでいたとなると、あの一撃で死んだとなってもおかしくはない。

 経験値が入っていないからまだ生きているんだろうけど。


 『今言うことでもないと思うんだけど、左手から逃げる最中に他の魔物を見かけたよ。蛇型の魔物で、他の魔物同様に岩によく似た皮をしていたよ。それと、蜘蛛型の魔物がいてね、その蜘蛛数匹と蛇が戦っていたんだけど、蜘蛛は自爆することができる爆弾で、蛇には、放つ毒に石化の効果があるようだった。蜘蛛は数匹で行動するみたいだったよ。』

 俺がグングニルを探す途中には見当たらなかったのに。やはり、個々の魔物の擬態能力は階層ごとに高くなっているんだろうか。


 『右手の修復が完了しました。』

 ハンマーの持ち手のないバージョンのものが俺の右隣に現れた。

 

 よし。これで、左手の破壊ができる。


 運がいいことに、今が上部と左手は動いていなかった。むしろ怪しいくらいだとは思うが、下部と右手の修復ができているし、グングニルもいて万全の体制が整っているのだ。


 「ひび割れに……よし、バレット!!」

 ひび割れに抉りこんで破壊するのであれば、プレスよりもバレットの方が向いていると思っての選択だ。

 当然一発では破壊することはできないわかっている。

 連続で、何度も何度もバレットを撃ちこんでいく。

 

 破壊されるのは、左手よりも俺の右手の方が先だったようで、すぐにひびが入ったり破片が飛んだりしていた。

 一バレットに着き一修復という流れで、俺も神様も大忙しだ。


 『……あ、ああ、すごいね。』

 グングニルの呆れたというのか、漏れでた声が聞こえた。

 そりゃ、呆れもするだろう。

 一心不乱に小さな的に、右手を打ち込んでいるのだから。


 ……高速のバレットも慣れて来たな。もっともっと早くしていこう。


 頭と体が、今だせる限界に慣れて、更にさらにと限界を塗り替えていく。


 『スキル:加速を取得しました。』

 確かに、今の攻撃は加速していっている。

 スキルを取得してからは、より早くなっていっていると思う。


 『スキル:連打を取得しました。』

 一秒間に十回は打っている。ただ、数える暇があればより早くと思ってしまい、数える気にもならないので、結構前に数えた十回以上と、とてもアバウトに言っておく。


 撃ち続け、数分後、ようやく左手が破壊された。


 中にあった大きめの魔石にもひびが入っていた。

 それをペロリと食べた。


 「…あれ?フロックナックルじゃないのか?」

 右手は、フロックナックルと呼ばれる魔物で、倒すと経験値をもらえた。


 『ど、どうしたの?』

 何故かおどおどとしているグングニルが、そう尋ねてきたので、俺の体験したことをそのまま言った。


 『…え?こいつは、これで一匹の魔物だったんじゃなかったの?でも、だったら経験値が入らないのはおかしいね。まあ、この上半身か下半身を潰したらわかるはずだよ!』

 そう言われたので、更に作業を行うことになった。

 

 「……そう言えば、グングニルは、ビームとか出せないの?」

 かなり失礼ではあるが、虫が体一つで世界を飛び回るなんてできるとは思えない。加速して攻撃するというのも、グングニルほどの物ならば強力だということはわかる。しかし、毒だったりと触れられない魔物とも戦うことはあるはずだ。


 『びーむ?……ああ、攻撃魔法か。使えることは使えるんだよ。身にまとう魔法も使える。だけど、こういったダンジョンでは、外から来た者は魔法が使いにくくなるんだよ。魔力をかき乱されやすいのかな。ダンジョン自体が強い魔力を放っていて、それは中のモノには力になるけど、外から来た者には邪魔をするんだよ。息を吐くように使えていた加速も、ここではやりにくいんだよ。』


 「だったら、こんなところまで逃げてこなくても、もう人間も余裕で倒せるんじゃないか?」

 話に夢中になっていたが、実はそれどころではない。話してばっかじゃだめだ。上部が動く前に攻撃をしないと。


 そう思い、作業を始めようとしていると、両手を失ったゴーレムの上部がゆっくりと浮遊していっていることに気が付いた。

 まだ、五センチも上がっていないくらいだ。


 「グングニル!知っていると思うけど、こいつは頭から赤いビームを放つんだ!それに、口の中にブラックホールみたいなのを作り出して、結構な力で吸い込もうとして来るから気を付けてくれ!」

 了解!と返事を受けながら、どうするか迷っていた。

 浮いた状態で、ビームを放たれたらたまった物じゃない。


 体を起こすところに、追いうちの様に攻撃するのも忍びないが、さっきのお返しもある。原因の一つである頭部の付け根に、スキル:連打を撃ちこむ。顔が下を向いているので、魔石を狙うことができないのが残念だ。


 加速を使いながら、連打を撃ちこむ。スキルとして使っていると、ある程度気持ちに余裕が出てくる。

 そのおかげで、グングニルと話すこともできている。すると、

 

 『……あのね。緊急事態なんだけど、さっきこの階層に人間が一人降りて来たかもしれないんだ。』

 と、グングニルが緊張した様子で言った。


 魔法も使いづらくなっているのに、人間がここまで来たのか。

 こんなファンタジーな世界で、魔物の存在やその生態系だったり言動だったりは受け入れられてきている。元々、前世では魔物なんていなかったのだから、むしろ受け入れやすかったと思える。しかし、人間までもファンタジーな設定になっているとは思わなかった。


 「人間って、そんなに強いの?」

 

 『うーん。弱いよ。弱いけど、強いんだ。』

 ……うん?弱いけど強い。完全に意味が分からないというわけではない。生身の人間だって、武器を持てば強くなれるってことだろ。色んなスキルが人間にだってあるはずだし、頭もいいはずだ。


 『確かに、こういったダンジョンでは魔法は使いにくい。でも、人間たちは魔法を使いやすくするための補助道具を作ったんだ。それはダンジョン内でも有効で、地上よりかは幾分かは使いにくくなってるとは思うけど、十分に使えるんだよ。』

 こうして魔物側に立つと、人間の技術力が厄介に感じるな。


 「魔法か……だったら、戦いにくいな。」


 『それに、鎧を身に着けるだけで、防御力が跳ね上がるし。』

 ……鎧か。俺のイメージでは、金属のモノなんだけど、もしも右手に金属を埋め込んだら、もっと強力になるんじゃないのか?ドリルとか、剣とか、作れる物の幅も広がるはずだ。

 人間の使う魔法が、前世でやっていたゲームのモノと同じようなものだったら、想像した感じでは人間に向けていいものとは思えない。もう人間ではないんだけど。


 「でも、いくら魔法が使えたとしても、ここの魔物相手には簡単にはいかないんじゃないか?…...その降りてきた人間って、そんなに強いの?」


 『君の言った通り、簡単にはいかないと思うよ。それに、一人だったら尚更だ。』

 だったら、人間と魔物が弱っているところを狙ってやれば、両方とも狩れるはずだ。いわゆる漁夫の利というやつだ。


 「すぐに終わらせるから待ってて!」

 そう言いながらも、連打する手は止めていない。

 

 話している間もずっと殴っていたおかげで、ゴーレムの頭部は外れたのだが、経験値が入ることはなかった。

 ……あ、コイツの構造フロックと似てて、腹部が口みたいに外れて、それで確か、上部の裏側に魔石があったんだった。


 露わになった弱点を無視していた自分が情けなくなった。


次回は十月八日、午前十二時に投稿させていただきます。

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