黒猫堂、万引きに遭う5
とりあえず、まずは今日は他の業務を覚えなければならない。ホームページについてはまた後日という話になった。
神谷に教わりながら通販の出荷作業を手伝い、それが終わったら店のレジの使い方など細かいことを教わっていった。
「買い取りについてはとりあえずまだ僕でないと難しいと思いますので、もし僕がいないときに買い取りのお客さんがみえたときは、一旦預かるか持ち帰ってもらって、後日来てもらうように言ってください。ご希望があれば出張買い取りもしますので、その旨お伝えしていただければと思います」
それから棚に差してある本の入れ替え作業や、整理などの雑用を手伝った。途中にぽつぽつとお客さんの出入りもあり、その対応についても学んだ。そんなことをしているうちに、アルバイトの時間も終わりに近づいてきた。
「今日はありがとうございました。給料については月末締めということにさせてもらいたいと思っています。次に入ってもらう日など、予定表につけておきたいので教えていただけますか?」
神谷はそう言って手帳を広げた。それに対し、茜は会社の休みが月曜と日曜であることを伝えた。
「あのでも、今度の日曜日は予定があるのでバイトは休みにしておいてください」
予定というのは例の少年野球チームを見に行くことだ。もちろんそのことにはこの場では触れない。
「ええ。わかりました。他の日でも、体調が悪かったり都合が悪くなった場合はまた教えてください」
「はい。そうします」
茜がそう言うと、神谷は少し沈黙した。視線は手帳をじっと見つめたままだ。
「申し訳ありませんでした」
「え?」
神谷の口からそんな言葉が出てきたことに、茜は驚いた。
「松坂さんがお勤めされていることはわかっていたつもりでしたが、せっかくの休みの日まで潰してしまって。これでは体を休める暇もありませんよね」
「あ、いえ。でもわたしも承知の上でバイトしに来てますから」
茜は目をぱちくりとさせる。なんだ、これ。
「ちょっと僕も昨日は強引に勧誘してしまいました。配慮が足りなかったです。ですけど、やっぱり来てもらえると助かります」
――なんで。どうして今さらそんなことを言うのか。昨日はあんなに図々しくふてぶてしいまでの態度だったじゃないか。それなのに、今日になってこんなことを言うなんて、卑怯だ。
だって、これではいい加減な気持ちで働けない。例の本が手に入るまでの我慢だというスタンスが揺らいでしまう。
茜はその日、複雑な気分で黒猫堂古書店をあとにした。