第十話
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三階層へと続く階段の前でカブトムシが待っていた。
『ごめんね!でも、今はそれどころじゃないんだ!事情は、ここから先に進む道中にでも伝えるから、ごめんね!』
そう言って、俺が追い付いたのを確認すると、早速階段を下りて行ってしまった。
転がったままの時に、カブトムシが先へと進んでいったので、スピードを保ったままに階段を下りることができた。バランスを崩したら一気に転んでしまうので注意して、階段を下りていく。
キラキラと輝く、宝石のような水晶のようなものが至る所に生えた輝く世界が、下の階層には広がっていた。
幻想的な世界に、俺は空いた口が閉じなかった。
赤や青、緑や黄色、それに白色。さまざまな色の水晶は、槍の様に鋭く突き出ている。その各々が自ら発光しているのか、洞窟内とは思えない程に明るくなっていた。
『…。』
先に着いていたカブトムシも、焦っていた姿はどこへ行ったのか。目の前に広がる、あまりにも豪華な自然のイルミネーションに言葉を失っていた。
「キレイ、ダ。」
前世でも、人の描いたイラストくらいでしか見たことがない。世界は違うのだが、これが現実とは思えない。
『ああ、すごく綺麗だね。』
フヨフヨと、ゆっくり洞窟内を飛んでいく。
カブトムシの体の色がここでやっとはっきりと見えた。緑色の体に黄色いラインが入っていた。手足は、俺の知っているカブトムシより少し太めに見えた。
角は、以前見ていた通りで、槍の様に鋭かったのだが、左右合わせて六つほどの返しが着いてあった。突き刺すと引き抜くのが困難そうに見える。
『そうだ。忘れてた!』
ふと我に返ったように、声に覇気が戻ってきた。
『君には伝えておこうと思う。僕の種族名はグングニルって言うんだ。この種族はとっても貴重でね。このダンジョンの入り口ははある森に繋がっているんだけど、そこには僕と同じ種族はいなかったんだ。それなりに世界を飛び回ったつもりではいるけど、未だ僕と同じ種族と出会ったことはないんだ。』
世界がどのくらい広いかとか、森がどのくらい広いか、どのくらいの種族がいるのかなど、ここから出たことのない俺には想像もつかない。
そんな俺にも言いたいことがある。
グングニルと言えば、かの北欧神話の主神であるオーディンの持つ槍の名前じゃないのか?有名どころなので、俺でも名前くらいは知っているぞ。投げても戻ってくるなんて話を、中学生の頃に友人が言っていた。
そんな、主神様が持つ槍と同じ名前の魔物がバンバンいたらおかしいだろう!
『僕の持っている情報は、そんな旅の道中なんかで盗み聞きしてたきた物がほとんどなんだよ。それでね、グングニルって魔物は伝説上とも言われるほどに珍しいらしくてね。僕の体や魔石を使うと、これまた伝説の武器が作ることができるそうなんだよ。』
だろうな、と思った。そんな名前の魔物が伝説じゃなかったら何だ。
…いや、待てよ。
伝説上とまで言われているレアな魔物で、その体を使えば伝説の武器が作れるという。そして、その本人は、焦った様子でこの洞窟に入ってきた。
……もしかして。
「外デ、人間ニ見ツカッタ?」
『うん。見つかっちゃったんだよね。それなりに力の付いた複数人の冒険者に見つかっちゃったんだ。目の色を変えて追いかけてきたから、急いでここに逃げ込んできたんだよ。』
…俺の目から見て、カブトムシもといグングニルはとても強い。そんな彼が隠れて過ごそうというくらいにその冒険者とやらは強いようだ。
三階層へ下りようと焦ったのも、近くまで来たことを察知したからだろう。
『僕は、この貴重な種族ってことで何度か見つかって追いかけられるなんてことがあったんだ。そのおかげで、魔力感知には優れていてね。離れていたって感知することもできるんだ。』
「倒セナイノカ?」
尋ねてみる。どう考えても、岩をも貫くグングニルが人を倒せないとは思えないのだ。
『少し厳しいな。人数とその質がね。見た感じ上位の冒険者だったんだよ。だから、奥の方まで進んで体力を削っていこうかと思っていてね。運がよかったら、ダンジョンマスターに助けてもらおうだなんて思ってもいるんだよ。現実的なことを言えば、入り組んだ洞窟型のダンジョンで体力を削りつつ、僕はレベルを上げて戦いの準備を整えるってところだよ。』
そんなことを聞かされたら、二階層目で時間を取ってしまったことが悔やまれる。
「俺ハ、疲レルコトモナイ。ダカラ、コレカラ先ハ、モット早ク進ンデモラッテイイ。モット早ク、強クナル。」
そう伝えると、グングニルはこちらを振り返った。
『無茶はダメだよ。体が疲れなくても、心は疲れるんだ。ここにたどり着くまでに、彼らは十分に疲れて行っているはずなんだ。でも、取りあえず下へと続く階段を探すところから始めよっか。』
前を向いて、進み始める。
入り組んだ道なことには変わりがなかった。
「ゴメン。少シ待ッテ。」
あることを思いだした俺は、カブトムシを呼び止める。
『どうしたの?もしかして、魔物を見つけられた…?』
振り向いたカブトムシは、驚いて動けなくなったことだろうと思う。
俺は、右手を水晶の根元にぶつけ、削り出していく。右手だけでなく、マストロックのしていたような回転をして削るという削岩方法で、水晶を削り出していく。
