招待状7
正午を少し回ったころに、神谷は自分の店へと戻ってこられた。
「お帰りなさい。神谷さん。外寒かったでしょう」
そう声をかけてくる彼女に、神谷はにこりと笑いかけた。
「ええ、とても。店のほうは大丈夫でしたか? 変わったことは特にはありませんでしたか?」
「はい。あ、そういえば神谷さん宛てに電話がかかってきましたよ。帰ってきたら連絡欲しいって言ってました」
神谷は彼女が差し出したメモを見て頷いた。そして壁にかけられている時計に目を向けた。
「もうお昼を過ぎてしまいましたね。店番のほうは交代しますので、松坂さんはお昼の休憩に行ってきてください」
「はい。そうします」
彼女はそう返事をすると、つけていたエプロンをはずして、カウンターの下にある束ねられた本の上に置いた。そして椅子にかけていたダウンジャケットを着込んで外へと出かけていった。
彼女が出て行く姿を見届けると、神谷は母屋の二階へとあがっていった。二階に二部屋あるうちのひとつの扉を開けて、そこに足を踏み入れる。そこは神谷の自室だった。
そこに置かれてある家具は、小さな文机の他には壁を取り囲むように置かれてある本棚と小さなチェストがあるきりだ。ほとんど店の続きと言ってもいいほどである。神谷は、たくさんの本がひしめきあっている自分の本棚を眺めた。その本棚にあるのは、神谷自身の蔵書だった。いずれも思い入れのある本ばかりがそこにはあった。
(――愛すべき本たち。僕を孤独から救ってくれてきた、たくさんの物語たち。いつだって、本は僕を助けてくれた。必要な知識を与えてくれた。迷ったときは、本に訊けばよかった)
神谷はじっと本棚に並ぶ本たちを見つめた。
(教えてくれ。僕が今するべきことはなんだ。どうすることが一番正しいのだ)
声は聞こえない。いくら待ってもそれは聞こえてこなかった。
「自分で決断しろ。そういうことか」
神谷はそうひとりごちたあと、しばし目を瞑った。そして目を開くと、そこにあったある本を一冊手に取ってから下へとおりていった。
店のカウンターの中の椅子に腰かけ、その本の表紙を見つめる。
ミヒャエル・エンデ作『はるかなる物語』。
自分が松坂茜のためにできること。それを今一度考えてみる。
これを休憩から帰ってきた彼女に渡すことにしよう。
けれど、と思う。そのあとのことは? 松坂茜はこの店を去っていく。その先に自分が関わることはできない。
大丈夫だろうか。自分は間違ってはいないだろうか。
こうすることで、彼女の心は救われるのだろうか――。




