第十五話
輝く水晶によってトゲトゲとしたミラーボールが、自分の存在を誇張するように現れた。
ゴーレムの右拳は未だ動けないようで、次の攻撃の準備に余裕ができた。
右手の強化に成功し、攻撃の幅が広くなったわけだが、適用されるまでの時間が少なからずあるので、とりあえずは万能に使える形を模索した方がいいだろう。ちょこちょこ強化するのは、隙を見せているようなものなので進んでしたいとは思えないのだ。
ゴーレムの右手の様に、手をグーパーと自由に動かせられたらいいのだが、今体内にある口の様に新しい感覚を作ることができるのかが不安だ。
体内の、戦闘能力とは関係のないものなら自由に作ることができて、戦闘に必須と思われる体外のものは自由には作られないというのもおかしくはない。
今はまだ、進化によって体外に現れた右手と、体内に作った口の二つしかないのでわからない。
試すのは、いったんゴーレムを倒してからだな。
万能そうな武器か…
相手が岩なので、ピッケルとかドリルとかを作ってみるのも面白そうだ。万能かどうかは分からないが、岩を相手にするのであればそれがいいと思う。
ハンマーや拳なんかでは、衝撃と重いダメージを与えることができる。
左手もあるんだったら、ドリルとハンマーとを用意できるんだが。
…いや、家形の物を作ってみるのはどうだ?前後で、鋭いのと鈍いのとを用意することができる。それに、鈍い方に水晶なんかの尖った物をつけてみると、釘バットみたいな衝撃と抉りこむようなダメージとを同時に与えることができそうだ。
地面に倒れた右手を見た。
ダメージ量よりも、衝撃が強くて動けなくなったんだと思う。
「…ン?衝撃がアッテも、体の一部に過ぎナイから、動かなくなるハズガない。」
見ただけでなく、俺の魔力探知であってもゴーレムの存在は見つけられていない。そもそも見てないのに、ここまで追いかけてくるとか自体ありえない。そう考えると、洞窟いっぱいに手を大きくさせてロケットパンチしてきたこともおかしい。
マストロックやロックゲコがいた二階層から、たった一階だけ下に降りてきただけだというのに、自動追尾の上、自動で指も打ち込んでくるという高度な技術を持った魔物がいていいものなのか。
(…目を腕に移したとかあり得るな。でも、途中で機能停止したように動かなくなった時があった。核となってる魔石から離れすぎて、ただの岩になったというのもおかしい話ではないけど、またすぐに動き始めていた。頭の賢いゴーレムなのか?)
ダンジョンとはいえ、そこまで異例なことがあってもいいのだろうか。
まあ、異例と言っても全部グングニルの知識が前提なのだが。
とりあえず、右手の強化をしてゴーレムの拳を観察していようと思う。
『強化を開始します。約十五秒かかります。』
俺の右手に目を移す。
トゲトゲのミラーボールなわけだが、これにするまでに十秒かかった。しかし、今から作る物にはもっと時間がかかるようだった。
動かないゴーレムの拳を見つめたまま、数秒が経った。
ついに、その拳が動き始めた。
ゆっくりと空中に浮いた拳が、ダンジョンの壁を殴り、岩壁を削り始めた。
拳、拳と言っては来たが、指が無いので最初を知らなければただの岩だと勘違いしそうだ。
そんな岩が、壁を殴って掘り出した岩に被さった。すると、下にあった岩が一瞬にして消え去った。俺が岩を食べるときに酷似していた。
ゴーレムは手からも、岩を食べることができるのか。
まじまじと、岩の動きを観察していると、あることを思いだした。
(あ、マストロックと戦った時と同じだ。確実に息の根を止めず、生き返るのを待ったのは間違いだったな。)
観察は、もっと戦闘力に余裕ができてからの方がいいし、そうじゃなくとも、必然的に観察する形になったって時以外に、そう動くのは得策とは思えない。
優位に立ったからって、緊張感を失ってもいいというわけではない。
そうしなくては、マストロックと戦ったときみたいに大けがをすることになる。
また岩を殴り始めた拳を睨みつける。
今はまだ、右手は強化中だ。
俺と戦っていたのに、突然岩を殴り始めたのはおかしい。回復をするにしても、敵を前にしてすることではない。
これも、俺を誘っての行動か…?
弱点を見せないために、上部と下部との歯をガッチリと合わせる。そして、岩を掘る拳に勢いよく体当たりした。
敵の前で壁を掘り出した姿を見せるということは、何らかの対策もしくは作戦を持っていたと思えたのだが、俺は拳にそのままぶつかることができた。
ゴーレムの拳が、大きな岩を圧縮させたようなものだったせいなのか、俺と壁に挟まれるだけでは砕けてはくれなかった。しかし、体当たりの勢いで、拳は壁に跳ね返り地面に落ちた。
そこで、あるものに目が行った。
ゴーレムの手のひらに当たるところに、魔石が埋め込まれてあったのだ。あれほどのゴーレムだから、俺の右手同様についてあってもおかしくはない。それでも、壁を掘って岩を食べる姿に違和感を覚えたのだ。
地面に落ちた拳は、また動かなくなった。
体力が無くなってきたから、岩を食べて回復をしようとしていたのだろうか。もし、そうだとしたらこの拳が別の魔物だったということになる。
ゴーレム自体、四肢のある魔物ではなく、複数の魔物が合体した姿だと考えさせられてしまう。
(…体力が無くなってきたから?体の修復のため?)