『え、な、何をしているのかな…?』
グングニルは大切なことを忘れていたようだった。俺にはレベル上げだけでなく、他にも必要なことがあるのだ。
片っ端から水晶を削って行き、粗末なかき氷みたいに積み上げていく。岩の部分も削っておく。
全力で、高速で山を育てていく。水晶で明るかった洞窟が、電気を消して行った廊下の様に暗くなっていく。
「岩以外ニモ、貯メテ置キタカッタ。後、光ノ元ヲ絶テバ、人間モ歩キニクイハズダ。」
そう言って、作業を続ける。
それも食べちゃうんだ…と、少し残念そうな声が聞こえた気がした。
山積みになった水晶を一口で体内に入れていく。文字通り山の様に積まれていたのだが、一瞬で消えていく。
生えていた水晶を全て食べたせいで、階段付近は真っ暗になっていた。
「オ待タセ!」
満足だぜ!そう言った表情で、待ってくれていたグングニルに近づいていく。
『う、うん。行こっか。』
なんとも言えない空気を醸し出しながら移動を再開した。もちろん、その道中も水晶を砕いて食べるなんてことが続いていた。
すると、うっすらと魔物の気配を感じた。
『君も感じた様だね。』
ここまで来ると、魔物の擬態も上手くなっており、注意して周りを見渡してみても中々見つけることができない。
とりあえず、水晶を食べようと壁を殴ったとき、その壁が動き始めてしまった。
『壁じゃないよ!魔物みたいだ!』
すぐに後方へ下がり、距離を取る。壁から姿を現したのは、平べったいヤモリのような魔物だった。足が見えたからそう思ったのだが、脚が見えなければエイのようにも見えた。
背中の皮膚が自由に変形するようで、ゴツゴツしていた筈の岩肌がツルツルの皮膚に変わっていた。細かい鱗か何かが着いているとは思うが、この洞窟で初めてツルツルした生き物を見たかもしれない。
先手必勝というやつだ。背中に右手を撃ち込む。
「クルルルル!」
弾力で押しのけられたが、傷を負わせることができた。
先手必勝とか言ってはいたが、その前にすでにダメージを負わせていた。
相手は声をだしながら、体をグネグネと揺らし、高速で天井へと走っていった。
『あんまりダメージはないみたいだね。次は僕が行くよ!』
そう言って、貫く攻撃をしようとしたが、相手の魔物がすぐに背中の皮膚の形を変え、大きな尖った岩の塊を作った。巨大な岩に警戒し、グングニルは攻撃を中断させた。すぐに背中の皮膚は戻っていった。
一瞬で背中の皮膚を自由に変身させることができるようだ。
『…厄介だな!』
そう言って、次は頭部を狙ったようだが、頭部であっても皮膚を弄ることができるようだった。どんな体をしているんだよ。
そうだ。岩をも噛み砕く鋭い歯をした俺からすれば、そんな皮膚を食い破ることだってできるはずだ。
「グングニル!モウ一度、背中ヲ狙ッテミテクレ!!」
そう言うと、グングニルは躊躇せずに攻撃をしようと向かってくれる。案の定、背中を変形させて、尖った岩が出てくる。そして、それをグングニルは避ける。
背中を岩にさせた瞬間に、俺はそこに噛みついた。ゴムのような柔らかさがあるが、表面は鱗のせいかザラザラとしていた。
噛み千切ることができるかというと、難しい。皮が分厚くなっているような感じで、歯が奥まで刺さっていようと感触は変わらなくなっていた。
「クルルルッ!?」
焦ったような声が聞こえる。
痛みのせいか、岩となった皮膚を元には戻せないようだった。
噛み千切られないし、どうしようと考えていると、視界に一瞬だけ光の糸のようなものが見えた。
「クルラアアア!」
すると、断末魔のような声が聞こえ、魔物が消えた。
『あれ、消えちゃった…?』
グングニルの声を遮るように、あの声が聞こえてきた。
『相手のトランスキンを倒しました。経験値を取得しました。レベルが上がりました。レベルが十五になりました。スキル:魔力精密探知(近距離)を取得しました。』
トランスキンって名前なのか。レベルは、あと十といったところか。
魔力探知か。以前から、探知はできているはずなのにスキル取得ができていないということに違和感を抱いていたが、探知できる距離と精密さが足りていなかったんだと思う。もしくは、魔物の種類の数なのだろうか。
トランスキンの死体が一瞬で消えたのは、俺がかぶりついていたのが原因だと思う。
『硬さとはまた違う防御力に秀でた魔物か。それに自由に形を変えられるのは厄介だね。』
そう言って、すぐに移動を始めたのだが、道の曲がり角から魔物の気配が探知できた。
『...これは、強いね。』
グングニルの言う通りで、嫌な予感がしてたまらない。こいつは危険だ。
魔物の気配は、ゆっくりと近づいてきている。
『…覚悟、出来ているんだったよね?』
そう言って、俺の方へ振り向いてくる。その顔は、恐怖に染まった物ではなかった。むしろ、ギラギラと光った瞳は、戦いを望んでいるように見えた。
まさか、グングニルは戦闘狂だったとは…。
『さっきのは厄介だったけど、一撃で仕留めることができた。攻撃のタイミングが問題だっただけだけど。今回のは、タイミングとか関係なしに厄介だと思うんだ。』
魔物の気配はすぐそこまで来ていた。そして、曲がり角から、ゆっくりとその姿を現した。




