第十四話
上手く、ゴーレムの腕から逃れることができ、体の修復もできた。
このままゴーレムの許へ向かうのもいいが、また右手に追いかけられても困る。右手が無くなっている今、戦っているグングニルだって少しは楽になっているはずだ。そこへ、右手を連れて帰るわけにはいかない。
グングニルの無事を祈りながら、右手の許へ向かう。
ゴーレムの腕から放たれる指のロケットは、追尾の効果もあるようで逃げる側からすれば厄介だった。いつまで追尾しているのか、どのくらいの精度をしているのかはわからないが、俺の下部を犠牲にすれば防ぐことは可能だ。下部の修復も、体内の岩を使えば一瞬でできる。
さっきまで追いかけて来ていた右手は、機能を停止したように動いていなかった。
よく見てみると、腕の関節も外れ、バラバラになっていた。
(…本体から距離が離れすぎて、動かなくなったか?)
近づいて見てみるが、ただの岩の様にしか見えなかった。いや、フロックとかマストロックとかは魔物だ。岩と魔物との違いなんて、いまや一目でわかる。そもそも生き物なのだから違って当然だ。
しかし、ゴーレムの右手はただの岩と化していた。
(元々固有の生き物だったってわけじゃないしな。じゃあ、食べるか。)
近くにある、二の腕辺りから食べていく。
噛みつけば一瞬で消えるという現象にも限度があるようで、今回は何秒間か体内へ入っていく時間があった。噛みつけばとは言ったが、噛みつくというよりは、上下の歯を差し込むといった表現の方があっているだろう。
(敵を目の前にした状態で、このサイズの岩を食べるのは死活問題だな。)
そう思いながら、肘、腕と食べていく。
(洞窟の幅を埋めるくらいの岩も食べられてしまうのか…)
自分の胃袋の大きさに驚く。
貯蓄量に上限とかないのかな。
次は拳だ。そう思いながら、跳ねて近づいていると、突然その拳が小さく縮んだ。そして、空中に浮き、俺の方へ向いてきた。
岩を圧縮したのか?頭の足らない高校生にはよくわからない次元だ。
嫌な予感がする。勝手に動き出した拳を前にして、その嫌な予感がしたのは遅すぎると思うのだが。
拳はゆっくりと手を開いた。
パンッパンッパンッ!!!!
鉄砲を撃ったような、発砲音が洞窟内に響き渡る。
目にもとまらぬ速さとはまさにこのことなのだろうが、一瞬ではあるが弾が見えた気がした。急いで下部を犠牲にしようと動いたのが、銃弾に追いつけるはずがない。
もちろん痛みはないのだが、その衝撃はすさまじいものだった。
数メートル後方へ飛ばされたのは別に構わないのだが、下部は砕け、上部もまた砕けてしまった。弾けとんだ目にはまだ感覚があるようで、バラバラになったにも関わらず状況の確認はできるようだった。
片目には、空中に浮いた全ての指が無くなった腕があった。
もう片方の目には、魔石のついた上部の破片が見えた。その魔石が壊れたようには見えなかった。
俺の意識が残っていることが、粉々になってもまだ死んではいないということを物語っていた。
(声の排出をお願い)
「体の修復モオネガイ」
そう言うと、頭の中に『修復を開始します』という声が聞こえた。
上下が砕けていても、声を発することはできる。それに、修復もできる。
(もしかして、俺って無敵なのでは?)
そう勘違いしてもおかしくないはずだ。
体の修復は早い。望めばこんな形がいいとかも叶えることができそうだが、そもそも脚の感覚神経や左手の物もないので、なれる形にも限度があるはずだ。
体の修復はできたわけだが、これからどうしようか。
指を銃弾並みの速度で撃ちだせるのだ。拳の速度も、かなりのものではないかと思わされる。
あの指の攻撃が本物のバレットだというのであれば、俺のバレットはまだ投擲程度だ。今は移動に忙しいが、時間ができた時の暇つぶしができてしまった。
(俺も右手が無いと厳しいな。上部に弱点があるわけだから、噛みつきに行くわけにもいかない。そもそも、なんでただの岩になっていたのに動き出すんだよ)
あの大きさの岩の手を、これほどまでに小さくしたのだ。硬さはそのままで、ただ小さくしたという風には思えない。攻撃力や防御力、素早さが上がっていると考えた方がいいだろう。
(このまま対峙しておくのも、メリットを感じられないな。何回も攻撃されて修復してを繰り返すわけにもいかないし)
だからと言って、逃げるわけにもいかない。ゴーレムの許へ連れて行くわけにもいかないし。
いや、右手の回収をして、何かしら弄ってってすれば勝算は見えてくるはずだ。
回転し、下部を高速で投げ飛ばす。俺の中では、結構な速度で撃ちだせたと思っている。
風を切ったような音を出しながら、下部は右手に向かって行く。
当たって、少し怯ませられるのが理想ではあるが、避けられても別に構わない。少しでも時間を取れたらいいのだ。
下部を投げ飛ばしてから、それと同時くらいに転がるでゴーレムの許へ向かい始める。
(下部を切り離す。新しく下部の生成!)
