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ドリーマーズ・ハイ、あるいは夢の世界における少年少女たちのサイケデリックな日々  作者: 畳屋 嘉祥
1章 エンカウントは突然に、あるいは夢の世界ではポピュラーな事象
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1-5 死にかけ=血だまり



 なにかに吹き飛ばされた――――。

 その事実に気付くと同時に、全身に激痛が走る。

 コンクリート上をのたうち回る中、頭の上から声が響く。


「これだよこれこれ! これこそがチュートリアルの最後を飾るにふさわしいイベントだよ! 習うより慣れよ、論より証拠ってやつでね、今の今までボクが延々ベラベラ喋ってきたいかにも荒唐無稽なこの世界の仕組みや説明に対して現状のキミは恐らく半信半疑なんだろうと思うけれど、その残り五十パーセントの疑念を一片も余さず空の彼方までブッ飛ばして差し上げられるのがこのイベントバトルってわけさ。というわけでヨータロー、非常に悪いんだけれど――――


 ――――一回死んでみようか?」


 冗談じゃない。

 冗談じゃない、冗談じゃない、冗談じゃない。

 一度死ねだと? ふざけるな、人生は一度きりなんだ。ここは夢、なんでも願いが叶うからと、その言を馬鹿正直に信じてひと思いに殺されろと? 


「あっははは、皆まで言うな、大丈夫大丈夫! 死にたくないっていう願いは人間が持ちうる願望の中で最も強いものなんだよ? だから叶う、絶対に叶うって、無問題無問題、この世界では人はそう簡単に死なないのさ♪」


 馬鹿かお前は。それが絶対だという保証が一体どこにあるというのか。

 ――――言おうとして、叶わない。

 それどころか呼吸すらままならない。なにをされた、どうして俺は吹き飛んだ。なにもわからないまま、声にならない苦痛に呻く。すると。


「ぐ、あぁぁ……!」


 苦しそうに叫ぶ声。俺のものではない。

 なんとか目を開けてそちらの方に視線を遣れば、やや遠目に、自分の右腕を抑えて喚いている血塗れの男の姿が見えた。

 ぶらりと垂れ下がったその腕からは、滴るなどという表現が生ぬるく感じるほどの血が流れていて。


「馬鹿かあいつ。治ってもねえ腕で殴りゃあ痛えに決まってんだろ」


 ぬらついた低い声の嘲笑が耳に入り。


「あはははは! リッシー酷だねぇ! つーか仕方ないじゃん? だって今の彼ってばほとんど夢使えないんだから、体強化して殴るか蹴るしか攻撃方法ないわけだし? かといってなんにも考えずに馬鹿正直に殴りかかるとはボクも思わなかったけど? フェノちゃんびっくりだよ、っはは、あっははははははは!」


 甲高く馬鹿笑う底意地の悪い声を聞いて、俺は確信する。


 ――――狂ってる。こいつらは間違いなく狂ってる。

 人様に平然と死ねなんて言い捨て、なおかつその様を馬鹿みたく笑うフェノも。

 無感動に人を殴り倒し、あまつさえ半死半生の人間に人殺しを代理させるあのパーカーの男も。

 瀕死にも関わらず、苦痛や流血を顧みずこちらへ殴りかかってきた血塗れの男も。

 全員、全員だ。全員まとめてまともな神経をしていない。頭がおかしいんだ。

 

 汚らしく吐き捨てたい衝動に駆られるも、口は酸素を求めて情けなく喘ぐばかりで、言葉らしい言葉を出すことも叶わず。


「くそ、さっさと死ねよ……!」


 ふらふらと。血を垂れ流してコンクリートに赤黒いラインを曳きながら、ぼろ切れのような男はこちらへ迫る。一歩一歩、ゆっくりと。

 ――――まずい。本能が叫び、脳が体を強引に急かす。鈍く痛む右の腹と腕。どくどくと血の流れる音が嫌に鼓膜を震わせている。

 それでもと、足は固い地面をしかと踏み締めて、無理やりに体を立ち上がらせる。


 ――――どうする、俺はどうすればいい。


 鈍る頭で自問する。

 相手は瀕死ではあるが、こちらを軽く吹き飛ばすことのできる力を持っている。

 あのような細腕で、しかも手負いの体で、かつおびただしい量の出血をしているというのに、どこからパワーを出しているのか。その理屈は分からないが、俺があいつに殴られて吹き飛ばされたという事実は疑いようもない。