そう思っていると、頭の中に、強化が完了したという声が聞こえた。
俺の右上に、持ち手のないハンマーが現れた。
そういえば、ハンマーの反対側がとがっているハンマーを見たことがある。もう少しこういった名称なんかを学んでいた方がよかったなと、今更前世が恋しくなった。
…いきなり、俺を無視して壁を掘り始めた。俺に攻撃をされるというリスクがあってだ。それに、これはただの手でしかなくて、多分だが本体とは全く関係が無い。
つまり、俺よりも優先することがあったと考えられる。
まさか、どこかでグングニルが優勢して戦っており、分離させていた右手を使ってこっそりと回復をしようとしているんじゃないか?
そう考えると、すぐにこの拳を粉砕させる必要がある。
手のひらを上に向け、魔石を露わにさせた拳が地面に倒れている。
俺の経験上、魔石は魔物の弱点である。分離された物もそうなのかはわからないが、他の部分を狙うよりかは魔石を狙った方がいいと思う。
ドガッ!!
拳の上に、右手のハンマーになっている大きい方を叩きつける。
ドガッ!!ドゴッ!!バキッ!!ドゴ!!
何度も叩き付ける。
拳にひびが入ってきたように見える。
『スキル:プレスを取得しました。』
「スキルか!よし、プレス!プレス!プレス!!プレスッ!!」
ドゴンッ!!ドガキッ!!ドゴンッ!!バキャッ!!
スキルとして現れたら、ダメージ量も増えていくのだろうか。音が重たくなった気がするし、見るからに砕けて来ていた。
こんなに攻撃をしていても、このくらいしかダメージを負うことがないと思うと、この拳の防御力の高さに呆れてしまう。
何度も何度も叩き付けていると、先に俺の右手が砕けてしまった。
それでも、痛みは一切としてなかったので、砕けてもなお殴り続けた。殴りながら、右手の修復も開始させた。砕けようともすぐに修復させればいいので、何一つ躊躇するものが無い。
拳は動くことが無く、ずっと殴られ続けた。そしてついに、砕けた。
動かないものを一方的に殴り続け、砕いた。その行動をふと客観的に考えてしまった。罪悪感が押し寄せてきた。
『相手のフロックナックルを倒しました。経験値を取得しました。レベルが上がりました。レベルが十六になりました。』
「へ?…魔物、だったのか?」
ゴーレムの右手が飛んできて、それが自動追尾で…元々、ゴーレム自体が複数の魔物の塊だったということか?
レベル上がったのはいいが、それ以上にグングニルが心配になってきた。
向こうには、少なくとも体と左手の二体がいるのだ。
今いるのが、元々ゴーレムと出会った場所であり、グングニルと別れた場所だ。
ここに来た道と、まっすぐ伸びた道、そしてゴーレムが来た道がある。
まっすぐ行くか、曲がっていくか。虱潰しに行けるほど狭い洞窟ではない。
グングニルが何か残していないか、周りを見渡してみるも何もないように見える。魔力探知でも見つけることができずにいる。
…グングニルは、本気で虫の体で岩を倒そうとしているのか?正直、俺には虫が岩を倒せるとは思えない。マストロックは倒していたけど…
俺が見た感じでは、あまり攻撃も効いていないように見えた。バトルジャンキーの思想はよくわからない。俺なら、攻撃が効いていないようだったら、諦めて逃げのだが。
「…逃げるんだったら、どっちに逃げる?俺は、攻撃されてから逃げ出したけど、グングニルだったら、もっと余裕のある段階で逃げようと考えられるはずだ。」
だとしたら、ゴーレムの左手が向きにくい方向へ逃げようと思うんじゃないか?
どう考えても答えが出てくる気がしない。動かなければとは思うが、動こうには行く道がわからない。
そもそも答えがわかる道ってなんだ?最終的に、グングニルとゴーレムに会える道だ。そこに行きつくまでに、正解かどうかはわからないものなのか?
俺が、逃げる時の状況を思い出してみると、大きな拳が水晶を砕いてきていたことを思いだせた。
「水晶が砕けている方が正解か?」
まっすぐ伸びる道と、曲がった先にある道を交互に見る。
パッと見た感じ、両方とも水晶が綺麗に生えていた。しかし、曲がった先にある水晶が、少し短くなっているような気がする。
全部同じわけではないことは重々承知の上だが、違和感を感じさせる短さだった。
気のせいかもしれないが、気になってしまった。
「…少しだけ進んで、違うなって思ったら戻ればいいんだ。よし、行くか。」
一人呟いて、ゴーレムが来ていた方の道へ曲がっていった。
先へ進んでいくにつれて、水晶が太いけど短いなんてものが増えていった。
そして、折れたばかりのような水晶を見つけてしまった。
戦っている音は聞こえなかったので、転がる速度を上げていった。
作中では、ハンマーと言っていますが、正式名称は箱屋金槌という種類のものらしいです。
私も初めて知りました。




