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第十三話

 美しい水晶に照らされて、明るくなった洞窟内。


 何度も言ってきたと思うが、俺は岩だ。だから汗はかかない。しかし、冷や汗が滝のように流れているような感覚はあった。

 これは俺が岩になってから二回ほどあった。いや、三度目だったか…?とにかく、よくない知らせであることには変わりないのだ。


 三階層へ下りてきて、初めて戦った魔物はトランスキンというエイのようなヤモリのような魔物だった。

 一人で倒すことは、今の俺では不可能な魔物だった。背中の皮膚を自由に変身させることができるし、動きも素早かった。硬さと弾力感が相まって、俺の攻撃が真面に通ったとも思えなかった。

 グングニルがいたからこそ倒せたと思う。

 

 しかし、今回は例外だと思う。

 俺は、初めてピルバットと対峙した時や、二体のロックゲコと対峙した時以上に心臓がバクバクとなっており、逃げなければならないという生物の本能が頭の中を埋め尽くしてきているのだ。

 グングニルでさえ、警戒するほどだ。それに、これまでは見せなかった余裕のない様子でもあったのだ。


 「…来るよ。」

 グングニルが小さな声で言った。

 前の曲がり角の先から感じる気配が、すぐ傍まで来ている。

 覚悟はできている。死ぬ覚悟なのか負ける覚悟なのかはわからない。少し前まではただの男子高校生だった俺に、死ぬ覚悟を問うなんて頭がいかれているんじゃないか?グングニルに言ったわけじゃないからな。


 右手をすぐにでも撃ちだせるように構える。

グングニルもまた、いつでも攻撃ができる様にと構えていた。


姿が見えた。影ではない。

 光があったので見間違えるわけがない。

 

 姿を現したのは、巨大な人型をした岩の塊だった。

 巨大な手をしており、人型だから当然だとは思うのだが、二本の脚で歩いていた。体は、綺麗な逆三角形になっているようで、大きいのは手だけではなく上半身自体が大きかった。その背中からは、壁にあるような巨大な水晶が生えていた。

 頭部には、小さめの岩があり、その中央に丸みを帯びた魔石のようなものがあった。

 その姿は、俺の知っている魔物で言うとゴーレムに近いと思う。

 

 先手必勝だ。全力でバレットを放つ。

 高速で飛んでいく俺の右手がゴーレムの頭部にぶつかった。

 不意打ちとはいえ、少しだけ体勢を崩した姿を見て、もしかしたら倒せるのではないかと希望が見えた。

 体勢を崩しているところに、グングニルが体を発光させながら突撃していった。

 

 よくよく考えてみると、岩に突撃していく虫ってクレイジーだよな。

 次の攻撃に繋げるために、ぶつけた右手を構えなおす。

 しかし、そこで嫌な予感がした。

 

 ゴーレムは、俺の方へ頭だけを回して顔を向けて来ていた。

 体勢を立て直す姿や、頭を動かす姿を見て、動きは遅いのだと思う。

 グングニルの突撃にも反応ができなかったようで、ちょうど顔を向けて来ていたということもあって、グングニルの攻撃が魔石のようなものに直撃していた。

 

 カキンッ!!


 高い音を鳴らし、グングニルが後方へ弾かれた。

 弱点だろうと思わせられた魔石のような部分であっても、グングニルの攻撃はそれほど通らなかったように見えた。ほんの少しだけ傷がついた魔石が物語っている。

 グングニルの攻撃に続いて、俺はバレットを放った。

 さっきの嫌な予感はどこからくるものなのか、違和感はあった。しかし、攻撃できる内にしておいた方がいいはずだ。


 魔石にバレットが直撃した。やはり、効果は見込めなかった。それでも少しは体勢を崩せたと思う。他の部位に攻撃をしていないのでわからないが、衝撃は与えることができるようだ。


 体勢を立て直しながら、ゆっくりとゴーレムは右手を突出した。

 バランスを崩してもおかしくない体勢だと思うのだが、崩さずに右手を俺の方へ向けていた。

 右手の拳を向けられ、やっと気が付いた。

 嫌な予感の正体はこれだ。そもそも、俺とグングニルの攻撃が通っていない辺りから、防御力が尋常になく高いことは分かっていた。

 

