招待状8
ドアベルが店内に鳴り響き、彼女が姿を現した。彼女の頬は、寒さのためか少し赤く染まっている。
「やっぱり外は寒いですねえ。もうすぐ雪でも降るんじゃないでしょうか」
「そうですね。クリスマスも近いですし」
「ホントですね。今年はホワイトクリスマスも期待できるかもしれませんね」
彼女はそう言いながら、神谷のいるカウンターに近づいてきた。
「松坂さん」
神谷がそう言うと、彼女はぴたりと足を止めた。
「はい」
彼女は穏やかに微笑んでいた。神谷は彼女から目を離さず、カウンターに備え付けられている引き出しを静かに開けながら言った。
「少し気が早いかもしれませんが、あなたにクリスマスプレゼントがあります」
神谷は引き出しから出したそれを、ゆっくりと彼女の目の前へと差し出す。彼女は驚いたように、目を見開いた。
「え? だって、それはまだ……」
そう言いながらも、彼女の口角は少しずつあがっていっている。
「もういいんです。だから、受け取ってください」
神谷がそう促すと、彼女は神谷の手からその本を受け取った。
『はるかなる物語』、を。
「嬉しい。本当にいいんですか? まだ契約期間終わってないのに」
彼女はその本をじっと見つめ、そして抱き締めるように腕の中に抱えた。
「ありがとうございます。わたしにとって、これ以上のプレゼントはありません」
彼女は満面の笑顔でそう言った。神谷はそれを見て頷いて見せた。
しかし、次に神谷が発した言葉は、そんな彼女の笑顔を凍り付かせるものだった。
「本当に?」
「え?」
「本当にそれがあなたが欲しかったものなのですか?」
神谷はできるかぎり感情を抑えながら、そう口にした。
「……どういう、意味ですか?」
「あなたが欲しかった本は、本当はそれではない。それは同じ本ですが、松坂茜さんが切望していた本とは違うものです。しかし、そのことをあなたは気づくことができなかった」
彼女は顔を強張らせ、胸に抱き締めていた本を、手を緩めて両手で持ち直した。そして疑うような眼差しで、その本と神谷の顔を見比べるようにして見つめた。
「なぜ気づくことができなかったのか」
神谷はかたりと音を立てて、座っていた椅子から立ちあがった。
「なぜなら、あなたは松坂茜さんではないからです」
彼女は驚愕の色をあらわにして、神谷了輔という人物の顔を見ていた。それは初めて会った人物に対するもののようだった。
「そうですよね。松坂葵さん」