必要があるかはわからないが、心の中でそう唱えた。
全力で転がっていく。すぐに下部の生成が始まり、バランスを崩しそうになったが、何とか耐える。
拳はすぐに追いかけてきた。その速度は、想像以上のもので、すぐにでも間を埋められそうだった。
攻撃を仕掛けるのは難しい。上部がっちり合わせた状態で転がっているのが一番安定しているので、下部を切り離すわけにもいかない。
(あいつは指が無くなっている。だったら撃ちだしてくるものも無いんじゃないか?追っては来ているが、攻撃手段は体当たりくらいしか無くないか?体当たりだったら、すぐに下部を切り離せば避けられる。つまり、攻撃に移られてからでも対応ができるはずだ)
俺だったら、すぐに指を復活させることができる。でも、あれは復活させずに追いかけてきている。復活させられないのか、敢えてさせていないのかがわからないので、余計に恐怖を感じる。
一直線に逃げていたので、すぐにゴーレムが見えてもおかしくないはずなのだが、その姿がどうにも見つからない。
別の場所で戦っているのだろうか。
ゴーレムという目印が無ければ、右手を探すのがさらに難しくなった。
全体を注意深く見ながら転がり続ける。
(魔石くらいしか、周りとの違いが無いんだよな。それに、そんなに大きくないし)
最悪だ。そう思いながら、拳から逃げ続ける。右手が無ければ攻撃手段が格段に減る。それに、残したまま別の場所に移動するわけにもいかない。ゴーレムに追いかけられていなくとも探さなければならないのだ。
いや、探す方法は目で見る以外にあった。
逃げながら、周りを見ながら更に別のことをするだなんて自殺行為だ。
探す方法というのは、右手を強化させようと試し続けることだ。
声が、右手が遠すぎると教えてくれる。繰り返し試せばどのくらいの距離離れているのかざっくりとだが教えてくれるのだ。
(右手を強化させたいんだけど…)
『右手との距離が遠すぎます。』
まだ遠いようだ。
後ろからついてきている右拳は、逆に近すぎるんだけどな。
攻撃を仕掛けてこないことに恐怖を感じる。
(右手を強化します。)
『右手との距離が遠いです。』
遠すぎるから、遠いに変わった。声の言うところの、遠いがどのくらいの距離なのかわからないのが問題ではあるが。
(右手の強化お願いします。)
『右手との距離があるため、強化はできません。』
遠いではなく、距離があると言われた。
もう少し転がれば、強化ができるんじゃないか?
(右手の強化をお願い。)
『強化を開始します。形や質はレベルに比例しております。』
そうか。強化をするともなれば、形の想像をしないといけないんだな。
待ってはいたがいきなりの事だったので、焦りながらではあるが、転がるを中断し、右側に跳び退く。 後ろからきていた拳が追い抜いて行き、すぐに止まって俺の方へ振り返った。
(そうだな。半径一メートルくらいの大きめの球に、水晶を生やせて鉄球みたいにする。球の表面には細かめの魔石を散らばらせて、水晶の輝きとでミラーボールみたいにする。そんな感じでお願いします。)
『約十秒かかります。』
…あ、そっか。強化にも時間がかかるよな。
近くにあるのがわかっても、壁や天井に刺さっている可能性もあるし、動かすことが可能になっても、今右手がどうなっているのかわからないので、変に動かすわけにもいかない。
十秒間か。短いようで長い時間だ。
自分よりも強い魔物と戦っている時の時間は、普段以上に長く感じるものだ。
変に逃げ続けて右手との距離ができ、強化が中断されてしまったら、ここまで来た意味がなくなってしまう。
下部を投げ続けるか、壁を削って投擲するか、マストロックみたいに岩を吐き出すか。
体内で簡単に岩の形を弄ることができたら、時間を稼ぐのではなく、いい戦いができるかもしれない。
(体内で、尖った岩を二十個くらい生成してくれ)
頭の中に、それに応じる声が聞こえた。
生成にもいくらか時間がかかるので、それをさらに潰すために動き始める。
同じ攻撃になるのだが、回転しながら下部を飛ばし、すぐに下部を切り離して新しく生成させる。
拳は避けるそぶりも見せずに、下部を受けた。衝撃は与えられたようだが、そもそも空中に浮いているので体勢を崩すも何もない。少し後方へ動いたようだがそれだけだ。
そこに、体当たりをするために飛び上がる。すぐに下部が生成される。
拳は、一瞬だけ避けようとしたのだが、また受け止めようと身構えていた。
『岩の生成ができました。』
ちょうどいいところにその知らせが来た、
急接近した状態で、口を開いて岩を吐き出した。
『スキル:マシンガンを習得しました。』
俺のバレット並みの速度で、口から尖った岩が連続して放たれる。
岩の大きさは、長さが十五センチくらいで太さが十センチくらいだった。拳は、その攻撃をもろに受けて後方へ飛ばされていく。
その姿を見て、心の中でガッツポーズをとった。
後方へ跳び退き、相手の行動を待った。
その間に、体内でまた岩の生成を開始させた。
『右手の強化が完了しました。』
その言葉と共に、数メートル離れたところにギラギラと厳ついミラーボールが現れた。
試しに右手を動かしてみると、それを自由に動かすことができたので、俺の右手だという証明ができてしまった。我ながら、あれを作ったと思うと恥ずかしかった。
ゴーレム戦が結構続くと思います。