 「君!避けて!!僕でも止められない!!」

 グングニルが腕の向きとは反対の方へ飛んでいく。

 見捨てられたとかそういう訳ではない。俺に気を使える余裕のある魔物ではないのだ。

 

 グングニルに言われる前から、危機感を感じて体が動いていた。怖いから固まる、そんなアホみたいなことは小学生の頃に卒業した。ごめん、嘘。


 進化をした時や、マストロックと戦ったとき、相手の攻撃で体が削れたり砕けたりして小さくなっていたのに、岩を食べたりすることで回復していた。

 俺の意識があるのは、上部の方である。下部は器のようなものだと思う。ピルバット戦で、下部を砕かれていたのに死ぬことがなかったからだ。

 つまり、上部が無事だったら死ぬことはない。

 避けられないと思ったら、下部を捨てて全力で逃げればいい。下部から離れられなかったことも、下部自体が無くなれば縛られること自体が無くなるはずだ。


 ゴーレムとの距離があったので、余裕はあるだろうと思い、後方へ転がるで逃げた。

 

 ガガガッ!!ギギッ!


 巨大な拳が飛んできた。さっき見た時よりも大きくなっている気がする。いや、気がするなんてものじゃない。大きすぎて、洞窟の壁から生えている水晶に擦れていた。

 …擦れているということは、勢いが軽減されるんじゃないか?もしかしたら、止めることもできるんじゃ?

 そう思ったが、水晶も無限に生えているわけじゃないし、そもそも俺が食べていたということもあり、すぐに拳に当たる水晶が無くなった。

 拳の速度は、俺のバレットほどのものではなかった。

 

 体感的にだが、バレットから逃げて、二十メートルほど走っている。

 いつまで続くんだ。そう思っていると、拳の人差し指のみが開き、伸びていた。

 

 バキバキッ!!ゴオオオオオ!!!


 拳から人差し指が外れ、高速で飛んできた。その速度はバレット並みのモノであり、俺と拳との距離を埋めてきた。


 (…さすがに無理だろ!?)

 そう諦めかけたが、死にたくないというのが生き物としての本能だ。


 (待てよ。なんで、俺はまっすぐ走っていたんだ…?)

 死ぬと思うと、妙に冷静になった。どうせ死ぬなら、挑戦したいものがある。

 焦りすぎて曲がる余裕がなかったんだと思うが、俺はまっすぐと走っていた。洞窟の壁を埋め尽くすくらいに大きな拳だ。俺が曲がると、それに着いてこられるとは思えない。


 「…行グゾオオオオオオ!!!!!」

 発音に気を向けられなかったが、生き物は声を出せばより力を出すことができると、体育の先生だったかが言っていた。案外、それは正解なのかもしれない。

 冷静にはなれたが、恐怖が抜けたとかそういうわけではない。しかし、声を出すことで意識から少しだけ離すことができた。


 下部は捨てる。おとりに出来るのだったらそうするつもりだ。

 拳は、壁に当たるほど大きいというわけではない。壁の方には隙間があった。指が高速で飛んできて、俺に当たるというくらいにまで近づいてきていた。


 すぐに下部を捨てて、上部を回転させながら拳の方へ向かう。


 ズドオオオンッ!!!!


 爆発音が聞こえた。後方から来た風に押され、より早く拳に近づいて行った。回転しているのだが、状況の確認はできている。

 拳と壁の隙間を確認にする。


 (…ッ!?中指かッ!?)

 中指が開き、伸びる。そして、すぐに拳から離れて高速で飛んできた。しかし、それが放たれるのは遅かった。

俺はすでに拳に当たるかというくらいにまで近づいていたのだ。


うおおおおおおおッ!!!!


『声を排出しますか?』

 

 (そんな質問ないだろ!?)

 ツッコミを入れる場合でもないはずだ。

 下部が無いから、省略できなかったのかもしれない。

 

 回転したまま、拳と壁の隙間へ向かって行く。

 思った以上にその隙間は小さいが、通れないほどの物ではない。


 ガガガガッ!!!