 あんな、今にも倒れそうなほどふらふらとした足取りなのに、どうやって――――


「………………おい、待て」


 ふと違和感。なぜだ、と疑問が浮かぶ。

 なぜ、今のあいつはあんなにも()()()()()のか。先ほどは不意を突かれたとはいえ、俺の認識よりも速く動いて殴りかかってきていたというのに。


「待てって言われて……待つバカがいるかよ……!」


 俺が漏らした言葉を勘違いして、男が言う。その口の端からは一筋の赤い線が垂れていて、表情はいかにも痛々しい。そしてやはり歩みは遅々としていて。

 なぜだ。なぜそんなにも遅い。それではまるで、夢もへったくれもない、本当の重傷者じゃな――――


 ――――待て。そうか、そういうことか。


 フェノは言っていた。ここは夢の世界、なんでも願いが叶う場所だと。

 だから自由に空も飛べる。投石に衝撃波が伴いもする。満身創痍の人間が超人的な力を発揮することもできる。

 この世界ではなんでもできるんだ。なんだって叶う。だから――――


「……法典」


 パーカーの男が口にした単語だ。『法典に出力を絞られている』と、確か奴はそう言った。それにフェノも『今の彼はほとんど夢が使えない』と言った。

 つまり今のあの男は、『法典』なる概念によって一定以上の夢の発現を抑制されている。そこまでは簡単に予測が付く。――――重要なのは、その事実の捉え方だ。


 この世界ではなんでもできる。なんだって叶う。

 だったらそう――――逆も然り。


「なにをぶつぶつと……! てめえ、いい加減に――――――――」


 ――――また来るか。声の張り方から血塗れの男の力みを察して身構える。

 腰を落として相手を見る。重要なのはそう、目の前の男の状態を仔細まで把握すること。そして、常識を見失わないこと。


 つまりはそう、願えばいい。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と。


 血濡れの男の肩が一瞬、すっと沈んだ。攻撃が来る――――――


「――――死ねよぉ!!」


 見えた。右腕による大振りの殴打。動きは速い。しかし――――間に合う。

 咄嗟に右膝を折って地面へと勢いよく転がる。右斜め前への前転。瞬間、肩に奔る痛み。だが今は気にしていられない。

 慌てて体勢を立て直して立ち上がり振り返れば、全力での攻撃を外して大きくたたらを踏む細身の男の姿があって。


「っくぁっ!? くそ、避けんじゃねえよ!」


 転びそうになりながらもなんとか踏みとどまった血塗れの男は、むき出しの敵意と焦りを滲ませながらこちらを睨む。

 今の奴の一連の動き、確かに動きは速かった。が、俺の目でも見えた、追えた、対処できた。……と、いうことは。


 ――――成功だ。しかもあいつ、あの様子だと多分気付いてない。


 すると、遠くから「あぁ?」という低く粘っこい声と、「おやぁ?」という甲高いにやにや声が耳に入って。……あの二人は気が付いているようだが、わざわざ血塗れの男に教えるような素振りも見せていない。


 ――――そのまま黙っていてくれれば好都合だが。……それにしても。


 思いのほか効力が薄い。これが成功すれば奴の動きを大きく鈍らせられると踏んでいたのだが……と、考えたところでふと思い出す。


 ――――そうか、願いの『競り合い』か。


 相反する二つの夢は互いを相殺し合う。表層化するのは、願いの強度で相手方を上回った側の夢のみ。

 結果から察するに、つまり俺は競り負けたということなのだろう。俺の抱いた『あんな怪我でまともに動かれてたまるか』という願望の強さが、奴よりも劣っていた。この世界のルールに則ればそういった表現になるか。

 

 だとすれば――――話は極めて単純だ。要は勝てばいいのだから。


 状況に光明が見えたことに対し、自然に口の端が吊り上がる。

 それを見咎めた血塗れの男は「てめえ、なにがおかしい……!」と目を剥いて怒りを露わにして――――それにまた、思わずほくそ笑む。

 感情を乱してくれてありがとうと、言葉に出してしまいそうになるのを飲み込んで俺は、淡々と言う。


「別に、なんでもない。ただちょっと思っただけだよ」


 一拍、二拍とわざとらしく間を置いて、抑揚を付けつつ言葉を続ける。あるいは呪い染みた意味を持つことになるであろう、その言葉を。





「――――()()()()()()()()()って」





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