招待状10
「僕が彼女に電話で訊いたんですよ」
「お店からの電話だったら取らなかったんだけど、公衆電話からだったから。ごめんね。葵。その電話で、わたしがお店にはいないってことがばれちゃったんだ。店にいるのは誰かって訊かれたら、答えるしかなかったの」
松坂茜はそう言って、双子の姉である葵に向かって頭をさげた。しかし、そんな妹に向けられたのは、冷たい姉の言葉だった。
「ばっかみたい。なにこれ、茜。全然おもしろくないよ。はめるつもりが逆にあたしがはめられてるって、ありえないから。二人で共謀してあたしを馬鹿にしてるつもり? いいの? そんなことして」
松坂葵は本棚の間をつかつかと歩いて、妹に近づいていった。
「なんかここの仕事のこと随分気に入ってるみたいだったから、どんなものかと思って代わりに来てみたけど、ぜーんぜんおもしろくない。せめてもうちょっと店主が馬鹿で、騙されててくれてたらおもしろかったんだろうけどさ」
同じ顔をした二人が対峙する。瓜ふたつの姉妹は、けれどその顔以外はまったく対照的だった。
「それにしてもむかつくのは茜、あんただよ。あんたの大事な本を奪ってやりたかったのに、結局あんたはあたしを騙してたってわけなんだ。失敗するのをわかってて、心の中で馬鹿にしてたんでしょう!」
葵は怒気もあらわに声を荒げた。対する茜は目に見えて怯えている。
「ごめん! ごめんなさい! そういうつもりじゃないの。本当にわたしは、葵を馬鹿にするつもりなんてこれっぽっちも……っ」
松坂茜は、はっと言葉を呑み込んだ。彼女に大きな影を落とすように、葵は大きく腕を振りあげていた。
「そのくらいにしたらどうですか」
松坂茜に姉の腕が振ってくることはなかった。神谷がその腕を後方から掴んで止めたからだ。
「ちょっ……! 痛いっ。離してよ!」
「あなたが茜さんに危害を加えないと約束してくだされば、離して差しあげますよ」
感情を抑えてはいたが、その声は怒りに震えていた。神谷はぐっとその手に力を込めた。
「痛い痛い痛い! わかった! もうしないから離してっ!」
葵の叫び声が、店内に響き渡った。
神谷が葵の腕を放すと、葵は堪らずといったふうに、茜を押しのけて神谷から離れた。そして振り返り、彼女は一度だけ神谷のほうを見た。その目は威嚇する獣のように鋭く、まるでなにかに怯えてでもいるかのように思えた。
それから神谷は本棚の間から、彼女の行動を観察した。彼女は向こう側の通路からレジカウンターのほうへと回り、トートバッグとダウンジャケットを掴んで再び扉のほうへと向かっていった。外に出ていくつもりだ。
「葵、待って! 先輩からの手紙、返してよっ。約束だったでしょう!」
茜の呼び止める声に、扉に手をかけた葵が妹を振り返った。そして憤然とした様子で、肩にかけていたトートバッグから水色の封筒を取り出すと、その場に投げ捨てた。
「なによ! これでいいんでしょう?」
葵はそう言うと、勢いよく扉を開けて外へと出て行った。彼女が開け放っていった扉からは、冷たい空気が流れ込んできている。
しばらくしんとした沈黙が辺りを包んだ。神谷と茜は、葵の出ていった扉から見える外の白い世界を見つめていた。
先にその沈黙を破ったのは、茜のほうだった。
「寒いですね」
彼女はそう言って、床に投げつけられた封筒を拾った。そのあと開けっ放しになっている扉を閉めに行き、再び店内に目を向けた。そしてそこで初めて、彼女は神谷と目を合わせたのだった。松坂茜の瞳の色は潤んで見えた。しかし、その瞳を見たのは一瞬だけだった。なぜなら、それからすぐに彼女は神谷に向かって深々と頭をさげたからだ。
「すみませんでした。いろいろとご迷惑をおかけしてしまって……」
松坂茜は今にも消えてしまいそうな風情で、小さく身を縮めていた。
「松坂さん。顔をあげてください。あなたが謝らなければならないようなことは、なにひとつありませんよ」
ゆっくりと顔をあげた彼女の目には、涙が光っていた。その涙はあとからあとから溢れて、ぽろぽろと彼女の顔の上を伝って落ちていった。