 壁にぶつかる衝撃が頭を揺らすが、そんなもので体勢を崩すわけにはいかない。

 

 いけええええええええッ!!!!!


 『声を排出しますか?』

 体内では声は出せているが、外には出せていない。

 

 迫ってきていた拳は肩から外れて来ていたようで、腕や肘が着いてあった。

 ゴーレムの右手から、上手く通り過ぎることができ、そのまま、さっき曲がり損ねていた角へ向かった。

 右手が後ろ向きに動いてくることはなく、無事に曲がることができた。


 (逃げ切ることができた…死なずに済んだ…)

 体が震えているような気がしたが、今はそれどころではなかった。

 右手は、そのまままっすぐ飛んでいくことも後ろへ飛んでくることも無く、空中に飛んであった。


 (…俺の右手だったら、俺が見ている限りは自由に動かすことができた。見えなくても手は動かせるけど、もちろん相手に当てられるという確率は少ない。あいつの場合はどうなんだ?指を動かしてさらに追撃してきたから、見えているのか?でも、だったら後ろ向きに動いてくるはずだし。)

 壁に隠れながら、空中に留まっていた右手を見る。

 空中に浮き続ける物なのかと思っていると、突然地面に落ちた。


 (…誘っているのか?でも、グングニルは物質系には知能が無いって言ってたし。)

 そう言えば、フロックも戦闘に慣れていっていたような記憶がある。魔物ってこともあるから、戦闘に関しては伸びていくものなのか?そうすると、あの右手にも何らかの意図があると思うのだが。


 (とりあえず、岩を食べて下部を復活させないと…)

 高速スピンした状態で、歯を壁にぶつけて削る。小さい岩と砂が出てきており、今の俺にはそれも必要なものだったので、食べることにする。

 

 『岩を捕食しますか?』

 もちろん食べるぜ!そう心の中で言うと、少しだけ岩と砂が消えた。

 

 ...もしかして、この質問をやり続けないといけないのか?

 新しく岩と砂は現れる。そして、小さいそれらはすぐに散らばっていく。削った瞬間に食べた方が、効率的にはいいんじゃないか?

 

 そう思ってから、数秒に一回そのやり取りをする。

 

 (かき氷作ってるような気分だな。)

 削っていると、心にも余裕ができてくる。

 どのくらい経ったかはわからないが、結構な量の岩と砂を食べたと思う。しかし、下部の復活はなかった。


 (…まさかとは思うけど。下部を作りたいんだよなー。下部が欲しいなー。)

 この世界にも神様がいるかはわからないが、頭に響く声を神様の声だと思い込み、その神様にアピールしてみる。

 神様というと、あのろくでもない猫を思い出してしまうのだが、この世界の神様はもっとできた神様だと思っている。


 『下部の再生を行いますか?』

 

(もちろんするとも!!)

信じていました!と、媚びるように声を上げた。


浮遊している上部の下から、そのまま下部が現れた。

新品の下部だ。


そして、さっきふと思ったことも思い浮かべてみる。


 (右手の強化とかそう言うのってできないのかな。)

 

 『右手の強化をしますか?使用する素材や量は自由です。』

 まさかそれもできてしまうのか!


「モチロン、強化スルゾ!!」

 そう言うと


 『右手との距離が遠すぎます。』

 と、言い返された。

 そこで、やっと右手の存在を思い出した。

 確か、ゴーレムにぶつけて、逃げることに必死になって…


 そういえば、グングニルにも無事だろうか。俺よりも強いけど、虫だ。虫を馬鹿にしているわけじゃないけど、相手が相手だ。


 「…無事デアルコトヲ祈ル。」

 …よし!とりあえず、あの地面に倒れた右手を見に行くか。

 下部はいつでもどこでも復活させることができるしな。それに、今戻っても、何もできないままに終わる。どうにかして攻撃手段を得ないといけない。

 

 そうして、地面に落ちている巨大な右手の許へ向かって行く。


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